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カレーなる物

作者: 連開花

 彼はカレーだった。

 決して駄洒落では無い。カレーだった。

 家庭用のちょっと大きな鍋に入った三リットルほどのカレーだった。

 彼を作ったのはアラサーのくたびれたOLだった。

 ふと自炊をしたくなったとのたまって、簡単お手軽手っ取り早くて味に大した差が出ないカレーを作った。


 そんな適当さで自我意識を持つカレーが錬成されてしまったことは大いに人類の損失であったが、カレーは大して気にしなかった。カレーだったからだ。

 カレーは自分を生み出したくたびれたOLに恋をした。

 彼女と話をしたい。彼女と触れあいたい。まあ色々思うところはあったがカレーではどうにもならないので、取り敢えず食べて貰えれば嬉しいかなっとか思ってた訳だが。

 彼は……いや、カレーは失念していた。

 その液体全てが彼の……いやカレーの身体であることに。

 OLが作った初日の、達成感に満ちた一食目……白い煌めきのご飯に黄金にも似た(気がする)茶色のスパイシーなそれをかけんとおタマを取り敢えずぶっ刺して掬い上げると、いたっ、ちょ、マジ洒落に……ならん……ッ!


 身を切る思いとはまさにこのことなのか。まさに文字通り自分の身体の一部を切り取られた彼は、苦痛に呻きながらも、くたびれたOLに食されるべく別れて逝った自分の身体を嬉しそうに見送った。

 ……こうして私はあの人と一体になれるのだ。

 なんだかサイコパスめいた思考だ。まあ深みにはまりそうなことは考えないことにしておこう。初日のカレーだけに。

 OLは細身でなにやら弱々しそうな白い肌をむき出しにする、弱そうな女という印象が強い容姿をしていたが、それに反して食欲は旺盛だった。

 おかわりもされて二度目の苦しみを味わった。これが別れの痛みか。旅立つ半身にカレーは痛みに耐えながら心の中で敬礼をした。

 

 二日目。おかわりのせいで既に半分も残らない姿になっていたカレーだったが、悲壮感は無かった。

 痛みは耐えられる。問題らしい問題といえば、自分が最後まで彼女に食された時、それは一体何を意味するのかということくらいだ。それ以外は些事であったからだ。

 ――あ、でも、すんません、ちょっと粘度が高くなったからっておたまでぐりぐりするのォォォッ!? やめてくださィィッ!?

 カレーの悲痛な叫びが当然彼女に届く訳も無く、血の一滴まで搾り取られるかのように二日目の夜、彼の身体の九割は消滅した。


 三日目。意識が朦朧としてきた。失った身体の分だけ力は弱くなるのか。

 カレーはその時をただ粛々と待っていた。カレーに口無し。うん、当然口は無かったな……粛々と待つしかなかったな……。


「あー、もう、クソみたいな上司のお小言聞くのも楽じゃないわー」


 帰ってきたくたびれたOLは、日課のようにカレーの蓋を開けて、その具合を確かめる。

 三日目。味にも深みが……増しているかどうかはわからないが、疲れた後のカレーは格別なことだろう。

 くたびれたOLの帰宅時の渋い顔が一点笑顔になるのを見ればそんなことは語るまでも無くわかる。うん、まあ語る口は無いのだが。

 ガスコンロのノブをひねるOL。ガスに点火が始まる。最期へのカウントダウンが始まったのだ。

 てやんでいばあろおめいと江戸っ子の如く燃え滾る火に身を任せるカレー。

 ご飯が用意された。煮立つ自分の身体に、思わずカレーは祈った。

 願わくば、次生まれ変わる時は……


「いただきまーす」


 ……そうして特に感慨も何も無く、カレーはばちゃばちゃとご飯に掛けられて食べられた。

 一滴たりとも逃がすまいと言わんばかりに掬い上げられた彼の意識は、朦朧としながらも彼女の口へと届けられ、食道を通り……一体化していく。


 一体化して……して?


 カレーは……一体化出来なかった!

 それどころか、カレーの自意識は未だにくたびれたOLの身体の中にあってもはっきりと残っていた。

 朦朧としていたのはなんだったのか。既に自分は別のものに変わり果ててしまったのか?

 恐怖とともに彼は突き進んでいく。


 そして彼は(自主規制)となり(自主規制)し、数多の流れを経て、地球と一体化していた。

 大いなる意思となったカレーは、それでもなおくたびれたOLへと思いを馳せていた。

 そう、いつかは彼女も大いなる地球へと還るだろうと。また一つになれるだろうと……。






 誤算があるとしたならば

 日本の葬儀は火葬が一般的であり、彼女が地球の土に納められるのではなく、骨壺に仕舞われ納骨堂に納められたということだろう……。


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― 新着の感想 ―
[一言] ちょっとギャグっぽいけど、なかなかシュールですね。いろんな意味で。
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