表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣豪魂  作者: 富野夷
2/29

土方歳三、悪人を嗤う

新撰組と言えば鉄の結束である。それを作りあげたのは土方歳三と言われている。

しかし、土方を組織に走らせたのは芹澤鴨である。

土方は鴨を恐れていた。コンプレックスをもっていたと言ってもいい。

ちょうどブラジルの個人技のサッカーに、力の劣る国が組織で対抗するように土方は、新撰組を組織化した。

鴨に対抗するためには、その時点では、組織しかなかった。


芹澤鴨は、芹澤城の城主の末裔とも言われる、郷士である。

土方歳三はといえば、百姓のせがれで、薬の行商などをしていた。

さらに鴨は、神道無念流の免許皆伝である。

土方は、入門が遅かった故もあり、天然理心流の免許は受けていない。


それだけなら、まだしも、鴨は和歌まで巧みである。

『雪霜に色よく花のさきがけて散りてものちに匂ふ梅が香』

は有名だ。

雪霜に花と梅を並べて、色彩感のある流麗な調べである。


土方は悪いことに俳諧をやっていた。

ひらたく言えばカブっているというやつだ。

しかも和歌は、俳諧より格上である。

その上に土方は下手の横好きでしかなかった。

『梅の花一輪咲いても梅は梅』

という土方の俳諧などは、素人によくある、世間にある慣用句をそのまま俳諧にしてしまったという感じだ。

土方は、何をやっても芹澤鴨に劣る。


鴨は人も斬っていた。

天狗党に関与する中で、三人は斬ったらしい。

土方は浪士組以前に、人は斬っていないだろう。


性格の面にも、それがある。

鴨は確かに酒癖は悪かっただろうが、新撰組の屯所にされた屋敷の主、八木源之丞は、迷惑をかけられたはずなのに、

「酒さえ飲まなければ、ええ人なのに」

などと言ったらしい。

要するに、陽性の人間なのだろう。

一方の土方は、裏工作に走る。策士なのだ。

芹澤の酒という弱点につけ入って、暗殺に及んだのだ。


一角の剣士ならば、勝負をすべきではなかったのか。

暗殺ではなく、暗闇の中でも、一対一の勝負を申し込めばよかった。

芹澤鴨なら、笑って応じたはずだ。


土方には、自信がなかったのだ。

一人では、とても鴨に勝てないと思っていた。

それで、何人もで芹澤鴨に掛かった。


鴨は人も斬るのも、土方より早かったと書いた。

京に出た土方は、鴨に追いつくべく慌てて人を斬った。

新撰組の強さは、人斬りの強さだ。

剣術の強さとは、また別のものがある。


新撰組にも剣術として、強いものは確かにいただろう。

ただ、それほどでも無い者でも人を斬ることに慣れれば、一角の人斬りになれるということだ。

人を斬れば、相手の驚愕と苦しみを見ることになる。

血が流れ、生臭い血の臭いが染み付いてくる。

それに快感すら覚えられるのが人斬りだ。


土方は新撰組隊士に、さかんに人を斬らせた。

隊規に背いた者が切腹するとき、新参の隊士に介錯で首を斬らせて慣れさせた。

流れる血、苦しむ表情、臭う血に慣れるということ。

残忍になるということだ。


土方は、ようやく鴨に勝った。

数人掛かりのだまし討ちの戦法で。


そして鴨は、敗者の歴史になってしまったのだ。

敗者は悪人になるということだ。

その歴史を作ったのは、土方である可能性が高いのだ。

土方は、天真爛漫だが隙のある鴨を罠にはめた、根回しの策士なのだ。


先に芹澤鴨は和歌に巧みだと書いた。

鴨は、どこか芸術家肌の男だったようだ。

それだけに自由を好む。

根回しなどは、最も嫌う。

サラリーマンのような組織では生きられない自由人だ。


土方の鴨の殺し方は、卑怯な暗殺以外の何ものでもない。

その上で土方は、鴨を悪人に仕立て上げた。

涼しげな顔をして土方は人をだます。

土方歳三のほうが、よほど悪人ではないだろうか。

芹澤鴨の名の、芹澤は地名であり、その苗字が地名からくるのは全く普通である。

問題は鴨だ。かなり妙な名で、由来は幾つかある。

芹澤村の名物が鴨だったという素朴なものから、近所にあった賀茂かも神社にあやかったというもの。『常陸風土記』の中の一説、「芹澤村を通過する日本武尊やまとたけるのみことが鴨を従えた」から取り、尊王の心を表したのものだという奥ゆかしいもの。

いずれにしろ言える事は、岸辺に芹生うる水の流れに遊ぶ鴨、というイメージは一幅の日本画のようであることだ。つまり、芹澤鴨は秀でた美的感覚を持ち合わせていることだ。

酒乱であったのは間違いないだろうし、土方のように美男でもない。

しかし、その厳つい風貌に、繊細な感覚、このギャップに惚れた女性がいて全く不思議でない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ