5-4 祭りの終わりに
そして競売会が終了する。
あの後ユドゥンの出した額に会場中にいる者は皆恐縮してしまい、
だれもそれほど高い額を言い出さなかった。
それほどまでにユドゥンの提示した百万という額は破格だったのだ。
競売会が終わるのを見計らってユドゥンがケイオスの前に現れる。
ユドゥンじきじきに挨拶するのは前例のないことである。
終わったというのに誰もその場を立ち上がろうとしない。
会場中の視線は黒いドレスの貴婦人一人に向けられた。
「戦火の最中に失われし絵画を再びこの目で見られたことを大変嬉しく思います」
「それはありがたい」
ユドゥンはケイオスに近づき、小さな声でささやく。
「それにしてもあなたと会うのはどうも初めてという気がしません。
…ひょっとしてですが、私と以前どこかでお会いしたことがありますか?」
その問いにケイオスはにこりと微笑んで応じる。
「いいえ。私は生まれてから今までマールス騎士団領で商売をしておりました。
このルーランに来るのも今回で二度目となります。
あなたほど人とつながりがあれば、私と似た人間も多くいましょう」
にこやかにケイオスは語る。
「口の達者な殿方ですね。ケイオスと言いましたか、その名記憶にとどめておくことにしましょう」
「ありがたき幸せ」
ケイオスが頭を下げると、ユドゥンは顔に妖艶な笑みを浮かべた。
黒い貴婦人はピューレアと共にその場を後にする。
例の絵画は既に馬車の荷台に詰められたようだ。
ケイオスは彼女が会場を後にするまで下げたまま面を上げない。
ユドゥンが去るのと同時にケイオスはユンハの元へ歩いていく。
「今回の勝負は残念でしたね。勝負しようにも肝心の商品の値段がつかないのでは勝負になりません」
ケイオスがそうは言うものの、誰が見てもその勝敗は明らかだ。
あの場で宝剣以上の額を口にすれば、勝利はケイオスがモノにできていた。
完全に立場は逆転していた。
「…ええ」
「今後とも是非ともよろしくお願いします」
ケイオスは右手を差し出し、ユンハはそれを握り返す。
同時に両者の健闘を称えるかのように、その場が拍手喝采に包まれる。
かくてこの祭りの主役はケイオスとなったのである。
あの絶対者ユドゥンに初めて恩を売ったものとして、人々の記憶に残ることになる。
この夜をもってケイオスの名は、交易都市ルーランにおいて知らぬものなし
と言われるほどまでに広まることになる。
ひとの目がなくなるとユンハは顔を醜くゆがめた。
どうにか勝利したケイオスに、一言言ってやろうとヴァロはフィアともに
今回何度冷や汗をかかされたかわからない。
ケイオスはヴァロの姿を見ると、その場から抜け出してくる。
「フィアちゃん、ヴァロを少しヴァロを借りていく」
ケイオスが手を叩くと、どこからともなくオルカと呼ばれる護衛がフィアの後ろについた。
「ついてこい」
ケイオスはヴァロを連れ立って、人の目の届かない場所までやってきた。
「今回は本当にダメかなと思った」
「ははは、私もだ。今回心配をかけてしまってすまない」
ケイオスはヴァロに向かって頭を下げた。
「よしてくれ。それにしてもいつもあんな感じなのか?」
「まさか、こんな危険な橋を渡るのは今回がはじめてだ」
にこやかにケイオスは応える。
「あの絵画、家の居間に飾ってあったものだろう?
あんな高価なものだったとはな。どうして兄貴は気づいたんだ」
「そのことなんだが…」
ケイオスは手招きする。ヴァロはケイオスに耳を近づける。
「ここだけの話…あれ、模造品な」
「は?」
ヴァロはいきなりのケイオスの告白に、あごが外れそうなほど口を開ける。
「塗料もサインもその時代に近かったしな。作られた年代も四百年前でちょうどよかった。まあ、いい線はいってはいたんだがな…」
開いた口が塞がらないとはこのことだ。
もし欺いたと知られれば、ユドゥンは黙ってはいないだろう。
「はったりで商会の命運賭けたのか?
…見破られたらどうするつもりだったんだよ」
「知らん。手法は確かに失われた技法のエランテ画だし、
あの赤の絵具は確かにコーレス美術学院に鑑定を依頼したよ。
ただウォーレンの絵かもしれないと言ったが、
彼が描いたものとは一言も言っていない。ばれたのならばその時はその時だ」
確かにケイオスの言っていることは間違えていない。
ヴァロは顔を引きつらせる。
「そもそも五百年前の失われた時代のものなど誰も見たことがない。
ならばそれがどんなものであったかは口で伝え聞いているだけで、
誰も本物を知ることはないだろうよ。偽物だろうと本物だと思えばそれは本物だ」
ふてぶてしくケイオスは語る。
「…譲ったのは…それでか」
ヴァロは苦虫を噛んだような表情を浮かべた。
「まあな」
ケイオスの言葉にヴァロは頭を抱えた。騎士としてこれをどう処理するか迷う。
ここでもしそれがユドゥンに模造品と知られた日には兄の命にかかわってくるだろう。
ヴァロはこの話を墓場まで持っていくことに決めた。
「…それに本物はもっと迫力があった。
にじみ出るような生命力が絵画を通しても感じられるほどに」
どこか懐かしむようにケイオスは語る。
ヴァロは兄ケイオスの口ぶりが妙に気になった。
「兄貴はひょっとして見たことあるのか?」
ヴァロは頭に沸いた疑問を口にする。
ケイオスはそれには答えない。
「今回の件はお前にも相当迷惑をかけたな」
「だったら無茶するな」
「それはこちらのセリフだよ」
二人はそう言いあいながら会場に戻った。
今回の一夜の一件で、しばらくルーラン中に絵画が
溢れることになるのだが、それはまた別の話。




