杖道少年の決戦
「どうなりますかねえ」
夢想権之助が心配そうに尋ねた。
「きっと勝つ」
これは宮本武蔵である。
「水月を、だしますかねえ」
水月は、権之助が教えた杖道の型である。
「いや、引き落とし打ちだ」
武蔵は相変らず自信満々である。
二人は中空に漂って、荒川の土手を見下ろしている。
昨日のことだ。
剣道部連中が、少年の稽古帰りを待ち伏せしていたのだ。
「おまえ、ジョウドウっての、やってるらしいな」
「ジョウ、って、ツエのことだろう」
「年寄りかよ」
どっと笑った。
少年は、相手にならず行き過ぎようとする。
「剣道、やめた奴がよ」
「杖道は、剣道がダメだった奴が、やるものか」
また笑う。
少年は行こうとする。
しかし、それを邪魔しながら口々に言う。
「杖道なんて、やる意味ねえじゃん」
「ツエだもんなあ」
「よぼよぼか」
また笑っている。
「杖道は、宮本武蔵に勝ったんだ」
少年は思わず叫んでいた。
剣道部たちが顔を見合わせる。
「ふざけんなよ」
「バガボンド、読んでねえだろ」
あわてたように言う。
「原作の吉川英治では、ちゃんと夢想権之助が勝ってるんだ」
少年ももう負けてはいなかった。剣道部にいた頃は、口答えもできないような少年だった。
しかし、杖道をやり始めてから、少年も確実に変わり始めていた。
「よおし、そんなら、対決しようぜ」
その場所は、この荒川の土手になったのだ。
「バガボンド、ってなんかですかねえ」
剣道部の少年が言ったことを思い出して、夢想権之助が尋ねる。
「おまえは、読まないほうがいいと思うよ」
宮本武蔵はにやりとした。
やがて、少年と剣道部たちが、土手に姿を現した。
剣道部は勿論、剣道の防具を身につけていた。
少年も防具を持っているはずだが、敢えて身につけていなかった。
「面だけでも、つけておいたほうが安全ではないですかねえ」
権之助は心配そうである。
「どうせ勝つから、いいではないか」
と言いながらも、武蔵も真剣な目になっている。
少年は、武蔵の言ったとおりに、ビニール管を杖としていた。
型通りに、杖を片手にした常の構えで待った。
しかし剣道部は、なかなか踏み込んではこない。
そこで少年は、やや半身に足を踏み出しつつ杖を両手にして、相手の目の方向に杖先を付ける。
剣道部は竹刀を小刻みに動かしているだけだった。
しかし、踏み出して杖先を向けられてしまったので、もう留まってはいられない。
必死に腕を伸ばすようにして、竹刀を振ってきた。
ちょうど背伸びするような、そんな姿勢になっている。
杖をもった少年は、水月にも、引き落とし打ちにもいかなかった。
動けないのだ。
しかし、杖先は、きちんと相手に向けられていた。
次の瞬間―――
のけぞるようにして、転んだのは、竹刀をもった相手であった。
その闇雲な突進は、杖先に打ち当たるようにして、止められてしまったのだ。
少年の杖、の勝利である。
そして、中空に漂って、じっと見下ろしていた二人。
「あぶないところの勝利でした」
夢想権之助が胸をなでおろす。
「いや」
宮本武蔵は、それは否定した。
「勝利とは、」
言葉を続ける。
「それだけで」
さらに続ける。
「完璧なのである」
そして瞬く間に、上空へと駆け上がるのであった。
夢想権之助、振り返りながらも後へと続いて、中空を駆けた。
杖道は、杖と杖とで対することはなく、つねに刀を相手にします。やっていて思うことは、30cmも長い杖で、刀に遅れることは一切なく、対戦できるという事です。やや半身に構えて、引いて滑らせて打つという身体運用が、非常に合理的に出来るということです。その意味で、夢想権之助は、かなり合理的な知恵をもった人間なのかもしれません。
すでにお分かりかと思いますが、私は杖道を実際にやっていて、現在は三段です。ただ、こうして書いていて心配なのは、杖道について説明できていない気がすることです。書けば書くほど、分からなくしているような、そんな気もします。
もし読んでいただいている方の中で、少しでも疑問に思う部分がありましたら、質問をいただきたいと思います。頑張って、必ず説明してみたいと思っています。