諸岡一羽斎の椿事
常陸の国は江戸崎。
一羽流の諸岡一羽斎のところに村の名主が駆け込んだ。
「先生、椿事でございます」
一羽斎の高弟、岩間小熊、土子泥之助、根岸兎角も後ろに控えた。
名主の語るところ、かくの如くである。
半間流の、内巻なにがしという者がいた。
しかし、剣術は人に自慢するためぐらいで、脇差の代わりに笛をたばさむような男であった。
その日も、霞ヶ浦沿いを、浮かれ女を探しに歩いた。
首尾よく思いも果たして、笛を吹いて帰る途中に、内巻は我知らずに行き倒れたという。
翌朝に通行の者によって助け起こされると、その後は人が変わったようになった。
うってかわって剣術に熱心になったのである。
道場に通いつめて、飽きることなく修行にいそしんだのであった。
初めは傍観した者たちも、やがては目を見張り始め、ついには期待する声も出始めたのだ。
ところが、この頃になって内巻は、
「わが流派をたてる」
と宣言して、道場から離れてしまった。
「許さぬ」
半間流の門人たちが詰め寄った。
しかし、内巻は苦も無くその三人を打ち倒したという。
さらに腰の笛をこれ見よがしに、ぴいひゃらと吹いて、
「われこそは、笛吹流である」
と名乗ったという。
その後は、わが家の庭を道場として笛を吹いて入門を待った。
すでに半間流三人を倒したことは知れ渡っている。それが笛を吹いているのだ。
「おもしろかっぺよ」
農民や漁民の間で人気が出た。
庭は門人に溢れて、内巻は、
「祭りのような気持ちで、稽古をすればよろしい」
ますます笛を吹いた。
「強くと思うより、笛に合わせて、体の力も握る手も柔らかくすればよいのだ」
一羽斎とその弟子たちも、これには耳を傾けていた。
剣術の稽古は悪くはない。しかし、それが度を越していたのだ。
内巻は笛を日がな、ぴいひゃら、らららと吹き続けて稽古を続けさせた。
祭りのような笛の勢いにのぼせたのか、門人たちは我を忘れた。
ついには、農民は鍬や鎌を捨て、漁民は釣竿を垂れることを忘れてしまった。
田畑は荒れるいっぽうで、魚の行商も出回らなくなってきた。名主は仕方なく出かけて行って、半間流に何度も頭を下げた。
「笛吹流の者どもに、目を覚まさせてやってください」
しかし、半間流は先のことがあるから、知らぬ存ぜぬを通すばかりだった。
「諸岡さまには、かかわりのないことではございますが。他に頼る方はもうございません」
その言葉に一羽斎は、微かな戸惑いを覚える。
ここから遠くない鹿島の地には、一羽斎の師である塚原卜伝がある。
剣聖とも呼ばれ、その名は知らぬものはない。頼る頼らぬとなれば、本来この人物であろう。
しかし、この超人にも老いはきた。すでに隠棲をしている。
「今は、師に代わって、剣のことを正していかなければなるまいか」
一羽斎は心に呟いていた。
一羽斎は一部始終を名主から聞き終えた。
諸岡一羽斎はうなずいて、まずは名主の労をねぎらった。
「笛など吹かしておいては、名折れだっぺよ」
岩間小熊が吠えた。
「いや、なにか、ほかに目的があるのかもしれぬ」
根岸兎角が反論する。
土子泥之助は黙っている。
やがて、一羽斎は口を開いた。
「内巻なにがしは仮初めであって、その正体は手ごわき霊ではなかろうか」
一羽斎の武芸者としての直感であった。
であれば、この高弟たちにも、まかしておけないと一羽斎は考えた。
「わたしが、ひとつ手合わせをしたいと伝えて欲しい」
その言葉に、高弟たちも表情を引き締めた。
土子泥之助をもって笛吹流に使者を立てると、
「では、こちらから参ろう」
と内巻は、待っていたかのように、二つ返事であった。
しかも、時を置くこともなく木剣をたずさえて一羽流道場に姿を現した。
こんな自信に溢れた剣の構えというものが、あるのだろうか。
一羽斎は、目を見張った。
ただの中段の構え、しかしながら自信、いやそれよりも満々たるような、勝利がただ立っている、そんな構えである。
一羽斎も誘われるように中段。
我知らず、相手の動きを追うような構えになってしまっている。
内巻なにがし、風ほどにも感じていないことは一目瞭然。
一羽斎、はっと思い直した。
気を漲らして上段。
剣気、今はまぎれもなし。
電撃のように木剣から身体を貫いて足先まで、武芸者の意志が走らんとする。
刹那、
「待てい」
道場に踏み入った老人が、声高くした。
その声には、この完熟の剣気も、動きを止めざるを得なかった。
「そなた、宮本武蔵だな」
眉一つ動かさなかった、その表情に、このとき初めて揺れるものがあった。
声の主、誰あろう、剣聖。
塚原卜伝、その人であった。
「やはり、武蔵であるか」
卜伝は、もう二者の間合いに分け入っていた。
「笛吹流とやら、この卜伝が見過ごしているとでも思うたか」
これは一羽斎にも語りかけるようであった。
武蔵の霊も、今はもう剣気を鎮めるしかなかったのである。
「お通にでも、笛を習ったのか」
塚原卜伝は呵呵大笑した。
武蔵にも、一目を置く人物がある。
それが塚原卜伝である。
「出直してくるがよかろう。そのときは生き霊などにならず、ままの姿で来られよ」
卜伝の言葉は冷たくはなかった。
「しかし、すでに隠棲の身、そのときには、鍋ものでも馳走しよう」
さすがの武蔵も苦笑するしかなかったのである。
最後に、塚原卜伝が鍋を馳走とかなんとか言うのは、なんなんですか、とか尋ねられてしまったので、蛇足ながら書かせていただきます。
鍋蓋試合とかいうものがありました。
真偽のほどはさておき、塚原卜伝と宮本武蔵が闘ったそうです。すでに、そのとき、卜伝は白髪の老人。武蔵は血気盛んの若さ。これも真偽ともかく。
隠れ住む庵の囲炉裏の前に端座する卜伝。いきなり踏み込んで、勝負を挑む武蔵。
卜伝は慌てず騒がず鍋の蓋で、武蔵のビワの木刀を受け止めてしまったという、これです。
いちおう話はここまでですが、いつもながら何故がつきまといます。
鍋の蓋、割れませんでした?
釜の蓋なら分厚いから分かりますけど、枇杷の木刀まで使って武蔵しくじったのか。
枇杷の木刀って、樫の木刀なんかより値段倍も高い優れものなんですよね。私も庭に枇杷の木があるので、試しに切ったら、独特の粘りがあって、強い木でした。まあ、それはともかく。
武蔵、不意打ちする必要がある場面か?
相手は老人であるので、それで勝ってたとしても、不名誉なのではなかろうか。せめて武器を取らせたほうがよかったのではないか。
何しろ、鍋を前にして打ち込むのはあぶない。鍋を踏んだら大変だ、それどころか、卜伝に鍋を蹴り当てられる可能性が濃厚だった。決闘の場面として、慎重さに欠けたぞ武蔵。
薄いと思われる鍋の蓋なんかで受け止めようとするのもどうかだが、投げるとか、囲炉裏なら灰を投げるほうが実践的ではないか卜伝師匠、などなど。
続きは『剣豪魂・鍋蓋試合』てお会いしましょう。
それから、武蔵が生まれる前に卜伝は亡くなっていたというのはごもっともですが、剣豪魂では鍋蓋試合はあったということにしています。