4-3 影に潜むものたち
ユドゥンは他の聖堂回境師とは全く違う。
暗黒結界の発動は彼女にその裁量を任されているという。
聞くところによれば、大魔女と肩を並べるぐらいの古き魔女であり、
大魔女とも対等に接する存在だという。
『漆黒』や『黒幕』などという二つ名を有しており、
教会でもその存在は異色で『絶対不可侵』と揶揄されるほどである。
その名を前にすれば『カーナ四大高弟』ですら霞んでしまう。
実力は大魔女にすら匹敵するのではないかと言うものまでいる。
その物の扱う魔法と言えば、闇魔法と言う最強にして正体不明の魔法であろう。
その闇魔法の使い手は魔法使いの中でも数人しか使えないという。
また交易都市ルーランにおいては影の実力者とも言われ、
その地の総督も彼女が決めているという噂まである。
それでもその存在が許されているのはその実力によるところが大きい。
交易都市ルーランは東の国との直に接する部分のために
昔から東の大陸からの侵略にさらされてきた。
交易都市ルーランにおいて彼女の存在は神と同じであり、
その存在は信仰の対象にすらなっているほどである。
真偽は定かではないが、百年前に東の国から来た侵略者大帝ラカン・カーン(第十一魔王
)の率いる大船団を、一夜にして壊滅させたという伝説まである。
教会が公式に発表しているのは大船団が壊滅したのは嵐のためと言われている。
ただ多くの目撃者の証言では、その嵐の中に船を呑み込むほどの巨大な蛇のようなものと
嵐の最中、海上で高笑いをする女の姿があったということだ。
ケイラ・ニールはそんな噂話よりも、妹たちを殺されたのに怒り狂っていた。
彼女にとってオオリア・ラーブソンとカロリッサ・フーガは彼女の大切な妹分だった。
オオリアはお調子者でいつもハラハラさせられていたし、
カロリッサは魔法の才は自身よりもあるものの魔法以外何もしない困った子であった。
世話焼きのケイラは二人を妹分のようにかわいがっていた。
彼女はカタキを取ることを誓った。
聞いた話によれば、『真夜中の道化』討伐には、
フゲンガルデンに新しく新任された聖堂回境師が関わっていると聞いている
彼女はその話をこの交易都市ルーランで聞いた。
幸いなことにこの地に二人はのこのこと姿を見せた。
『狩人』の連中は後回しにしても構わない。時間も手段もいくらでもある。
問題は新しく新任した聖堂回境師の方だ。
もしフゲンガルデンまで戻ってしまえば『絶縁結界』のあるフゲンガルデンでは
事実上、手出しすることが困難になるためだ。
カタキを打つのであればこの機会をおいて他にない。
幸いいくつかの種は一年前からこのルーランで蒔いている。
それは来たるべき時のための布石であり、そのために彼女は動いてきた。
彼女の肩までかかる薄い赤髪は波を打ち、挑発的な青い瞳は
どこか男性をひきつけずにはいられない。
冬だというのに肌の露出は大目で、高価ともいえる金色の腕輪や、髪飾りで着飾っている
。
彼女はその持ち前の美貌ゆえに、大陸東部で内乱や内戦を引き起こしてきた。
彼女たちの目的のために。
「私の私兵を使いましたね。話が違いますよ、ケイラ」
部屋に入ってくるなり、ユンハはその細い目でケイラをにらみつける。
ケイラは不服ありげに頬を睨み返す。
「ケイラ殿に私兵を貸したのは私です」
一人の杖を片手にした翁が影から現れる。
白髪をもう片方の手で触れながらその老人は続ける。
その口の下には豊かな白ひげを蓄え、白い眉毛はその目を覆っている。
表情を見るだけでは、双眸をうかがい知ることはできない。
「言ったはずですよ。競売会はこの私に任せると。
あなたたちは私があの商会を潰すのを黙ってみているといいでしょう」
「…私にはどうもあの男が何か企んでいるようにみえるんだけど?」
ケイラには嫌な予感がぬぐえない。
「その点は私も同じです」
白髪の翁も頷いた。
どうもあの男一筋縄ではいかない気がする。
黒服の護衛といい、何か得体のしれないものを相手にしているような気がしてならない。
その点は白髪の翁とケイラは同じ見解だった。
予感という者だろうか、二人の第六巻のようなものが騒ぎ立てるのだ。
「判断は私がします。なに虚勢を張っているだけでしょう。
ああいう男は一度叩いて黙らせるに限ります」
ユンハはいらだっていた。
ユンハは二人を責めると長椅子に身を沈める。
「これでもし競売品を盗まれたなどと吹聴されたら、相手に私との勝負から降りる
恰好の口実を与えたことになるんです、そこらへんわかっていますか?」
「熱くなり過ぎじゃない。そもそもあなたの相手はあの商会ではないわよね。
まあその関係者をつぶしてくれるのはありがたいけど」
呆れたようにケイラは呟く。
「こちらの喧嘩を買ってきた以上、絶望以上のものを見せてやらねば。
特にあのすまし顔を是非とも吠え面にしてやりたいものです」
「相手の出し物までわかっているのかしら?」
「…ケイオスの出し物はどうやら絵画と聞いています」
「へえ」
「紙切れ一つで我が家宝の宝剣を超えるなど、本当に笑わせてくれますよ」
ユンハは口端を釣り上げる。
「宝剣?」
ユンハが従者に視線を合わせると従者が部屋の奥から布をかぶせたものを持ってくる。
その手に持ってきたのは黄金色に輝く一本の件だった。
その手には宝石がふんだんにちりばめられた剣が握られていた。
金で装飾が施されており、
一目見ただけでそれが尋常ではなく高価なものだとわかる。
「家宝、そんな大切なものを手放してしまってもよいのかしら?
再びその手に戻ってくるとは限らないんじゃない?」
ケイラの問いにユンハは笑う。
「構いません。あの魔女を倒し、この交易都市ルーランを制圧すれば
おのずとこの手に戻ってくるでしょうから」
ユンハは意気揚々と語る。
「安心しなさい。明日あの男が私に勝つことは不可能です。
もし負けてぐだるというのならば実力行使といかせていただきましょう」
ユンハが指を鳴らすと、ユンハの背後に札をつけた男たちが数名、
音もなくユンハの背後に姿を現す。
「かつて十名で城すら落としたと言われる伝説の暗殺部隊『琥影』。
今回はそれを三百人連れてきました」
明らかに纏っている雰囲気は異様。
徹底的に訓練された暗殺者集団。
主人の命令に絶対服従する、感情なくそれを実行できる人でありながら人でないモノたち
。
ケイラはいつみても不気味に思う。
「それは楽しみだわ。明日は楽しみにしてるわね」
彼女はそう言い残して、その部屋を後にした。
どうもユンハと言う男は得体が知れない。
目的も思考も全く読めない。金銭目的の暗殺者の方がまだかわいげがある。
ただ毒を持って毒を制するという言葉もある。
大陸にいる暗殺者たちもユドゥンの名を出すだけで断られてしまう。
それほどまでに彼女の名は絶対であり、最悪の存在でもあった。
彼女は大陸の外に助けを求めるしかなかったのだ。
ケイラが去った後、側近の一人がユンハに近寄り、杯に酒を注ぐ。
「このままあの女狐めのいいように使われてよろしいのですかな?」
翁はユンハに視線を向ける。
「これも作戦のうちですよ」
ユンハは足を組みながら杯を片手に呟く。
「先々代の大帝ラカンがなしえなかったルーランを落とせば、王位継承権は私のモノ。
そのあと軍勢を東の大陸から呼びこみ、こちらの大陸の侵略を開始しましょう。
ケイラには悪いですが、このまま大陸の侵略の足掛かりとさせてもらいます」
ユンハは杯を片手に丘の上のユドゥンの屋敷を見つめる。
「さすがユンハ様」
側近はユンハの言葉に感銘し、翁は黙ってそれを見守る。
「…その前に明日、あのグリフ商会のケイオスとかいう男の無様な姿を拝んでからでも
遅くは無いでしょう」
ユンハは暗い部屋の中で静かに微笑んだ。
そしてさまざまな思惑が交差して運命の日を迎える。




