杖道少年の夢
宮本武蔵に夢で勝利した夢想権之助は、かなり気をよくしている。
その後も、少年の夢の中には、ちょくちょく顔を出している。
カルチャーセンターで杖道を稽古している少年だ。もともとは沖田総司が、ここに連れてきたのだった。
少年は高校の剣道部だったが、いじめにあって退部していた。
少年の夢への権之助の初登場は、その宮本武蔵戦の勝利。
次には、杖道の、構えた手を滑らせるようにして打ち込む、滑らせ打ちの見本をみせてやった。
その次は、相手の体を体を半回転させてしまう、繰りつけの防御のテクニックを見せてやった。
そして、何度目かの夢の出来事である。
「もし、剣道部が挑戦してきたらである」
権之助は厳かに語り出した。
「そのためにも、杖道の型を予習しておこう」
その表情も、いつもの権之助とは違い毅然としている。
「一本目、突杖
二本目、水月
三本目、引提
四本目、斜面
五本目、左貫
六本目、物見
これが、前半の型の六本である」
型の名称を口にする権之助は、じつに厳かである。
「この中でも、二本目の水月と四本目の斜面が、特に実戦的なのである」
その四本目の斜面こそは、夢の中で宮本武蔵を倒した技であった。
「まずは二本目、水月である」
権之助は右手に杖を取ると、足を平行にして立つ。これが常の構えである。
「太刀が上段から切り付けてくる。そこを、右斜め前にさばきながら、右片手突きをするのである」
言葉の通りに、片手で突いて見せる。
「さらに、このように、突き出してしまうと」
杖を、しゅっと滑らせて突いて見せる
「初歩であっても、必殺技なのである」
武器術では、手の内の、握りの位置から、その軌道、つまり到達点を判断しているものである。
ところが滑らせ打ちでは、手が滑るように動くので、到達点の予想がつかなくなる。
そこで、夢の中にも、宮本武蔵が乱入してきた。
「引き落とし打ちもよろしかろう」
「なにがよいかと言えば、体勢を真横にしてしまうことである」
真横にするとは、杖道の真半身という姿勢である。
要するに、相手に対して、体を真横に向けてしまうのだ。
「横を向いた相手というものは、剣術の想定の範囲外で、実に斬りづらいのである」
自分の意見をどうしても述べたかったようである。
権之助も仕方なく黙って聞いた。
やはり宮本武蔵には一目置かざるを得ないのである。
「獲物は、ビニール管の呼び径20がよかろう。あれなら、杖と同じような太さであり、見た目が柔らかくなるので相手も納得するであろう」
獲物とは、手にする武器のことである。
武蔵は、武器には、とにかくうるさい。ホームセンターに行って、研究したようであった。
少年は、そこで夢から目が覚めた。
杖道の打ちには、本手打ち、逆手打ち、引き落とし打ち、とあります。
「カルチャーセンター夢想権之助」の回でやっているのが、本手打ちです。本手打ちの前の手を、逆手にすると逆手打ちになります。
本手打ち、逆手打ち、はともに、やや半身に構えます。空手や拳法の構えと、ほぼ同じです。
ちなみに、剣道は正対しますから、ボクシングに近いものがあります。
引き落とし打ちは、杖道では真半身と言いますが、体が完全に横を向きます。こういった体勢からの打ちは、他の武道ではほとんど見られないようです。
体が真横を向き、杖先はその一番後ろから弧を描くことになるので、非常に長い軌道となり、スピード破壊力ともに抜群のものがあります。繰り返しになりますが、体は真横で相手に向かう面は小さくなりますので、宮本武蔵が推奨するのもうなずけると思います。