沖田総司の、少しだけ幸せな最期
沖田総司は枯れススキの中を歩いていた。
白い骨を思わせるような、その草々はうねうねと何処までも続いているのだった。
そのススキの原の中には一本の道が通っていて、沖田はそこを歩いているのだった。
道は何処へと続いているのか、自分はなぜ歩いているのか、実は沖田には分からなかった。それでも定められたように彼は歩く。
やがて向こうから来るものの気配がした。
一人と、もう一つ別の何か。それぞれに恐るべき殺気をはらんで近づいてくるのだった。
沖田は全身を緊張させた。
白いススキの原の中からそれは姿を現した。
練磨し尽された身体と一目で分かる、武芸者であろう。
その鋼を思わせるような発達した腕の先に握られた物は、長い鎖、そして先には暴れる犬が繋がれているのだった。犬は歯を剥いて暴れていた。犬とはいえ形相あまりにも凄まじく、また四肢の踏ん張るところも尋常とは思えなかった。だが、男の片腕は鎖を手ごわくして犬の自由になることを許してはいなかった。
沖田は道を開けた。武芸者ならまだしも、暴れ犬では開けざるを得ない。
そのものたちは彼の前を通り過ぎるかと思えた。
犬と見たが、犬ではないようだった。
その視線に気がついたか、
「オオカミである」
と男は鎖を持つ手を強くして語りかけてくる。
蓬髪にやや高い頬骨、琥珀色の瞳、その歩行に一切の隙はない。
「あ、もしかして」
沖田から言葉が漏れた。
「宮本武蔵というお方ですか」
「いかにも。そなたは沖田総司だな」
「なぜ、わたしの名を」
答える代わりに、宮本武蔵は鎖を手渡してきた。
「これからは君の仕事だ」
オオカミは沖田に飛び掛らんとしたが、巧みにかわして、受け取った鎖でオオカミを締め上げた。
「うむ。大変よろしい」
武蔵がうなずいている。
「天下に名を轟かせた武芸者は、死んでも極楽地獄へはいかぬのだ。この雲上へと来るのだ」
言われて、ようやく沖田は自分が死んだことを思い出した。
「ついて来なさい」
宮本武蔵は歩き出す。
オオカミを締め上げながら、沖田は従った。
「そうしていれば、やがて犬へと進化する。われわれの罪滅ぼしで人助けである」
「そうか、人助け」
「われわれは神に代わって、力と気合の入る進化を担当するのだ」
やがて一軒の家が見えた。
筋骨たくましい男がいる。
「総司、おまえも死んじゃったのか」
近藤勇であった。
「はい。死んじゃいました」
近藤は珍しく悲しげな表情を浮かべた。
「そうかあ」
武士らしい顔に戻っている。
「あれ。オオカミじゃないんですねえ」
「うむ。イノシシなのだ」
近藤は満足げに言う。
「ブタに進化させるのだ」
武蔵が犬小屋を持ってきた。
「後は頼むぞ」
沖田は、さっそくオオカミを入れた。
「だいぶ、犬になってきたな。では、わたしは鴨に稽古をつけてこよう」
「鴨って、芹澤さんですか」
「うむ。ここに来れば、剣術はもうやらないものだがな」
「芹澤さんは、この世では、剣術より酒を飲むので忙しかったですから」
武蔵は木刀を取ると、ずんずんずんずん歩き出した。
「なあんだ、武蔵先生、うきうきしてるじゃないか」
と思ったところで目が覚めた。
沖田は千駄ヶ谷の植木屋の離れに、病で臥せっていた。
明日をも知れぬ命であった。
しかし、この夢から覚めて沖田は少しだけ笑っていた。
これは『沖田総司の、実は少しだけ幸せな最期」として発表していたものです。『実は』は、このたび取りました。




