上方歳三[落語版]
「総司、目が覚めたか」
「ああ、土方さん。わたしは、眠っていたんですねえ」
「そうだ。池田屋から運ばれて、それから眠ったきりだったのだ」
「近藤局長や皆々も、ずっと総司が目を覚ますのを待っていたが、見回りの時刻になったので、先刻、出て行ったのだ」
「ご心配おかけしました。もう大丈夫です」
「そうか。それを聞いて、安心した。ところで、総司、喜べ。池田屋で我々が斬った連中はな、かなりの大物だったぞ。これでな、わたしたちも、歴史の表舞台に出ることができたということだ」
「良かったですね。わたしも眠っている間に、面白いことを思いついたんです」
「ほう、どんなことだ」
「言ってもいいですか」
「総司の言うことなら、たいがいのことは、きいてやるよ」
「良かった。あの……せっかく、上方へ来たんだから、二人でお笑いをやりませんか。名前は、もう考えてあるんです。上方歳三・総司です。いや、ほんとうの芸人になるわけじゃあないんです。周りの皆がね、少し元気がなくなったときに、笑わせてやる、それぐらいでいいんですよ」
土方歳三、意外な顔をするが、やがて、うなずく。
その後、徳川の幕府は滅亡し、新撰組は敗走を続け、函館は五稜郭へと追い詰められました。そのとき、それまでは、鬼とまで呼ばれた新撰組副長土方歳三が、その追い詰められた新撰組隊士達に、ひどく優しかったというのは、有名な話でございます。
(終)
小出しになってしまいました。すいません。