上方歳三〔落語版〕
「そこにいるのは誰だい」
「……」
「出てきなさい。そうでないと斬るよ」
「斬らないでください、斬らないでください」
「じゃあ、出てくるね」
「はい。分かりました。さすがは、新撰組の沖田総司さまでございます。なんでも、おっしゃるとおりにいたします」
「わたしが沖田総司と知って、この部屋に入ってきたのだね」
「はい」
「ずいぶん変わった姿をしているね。白い着物を着て、白い頭巾をかぶって、ひげまで白いね。まさか、死神ってわけでもないだろうね」
「はい、その死神でございます」
「いやだなあ、冗談のつもりだったのに、本物が来ちゃったのかい」
「はい、申し訳ありません」
「そんなに謝らなくてもいいけどさあ。やっぱり、あれだね。今日、わたしは池田屋の討ち入りの最中に血を吐いて倒れてしまったんだけれど、それだから、死神が来たって事なんだね」
「はい、その通りなんです」
「そんなに、素直に、はいって言われると、なんだか、まいっちゃあうなあ。そっかあ、じゃあ、わたしは、死ぬんだね」
「あの、わたしは、やっぱり、帰ることといたします」
「あっ、いいよ、いいよ。気にしなくて。わたしもさ、自分でも、もう長くはないんだろうなあと思ってたところだからさ。で、いつごろなんだい、もうすぐかい」
「わたしは死神になりたてなんですよ。だから、くわしいことは、どうも分からないんです」
「ふう〜ん、なりたてなんだ。ってことはさあ、死神になる前は何をやってたんだい」
「それが、そのお」
「なんでも、わたしの言うことをきくという約束だろう」
「はい。お答えします。貧乏神です」
「おや、おや、死神の前は、貧乏神かあ。そうかあ。見かけどおりに……君は、苦労してるんだね」
「はい。おっしゃるとおりでございます」
「ところで、貧乏神っていうのは、何をする神様なんだい」
「いやあ、貧乏神は何もしないんです。貧乏な家へ行って、ただ、じいっと座っているんですよ」
「なんか、つまらないね」
「貧乏の、神ですからね。楽しいことがあったりしちゃあ、いけないんです。ただ、一人っきりでね、こうして、じいっと座っているんです」
「噺家みたいだねえ」
「冗談、言っちゃあ、いけません」
「ごめん、ごめん。じやあ、ずっと貧乏神で大変だったねえ」
「いえ、それが違うんです。もともとは、鼠だったんです」
「へえ〜、そうなんだ。でも、なんで、鼠が貧乏の神様になっんだい」
「よく、聞いてくれました。わたしが、鼠だったときにですね、たまたま、ある家に入ったんですよ。その家が、とにかく貧乏だったんですよ。貧乏も貧乏、もう、貧乏の真打ちなんです」
「そんなに、力を入れなくったって、いいよ」
「畏れ入ります。それで、米びつなんかは、くもの巣が、もう二十三十に張ってて、ほんとに何にも、ないんです。でね、そんな家に入ってもしかたがないから、すぐに出ようと思ったのです。ところがね、そこの家の子供が、わたしを見て喜んでるんですよ。ほら、鼠も入らないほどの貧乏なんですよ。鼠なんて入ってこないから、鼠を初めて見たんでしょうね、大喜びしてるんですよ」
「なるほどねえ」
「そんな喜んでもらっちゃってねえ、出て行くわけにも行かないじゃないですか。子供がいるときは、柱を駆け登ったりして見せてね、それで、ずっと、そこの家にいたんですよ」
「それは、ずいぶんと、いいことをしてあげたじゃないか」
「まあ、そうなんです。でもねえ、なんたって、食べるものがないじゃないですか、腹に力が入らなくてねえ、それでも、柱を駆け登ろうとしたら、目が回って、落ちて死んじゃったんですよ。そしてね、しばらく暗いところで、なんかぼやっとしていて、気がついたら、貧乏神になっていたんです」
「へえ〜、貧乏の神様にも由緒があるんだねえ」
「そんなふうに言っていただけるなんて、ありがたいことです。では、貧乏神から死神になったわけも聞いていただきましょう」
「意外に話し好きなんだねえ」
「畏れ入ります。実は、わたしは江戸で貧乏神をやっていたんですが、神様の会議で出雲へ行ったんです。そこの会議で、死神の数を増やさなければならないという話になったんです。世の中が物騒になってきたでしょう。旦那の前でなんですけれど、徳川の幕府と薩摩長州の間で戦争が始るかもしれない。そうなると、これからは、どうしても死神が必要になるってことなんですよ」
「なるほどねえ。たしかに、戦争になったら、必要だろうねえ」
「それで、初めのうちは、七福神あたりを死神にしようって、話だったんですよ。戦争なんかになっちまったら、福なんか、当分こないですから、七福神の仕事はなくなります。でもねえ、七福神が怒っちまって。ここだけの話なんですけど、七福神なんてのも怒ると、かえって恐いですよ。大黒さんは、打ち出の小槌を、ぶんぶん振り回してましたしね。寿老人の頭突きも恐かったす。でもねえ、えびすさんが、えびす顔のまんまで怒ってたのが、実はいちばん恐かったです」
「いいね。凶暴な七福神か。なんなら、みんな、まとめて、新撰組で雇ってあげてもいいよ」
「旦那も、なかなか話せる方ですねえ」
「いやあ、とても、君にはかなわないけれどね」
「へ、へ、へ。で、まあ、そんなこんなで、七福神を死神にしようって話は終わりになって、じゃあ、しかたがないから、貧乏神あたりを死神するしかないなって、ことになったんですよ。また、お分かりとは思いますが、この世の中、貧乏ほど多いものはないですから。大量貧乏。それを死神にすれば、まるく収まるってことですよ」
「なんか、嫌な収まり方だね」
「畏れ入ります。ですから、わたしは、まだ死神については、ほんの素人なんです」
「へえ〜、そういうことなんだ。面白いといえば、面白い話だねえ」
「そうです、旦那。話は、色々で、面白いといえば、この上方というところには、面白い人がいますねえ」
「どんな人だい」
「死神の見習中に、わたしが、行ったところの人はね、死神が来たのを見て、死んだふりしたんですよ。あやうく、だまされて、帰るところでした」
「面白いねえ。そう言えば、この前、新撰組の見回りで、大阪の道頓堀まで行ったときに、にわか、というお笑いをやっていたよ。ああいうのは、いいなあ」
「旦那、実は、お笑い好きですね」
「うん、そうだね。わたしが、もし、新撰組じゃあ、なかったら、あの、にわか、というのをやってみたいと思うぐらいだよ」
「ほ〜、そうですか。実は、わたしもお笑いが大好きなんです。だんしがしんだら、真っ先に、わたしが行こうと思っているぐらいです」
「だめだよ、あの人のことは、大事にしないと」
「へ、へ、へ。とにかく、旦那のことを見直しました」
「死神に見直されるなんてのは、滅多にないことだね。わたしも、ここだけの話しをするけれどね。新撰組の見回りに出ると、新撰組の姿を見ただけで、道を行く人の顔が、ふっと、うつむいて、暗い顔になってしまうんだよ。あれは、嫌だなあ。少しは笑顔になってもらいたいなあ。わたしは新撰組に誇りをもって、徳川の幕府のために、そして、人々の安全な暮らしを守るために、一生懸命、働いているんだ。みんなのために、やっているつもりだよ。だから、暗い顔にならないで欲しいんだ。わたしは、人が暗い顔をしているのは、とても嫌なんだ。もしかして、わたしが、新撰組ではなくて、あの、にわか、みたいなことをしていたら、人は、みんな、笑ってくれるんだろうなあ」
「死神の私が言うのもなんですが、旦那は、今、死ぬには惜しいお人だ」
「じゃあ、もう一つ、わたしの話も聞いてくれるかい」
「はい。喜んで」
「新撰組の見回りをしていたときに、強盗に入られた家があってね。それで、その強盗を退治してあげたんだ。この時はね、ほんとうに喜んでもらえたんだ。そしたら、その家が、すごいお金持ちの家だったから、お礼をしますってことで、ご馳走をしてもらったんだ。すごいご馳走だったよ。新撰組は招待されるけれど、貧乏神は絶対に招待されない家だと、わたしは思うよ」
「こいつは、一本、とられました」
「あのときは、人に喜んでもらえて、わたしも、ほんとうに嬉しかったなあ。それで、色々ご馳走になって、それから、みんなに、欲しいものを何でもくれたんだ。近藤さんは、刀で、土方さんは、洋服をもらったよ。それで、わたしはね、これをもらったんだ。わたしが、人からお礼で貰ったなんて、これが初めてだよ。見せてあげよう。なんだと、思う」
「小さな箱ですねえ。なんでしょう。まさか、玉手箱ってわけではないですよねえ」
「とても珍しい物なんだよ。マッチって言うんだ。西洋で発明された物だそうだよ。そこの家のご主人が、煙草を吸うときに使っていた。箱の中に小さな棒が入っていて、その棒を箱の、横のところに、こすりつけると、簡単に火がつくんだ」
「火がつくんですか」
「あれ、やけに驚いてるねえ。その火がねえ、小さな花火みたいで、とても綺麗なんだ。大切にしてね、もらってから、一本しか火をつけていないんだけど、特別に、今、一本、火をつけて見せてあげようか」
「旦那、待ってください。わたしたち、死神は、目の前で火をつけられると、消えてしまうんです。いや、消えるのが嫌だから言っているんじゃない。そうじゃあ、ないんです。わたしの、話を聞いてください」
「うん、分かったよ」
「ほんとうは、今日、旦那は死ぬ日だったんです。だから、死神のわたしが、こうして、ここまで来たんです。わたしは、死神の素人と言いましたが、今日がその日だってことは、間違いのないことなんです。でも、わたしは思ったんです。旦那は、死ぬには、まだ、ちょっと早い。思いを残したままで死んじゃあ、いけないってことですよ」
「わたしが、思いを残す、って言うのかい」
「そうです。そうですとも。旦那には、人を笑わすことをやってみたい、という思いがあるんでしょう。なら、やってください。何しろ、サムライの中のサムライの新撰組、その新撰組随一の旦那が、人を笑わせるというんだから、いいじゃありませんか。この世の中、強いばっかりが大事って、訳じゃないことを、周りの方々にも知らせてやってくださいよ。」
「そうかもしれないね」
「わたしは、いったん、消えて、旦那を待ってますよ。それからね、別の死神が来たら、そのたんび、消してしまって構いませんよ。どうせ、臨時雇いの死神だ。みんな、わたしと同じで、そんなに死神が気に入ってる訳では、ありませんから。さあさ、マッチを擦ってください」
「ほんとうに、いいのかい」
「ひと思いに、パッとやってくださいよ。ただ、その代わり、最後のマッチまで使い切ってしまったら、必ず、わたしに、会いに来てくださいね」
「うん、分かった。じゃあ、そう、させてもらうよ」
今回は落語バージョンに挑戦させていただきます。
あ、すいません。
サゲが、もう一話あるんです。
乞うご期待。