塚原卜伝は鍋蓋を語る
「武道には、段位というものができたようだが、如何に思うかな」
塚原卜伝である。
「わたしならば、二十段ぐらいでしょうな」
宮本武蔵は即答した。
卜伝も苦笑せざるを得ない。
「段位とは、この鍋蓋じゃよ」
そう言う卜伝の前には、囲炉裏の鍋が、ぐつぐつと煮えているのだった。
繰り返しになるが、鍋蓋試合について――
宮本武蔵は木剣をもって、老境の塚原卜伝に襲い掛かった。しかし、卜伝は近くにあったナベのフタをもって発止と受け止めてしまった、と世間の人は語り伝えているといる。
それは冬も終わろうとする頃のこと、宮本武蔵は鹿島の森を流離っていた。この鹿島の森のいずこかに隠棲する、剣聖塚原卜伝を探し当てて打ち倒して、自らの最強を満天下に示すためである。
この武の神の地の森には、人の手が入るようなことは絶えてない。したがって太古の面影を残して、巨木が天を覆うようにして生い茂っているのだった。
鹿島は海が入り江となって食い入る土地である。この太古の森近くにまで海の波が打ち寄せ続けているのである。
武蔵は足元の土を見つめた。注意深い男である。踏みしめる地面が森の中であるにもかかわらず白砂が混じることに気がついた。海の砂が隆起する場所であるのかもしれなかった。
武蔵は森羅万象を見つめつつも彷徨を続けた。
しかし、彼の求める卜伝の終の隠れ家は見当たらない。
武蔵は歩みを続けた。既に日暮れであった。冬の日はそうでなくとも頼りない。
すると不思議に、巨木の面影は消えて、白砂の地に茂る常緑樹の森へと迷い込んだ。
微かに人のにおいを嗅いだ。
人のにおいとは何か。それは植物に覆われた土地に、その植物とは違う香りの何かである。
果たして、人の家があった。
武蔵は歩き進む。
家は小屋と呼ぶほうが相応しい。しかし見れば、物の具の置き方一つにさえ隙がないではないか。
武蔵は躊躇しなかった。
踏み入る。
囲炉裏の火が、もう赤々と燃えていた。
そして、塚原卜伝が端座している。
さらに踏み込んで、木剣を振るうはずであった。
「武蔵、座るがよい」
それは打ち掛かる気勢をもそぐ一言であった。
然る後に、
「武道には、段位というものができたそうだが、如何に思うかな」
その一言であった。
武蔵は振るうはずの木剣を留めざるを得なかった。
如かして、
「わたしなら二十段」
「段位とは、鍋蓋なり」
との発言になったのである。
「吾とそなたの鍋蓋試合、それは庶民の共同幻想、つまりは、あこがれの産物である。人を超越した武芸者は、年を経ても強くあり続けて、いつまでも決して遅れをとることがないと」
卜伝の言葉は、微かな笑いを含み、
「それは、無理よ。老いれば、弱くなる」
自分の言葉を噛み締めるかのようである。
「武蔵、そなたのほうが、今は強い」
「もう、闘う必要もない」
「しかし……」
武蔵は、そこで口を開いた。
けれども、しかしの後に、何を言うべきなのか実は言葉がない。
「いつまでも強くはあり続けられない。だから、段位という形をつくった、そうは思わぬか」
語り終えて、
「せっかく来たのだ、鹿島灘の名物の、ハマグリ汁を食べられよ」
卜伝は、そう付け加えるのであった。
武蔵はハマグリ汁を食べた。
しかし、彼の心には言い知れぬ寂しさが寄せているのだった。宮本武蔵が寂しさを感じたのは、恐らく初めてのことだろうと思われる。
宮本武蔵対老境の人、となれば、やはり宝蔵院の日観上人を思い出します。槍との対決を望んで、宝蔵院を訪れた武蔵は、畑仕事をする日観とすれ違う。そのときに、日観の耕す鍬が、武蔵の殺気を撥ね返す。
武蔵と老人を闘わせることはなく、武蔵の殺気をまるごと投げ返して見せて、間接的にその優位性を示すという実に巧みなエピソードを書いたものです。さすが、吉川栄治先生、無理だと思うけれど、見習いたいものです。