6-2 王と道化と裁き手と
ケイオスは打ち上げの最中こっそりと抜け出すのをヴァロは見ていた。
ヴァロは戸惑っていた。
ヴァロにはフィアの護衛もある。フィアの傍から離れるわけにはいかない。
そんなヴァロを見るに見かねたのか横からドーラが声をかける。
ちなみにこの男、このパーティには招かれてはいないはずである。
「ヴァロ君、ケイオスさんには僕がついていくヨ」
ドーラの手には食いかけの骨付き肉がある。
「頼む」
とんがり帽子の男は、さらにその場から二三本骨付き肉を手にすると
会場を後にした。
ヴァロは嫌な予感がした。
ユンハはかなりの数の私兵がいるという。
黒服の敵とはケイオスの商会内で対峙している。
あの技量、もし複数で襲ってきたのならば、ヴァロも危ういかもしない。
ドーラはしばらくしてケイオスに追いついた。
「弟さん、王様のこと心配してたよ」
手にした骨付き肉をかじりながらドーラは言う。
「…ふむ、心配されるというのも悪くはないな」
ケイオスはオルカとドーラを連れて夜道を歩く。
道には夜だというのに人が絶えない。
ケイオスはそのまま通りを抜けてルーランの外まで出た。
ルーランの外には人っ子一人見当たらなかった。
「出てこい。こっちの方がお前たちにも都合がいいだろう。
無関係の人間を巻き込むのは私の本意ではない」
ケイオスが声を上げると一人の男が闇の中から姿を現す。
「こんばんはみなさん」
そこに姿を現したのはユンハ。
隣には杖を突いた白髪の翁が立っていた。
すぐにケイオスたちの周りを黒装束の男たちが囲む。
周囲を取り囲むのは三百の暗殺者。対するはたった三名。
多勢に無礼ここに極まれりだ。
「深夜の来客か。これまたずいぶんと多勢ですな」
ケイオスの余裕を持った表情は変わらない。
「貴様のその余裕ぶった表情が気にくわない」
見るに見かねてドーラが割り込んでくる。
「うんとサ、君らサ、負けたからって暴力はみっともないヨ」
ドーラは相変わらず骨付き肉にかじりつきながらそう語る。
そのドーラの一言にユンハの怒りは頂点に達した。
「殺しつくす。皆殺しだ。あの女も貴様らも。もう回りくどい方法は取らない。
今日をもってこの交易都市ルーランは私たちが制圧する」
「王様、制圧だってさ」
ドーラはケイオスと視線を合わせる。
ケイオスの表情に変化は見られない。
「まずは貴様だ。貴様には恥をかかされたからな。
そのすかした顔も嫌いだった。身長も。
その雁首を三つ揃えて城門前に並べてやる」
「だそうだヨ。王様」
ドーラはケイオスをみる。
「うーむ…身長と顔はどうにもならない気がするが…」
とぼけた素振りでケイオスは続ける。
「すかした顔というより、王様は天然入ってるだけサ」
「ほう、この私を天然と言ったな?ドーラ」
「…天然を天然と言って何が悪いのサ」
ユンハをそっちのけで二人は話し込んでいる。
「二人ともいい加減にしてください」
ここで見るに見かねたオルカのつっこみが入る。
ユンハは独白状態になっていたが、高揚しているために二人など目に入っていないようだ。
「私はお前を殺した後、そのままユドゥンの屋敷を落とす。
あの女、徹底的にいたぶってから、切り刻んでさらしものにしてやる」
顔を赤くして一人で語って、思い切り地面を踏みつけている。
「…なるほど。ただユドゥンは君が思うほど優しくはないぞ」
腕を組みながらケイオスは諭すようにユンハに語りかける。
ドーラは顔をひきつらせている。
「黙れ、余裕ぶってられるのは今のうちだけだぞ」
ユンハは負けることなどつゆほども思っていない。
大陸最強とまで言われる暗殺部隊『琥影』
その一人の実力はは一騎当千と言われる。それが三百人いるのだ。
彼らには負ける理由がない。そうユンハは信じ切っていた。
「一つ、私たちを殺そうとしたのであれば、
君らも殺される覚悟があるということでよいのだな」
ケイオスは腕を組みながらそう告げる。
「何を今更、命乞いか?」
「ドーラ、やってみるか?」
まるで近所にお使いを頼むかのようにケイオスはドーラに振る。
「僕はパスするヨ。こういうの苦手。王様はやらないのカイ?」
ユンハにしてみれば、とんがり帽子の男の言っている意味がわけのわからない。
「私がやると面白味がなかろう。オルカはどうだ?」
「そういうことでしたら、私がやりましょう」
オルカは微笑むと、黒い剣を鞘から抜き放ち、ユンハたちの前に立ちふさがる。
「珍しくやる気だな。なら場所を変えようか」
ケイオスがぱちんと指を鳴らすと一瞬で景色が変わる。
草木一本生えておらず、空はどこまでも灰色の空が続いている。
その場所だけ高台になっている。
部下の三百人も欠けることなくその場に転移している。
「何が起きた?」
ユンハは何をされたのかすらわからない。
白髪の翁もあまりのことに目を見開いている。
「なに、空間を少し作り変えただけだ。朝になって大量の死体が発見されると少し面倒なのでね」
ケイオスはさらっととんでもないことを口にする。
理解の範疇をはるかに超えたことを、目の前で一瞬で行われたことに、ユンハは驚きを隠せない。
「よかったネ、君ら。楽に死ねるヨ」
見下ろすように足を組んでドーラは浮いている。
人目を気にする必要が無くなったためか魔法を使うことをドーラは躊躇わない。
オルカはユンハの前に一歩一歩進み出る。
「光栄に思いなさい。私の相手になることを。
喜びなさい。魂の尊厳を汚されずに逝けることを」
彼の者は裁き手のようにそれを口にした。
「ぬかせっ、殺せ」
白髪の翁が手を上げると一斉に『琥影』の面々が一斉に攻撃を開始する。
手にした符がオルカに向かい投げつけられる。
おびただしい数の白い符がオルカにまとわりつく。
「散」
白髪の翁がそう言うとオルカにまとわりつく白い符が爆発する。
爆撃が重なりオルカが立つ場所が吹き飛んだ。
城壁すら破壊するほどの爆発だろう。
オルカの立っていた場所は煙に包まれる。
「うーん、符術カ。東の大陸ならではダネ。後で研究してみたいナ」
空中からドーラは肉をかじりながら、その様子を楽しげに見物していた。
「次は貴様だ」
ユンハは浮いている男に向かって指をさす。
「よく見なヨ。そんな攻撃じゃその男には傷一つつけられないヨ」
ドーラの視線の方向にユンハは目を向ける。
黒い服の男は無傷だった。ユンハはその光景に絶句した。
城壁すら破壊するほどの符術が炸裂したはずである。
その証拠に男の足元が深くえぐられている。
それはどれほどの爆発が起きたのかを容易に予測させた。
「黒竜王の防御壁は絶対に貫けないヨ。
次元や空間、概念すら自在に操る『三次』ですら貫けないものを
ただの物理攻撃でどうやって貫くっていうのサ」
あきれたようにドーラ。
いつの間にかオルカの背中には黒い翼が生えている。
羽毛でできた羽とは違う。
それはまるで夜の闇を集めた作ったかのような漆黒の翼。
「…黒い翼だと?」
彼らは知らない。
漆黒の翼を持つモノの名を。
彼こそは幻獣王の中でも最強とされる存在『黒竜王』オルカ。
その翼はどんな攻撃ですら受け付けないという。
「オルカ、あまり暴れてくれるなよ。この空間は即席だ。割れたら交易都市が壊滅するぞ。
それではすべてが台無しだ」
腕を組みながらケイオスはそれを口にする。
「理解しました。解放はここまでに留めておきましょう」
オルカは静かに黒い剣を抜き放つ。
「さあ、祈りの時間は仕舞いです」
そして、オルカは剣を構えた。
とてつもない威圧感が周囲を支配する。
白髪の翁は跪く。目の前のモノにはどうやっても勝てないと悟ったのだ。
「おい、どうした」
ユンハは白髪の翁に声をかけるも震えて反応しない。
ユンハはその時あり得ないものをみる。
恐怖を含んだ感情を徹底的なまでに取り去ったはずの戦闘人形のどれもが
等しく震えているのだ。
黒い羽根をつけたモノの金色の双眸が光を放つ。
…そして、一方的な蹂躙が始まった。
「ケイオス、終わりましたよ」
オルカのその言葉からは何の感情も読み取れない。
その声からは当然のように雑事をこなしてきた、そんな印象すら受ける。
身には返り血すらもついていない。
戦い始める前と全く変わっていなかった。
そのどこか知れない場所には、人の腕だの内臓だのが無造作に散らばっている。
血はそこらじゅうに飛び散り、肉片がこびりついた骨が落ちている。
戦場だとしてもこれほどひどいありさまにはなるまい。
少なくとも人の死に方ではない。
「ご苦労」
ケイオスは冷めた眼差しでそれを見る。
ユンハは白髪の翁とともにただその場にへたりこんでいた。
東の大陸でも戦闘に特化した、選り抜きの強者のはずである。
ユンハはどんな相手だろうと『琥影』は力でねじ伏せてきたし、
それまでねじ伏せられないものがないとは疑わなかった。
そしてそれが三百人いれば一国ですら落とせるほどの戦力を持っているはずだった。
それがまるで蟻のようになすすべなく蹴散らされ死んでいった。
怪物、化け物…そんな生易しいモノじゃない。
災厄がヒトの姿をとっているだけのようにも見えた。
ケイオスは呆けているユンハに歩み寄り、肩を叩いて語りかけた。
「ひぃ」
肩を叩かれたことにユンハは驚く。
「ここで行われたのは双方の合意の上の出来事だ。
君の商会とは今後とも是非とも友好的にやっていきたいと思っている」
そう言い残すとケイオスは二人に背を向け歩き始める。
「そうそう」
振り返りケイオスはにこやかに続ける。
「このことはくれぐれも他言しないことだ。もし他言すれば…いいね」
誰が見てもにこやかな笑顔だが、ユンハの目にはそれが怪物に見えた。
ケイオスはその男に背を向ける。
ドーラは浮かぶのをやめ、手にした骨をその場所に投げ捨てた。
ケイオスが指を鳴らすとガラスが割れるように空間が壊れはじめ、
その場所は元の交易都市の風景に戻っていく。
「あれでよかったのカイ?」
ドーラはケイオスの隣から問う。
「今は商人だからな。己が利益となることを優先しよう」
彼らはその場を去る。
後には死体すら残されていない。
ユンハはまるで悪い夢でも見た気がした。
だが、肩を叩かれた感触は確かにそこに存在していた。
しばらく歩いてケイオスは二人に問いかける。
「もしあのとき負けていたらふたりはどうした?」
競売会においての値段が上がりにくかったのは想定の範囲内だった。
ケイオスにとっての競売会の相手は鼻からユドゥンだったのだ。
動くだけの材料はあったし、そうなる可能性が高かった。
ただし、ユドゥンがあの場で動いてなければ、その可能性もなくはなかった。
ケイオスにとってそれはある種の賭けでもあった。
ただユドゥンならばこのルーランで妙な動きは絶対に許すまい。
そういう確信めいた考えが彼にはあったのだ。
「どうするも何もそうなったら、王様はそれを受け入れたんでショ?」
「まあな。仮に…仮にだが、私が奴隷になり売り飛ばされいたらお前たちはどうするつもりだった?」
「聞くまでもないでしょう」
「僕の王様は一人だけサ」
二人はそれぞれ即答する。
「そうか」
ケイオスは微笑む。
王は奇妙な二人の従者を連れて己が道を進む。
まだ彼の歩む道とヴァロたちの歩む道は彼らとは交差しない
綺麗な満月が交易都市ルーランを優しく照らしていた。
ネタバレです。
ドーラはオルドリクスで全力。
オルカはもうっちっと先。
クファトス(ケイオス)の出番はもっと先。つーか最後。
こいつら出すといろいろと終わってしまうので次は休止。
極北の魔術王編でドーラ全力で戦います。
もう少し早く進めて終わりにさせてもらいましょ。
終わりにしないといろいろと気持ち悪いので。




