杖は剣よりも強し
「夢想権之助はどうしているかな」
宮本武蔵は沖田総司に尋ねた。
「はい。この世、に行っているようです」
沖田は元オオカミの犬の頭をなでながら言う。
「この世というのは、何年ぐらいであるかな」
「え~と、権之助さんは1990年ぐらいに行ったようです」
犬は元はオオカミであったのが、武蔵と沖田の世話によって犬に進化したのであった。
「では、行って様子を見てきなさい」
「あれ。先生、行かないんですか」
「今回は、よしておく」
「はい。分かりました。では、行ってきます」
沖田は犬を連れて歩き出した。
「犬は置いていきなさい」
「駄目なんですか」
武蔵は沖田の犬の引き綱を取ってしまった。
沖田はしぶしぶ歩き出した。
さて、夢想権之助だが、彼は神道夢想流杖術の創始者である。
初めは天真正伝香取神道流を学んだらしい。ちなみに、下総香取の飯笹長威斎が、天真正という河童の秘術を伝えられて編んだとも言う最古の剣術流派である。
権之助は剣の勝負で幾度か敗れている。小野派一刀流の小野次郎右衛門、馬庭念流の樋口又七郎定次に敗れたと書く人もある。
つまり超一流ではなかった。そこは武蔵と違うところである。
その後に剣にではなく、杖に開眼したのである。
杖は、棒と明確な区別があるわけではない。棒術と言ってもいい。
ただ権之助の杖は、128cmと、一般的な棒のイメージからすると少し短い。
手を広げれば両端を握れる長さで扱いやすい。
沖田が、この世を歩いていると竹刀を持っている少年たちがいた。
「この世の剣道だな」
嬉しくなって沖田は近づいた。
しかし、一人の少年を、集団が竹刀で小突き回しているのだった。
「何をしているんだ」
沖田の血相が変わった。普段の沖田からは考えられないような恐ろしさである。
少年たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「どうしんだい」
「僕が悪いんです。剣道部、やめちゃったから」
少年はうつむきながら話を続けた。
「僕は体が弱いから、剣道部でがんばって強くなろうと思ったんですが、やっぱり無理だったんです」
沖田は真剣な表情で聞いている。
「やめちゃったから、いじめられるんです」
沖田は腕組みした。
「剣道の仲間じゃないか」
少年はうなだれている。
刀に手を掛けようかと思ったが、やはりこれも持ってはこれなかった。
「そうだ」
その手でポンと膝を叩いた。
「権之助さんに会ってもらおう」
その夢想権之助はカルチャーセンターにいる。
杖道が初めてセンターの教室に採用されたのである。
沖田は事の成り行きを権之助に語った。
「少年よ。ここだけの話だが、杖道教室は剣に勝てるぞ」
権之助は、そう言うだろうと沖田は思っていたのだ。
「ほんとうですか」
少年は目を輝かせ始めていた。
「君の知っている剣豪は誰か」
権之助は尋ねる。
「ケンゴウ?」
「昔の人で剣道つよかったのは誰だと思う」
沖田が代わりに尋ねてやる。
「宮本武蔵」
少年は即答した。
「他には」
沖田はさらに尋ねた。
「え~と」
「新撰組とかは……知らないのかなあ……」
少年は考えこんだままだ。
「やっぱり、先生に来てもらうしかないようですね」
少し残念そうに沖田は言った。
「うむ。それがいい」
夢想権之助は嬉しそうである。
沖田は、あの世に戻った。
「先生、お願いします」
「うむむ」
武蔵は腕を組んだままでいる。
「沖田、きみが権之助の杖道と、やればいいではないか」
「少年は、宮本武蔵先生しか知らないのです」
「うむむ。わたしが勝ってはいけないのだろう」
「はい、そうです」
「この宮本武蔵が負けるのか」
「少年の夢の中にだけ出てくれれば、それでいいのです」
「うむむ。では、仕方あるまい」
その夜、少年の夢の中で、宮本武蔵と夢想権之助は対戦した。
権之助は、斜面という、杖を斜め下から相手の横面に繰り出す必殺技をもって、武蔵に勝利した。
少年はその夢に発奮、杖道教室に早速入門して、杖道に日々精進したとのことである。
夢想権之助は、あの飯笹長威斎の天真正伝香取神道流の、れっきとした七代目である。つまり一流の剣術家である。諸説はあるが、何度か剣の勝負に敗れたのであろう。そこで、杖術を創始することになったようだ。悪く言ってしまえば挫折、よく考えれば新ジャンルの発明である。
その結果を言ってしまえば、杖道は、宮本武蔵の二天一流などに比べると、はるかに隆盛している。杖道は北海道から沖縄まで、ほぼ全国に道場・教室がある。その意味では、武蔵を超えたといっても過言でない。
杖道と書いた、杖術ではない。神道夢想流杖術は昭和三十一年に、全日本剣道連盟の傘下となったことで、杖道の名称で普及した。人によっては、これを剣道の部分として吸収されたと、残念がるようであるが、杖道が全国規模の武道に発展したことは紛れもない。
『カルチャーセンター夢想権之助』を書きたいと思っています。