透明人間家族(ショートショート20)
自分の両手をながめながら、博士は満足そうにふむふむとうなずいた。
その手はすでに半透明である。
長年の研究が実って、ついに念願の薬が完成したのだ。
薬の効果はおよそ十分ほどで切れた。
――これで人間らしい生活ができるぞ。
あとはいかに薬の有効時間を延ばすかだが、それについても博士は自信があった。
と、そのとき。
「おじいちゃん、ごはんだよー」
ドアの外であどけない呼び声がした。
声の主は博士の孫である。
「ああ、すぐに行く」
博士は返事をして、完成したばかりの薬をポケットに入れた。
家族だんらん、いつものように食卓をかこんでの夕食が始まる。
「ついに薬が完成したぞ」
家族のみんなに見えるよう、博士は食卓の上に薬が入ったビンを置いた。
「おめでとう、あなた。長い間、ほんとにごくろうでしたね」
妻がねぎらいの言葉をかけてくれる。
「お父さん、やったじゃないか」
「おめでとうございます」
息子夫婦は祝福した。
「うちのおじいちゃんって、すごいな。世界中の仲間がよろこぶよ」
孫はじまん気に博士の功績をたたえた。
「さっそく、これからためしてみるぞ」
博士は四つのグラスに薬を注いだ。
「今回は残念ながら、ボウヤはおあずけだ。まだ試薬品の段階だからな」
博士は薬のかわりとして、孫にはジュースをついでやった。
カンパーイ!
家族全員でお祝いの乾杯をした。
薬を飲んで三分後。
博士の姿は半透明となり、それから徐々にはっきりとしてきた。
博士ばかりではない。妻、息子、息子の嫁も同じように姿が見えてきた。
「あなたって、こんなにステキだったのね」
妻は感慨深げだ。
「おまえだって……。想像していたより、ずっときれいだよ」
博士は妻の手をにぎった。
「オレって、こんなに太ってたんだな。それにくらべたら、君はなんてスマートなんだ」
息子はじっと嫁を見ている。
「見えるようになったんだから、これからはお化粧をしなきゃね」
嫁はうれし恥ずかしそうだ。
そうしたなか、孫のくやしそうな声がする。
「ボクも薬を飲みたいな」
その声に気づいた嫁が、
「あらボウヤって、こんなにかわいらしかったのね」
ボウヤにかけより抱きしめた。
このとき。
――うん?
博士はハテと首をかしげた。
「ボウヤ、おじいちゃんが見えるかい?」
「ううん、だれも見えないよ」
孫が大きく首を振る。
「今回は、どうやら失敗のようだ」
「あなた、どうしてです? こうして見えてるじゃありませんか」
妻が首をかしげる。
「ボウヤに見えないということはだな、薬を飲まなければ、我々の姿は見えないのだよ」
博士は失敗について説明した。
「オレたちが見えるようになっただけ。そういうことなの?」
息子が確かめるように聞く。
「そうなのだよ。体そのものは、見えるようになってはいないんだ」
「せっかくオシャレをしても、仲間のみんなには見てもらえないんですね」
嫁はがっかりしている。
「ああ、残念だがな」
十分たち、薬の効果が切れてきた。
家族の姿が徐々に薄れてゆき、ついにはもとのように透明になってしまった。
食卓が静かになる。
「すまん。みんなをがっかりさせて」
「いいえ、とても幸せな時間でしたわ。ひとときでも家族の姿を見られたんですもの」
妻がなぐさめるように言う。
「そうだな。おまえやボウヤの顔が見られたしな」
透明にもどった家族に、博士はしみじみと言ったのだった。