ティラノサウルスの逆襲
無辺際に異変である。
その報せは、ツバメの世話をする佐々木小次郎の許に届けられた。
ティラノサウルスが大集結しているのだそうだ。
小次郎は芹澤鴨の所へ走った。
芹澤は、ティラノサウルスとカモの世話をしている。
ティラノサウルスは、ニワトリに、
カモはアヒルに進化させるのだという。
話を聞いた芹澤は、考え込む。
「まさか、こいつを奪還するつもりでは」
檻の中には、そのティラノサウルスがいる。
進化はだいぶ進んで、もう芹澤よりも小さくなってきている。
仲間のティラノサウルスが、それに気づいて危機を募らせたのかもしれない。
不安を感じた小次郎は、
鐘捲自斎、伊東一刀斎に助力を願った。
二人とも小次郎の師匠筋の人物である。
話を聞いて、夢想権之助もやって来た。
彼らは枯れススキの原を歩いて、
無辺際の無辺際へとやって来た。
この世ではないので、さすがに遠慮して、真剣でなく木剣を腰に帯びている。
ティラノサウルスは犇いていた。
恐ろしい光景である。
しかし、なかなか踏み込んでは来なかった。
ブーメランを警戒しているのかも知れなかった。
だが、その使い手の新撰組は今はいない。
夢想権之助が出て行った。
向こうからも一匹、出てくる。
意外に紳士的なのか、警戒の故なのか。
権之助、しばし間合いを計るが、
ティラノサウルス、動かない。
面倒と見たか権之助、つつつと出る。
真半身に構えると、渾身の引き落としを打った。
ティラノサウルスにとっては、杖は、針ほどのようなものかもしれない。
しかし、その針がずぶりと刺さるような、
そんな引き落とし打ちだったのである。
「ぎゃおう」
すさまじい咆哮。
体を反転させると、巨大な尾を一閃させた。
権之助、見切った積りだったが、その巻き起こる太刀風の如きものに弾き飛ばされた。
鐘捲自斎が、その体を辛うじて受け止めてやった。
伊東一刀斎、佐々木小次郎、すばやく踏み込んで、
踏み潰そうと追いかけたティラノサウルスに、
爪の隙に木剣を振るって、何とかその足を止めさせた。
しかし、それが打って倒せるものではないことは、
先例になってくれた権之助の攻撃で、この達人たちは見取っている。
踏み込んですぐに、
反転してくる尾を見切って、吹き起こる風も予測、
そして、かわす。
ティラノサウルスの攻撃は空振り。
しかし、一刀斎、小次郎をしても、それ以上の攻撃は不可能なのである。
もう一匹、出てきた。
鐘捲も参戦するが、不利は否めない。
ティラノサウルスの攻撃に耐えるしか術がないと見える。
「小次郎、走れ」
彼方から大音声で呼ばわったものがある。
宮本武蔵であった。
この窮地に、ついに武蔵が姿を現したのであった。
「小次郎、走れ」
以心伝心。
佐々木小次郎は、もう走り出している。
ティラノサウルスとても獣の性質である。
走り逃げるものものを、まず追いかける。
二頭は他の三人を置き去りにして、小次郎を追ったのである。
「小次郎、檻だ」
武蔵は、彼方より再び大音声である。
小次郎は走りに走った。
それは小次郎にしか出来ない走りだ。
ついに檻が見えてくる。
中には、縮んだティラノサウルス。
しかし、走って来るティラノサウルスは巨大なままだ。
もう小次郎のすぐ後ろに迫っている。
一呑みにしてやるとの勢いである。
小次郎は最後の力を振り絞って、檻の扉を開ける。
不意に、追ってくるティラノサウルスの体が歪んだ。
檻の中に進化の加速度がついていたのである。
巨大なはずのティラノサウルスは、檻の中に縮みつつ吸い込まれたのである。
こうして、さらに二頭のティラノサウルスが捕獲された。
しかし、剣豪とティラノサウルスの闘いは始まったばかりである。
『バガボンド』の佐々木小次郎は喋れない設定になっています。突飛なようにも思えますが、小次郎の師の鐘捲自斎の師の富田勢源は視力を失っています。恐らく、そこからの設定なのだろうと思われます。