月夜に笑う兎8
だが腹部に大きな穴が開いたのは兎型グリムの方だった。
見ればワタルが投げた剣が、兎型のグリムに突き刺さっていた。
「戦いながらも隙あらば明美さんを狙っていたようだけど、二兎追うものは一兎も得る事は出来ないよ」
「ちぐぅじょう」
その言葉と共に兎型のグリムが消失した。
「消失を確認。これにて任務完了ニャ」
ペボが安堵の溜息をつきながら報告した。
「ペボ大丈夫だった?」
「このくらい平気ニャ」
ペボは思ったよりも元気そうだった。
「これで元の世界に戻れますよ」
「ねえ、ワタル。これでお別れになるの?」
「そうなりますね」
「そっか。寂しくなるね。ねえ。ワタル最後にいいかな?」
「何でしょう?」
「今でも後悔しているの?」
「多分、後悔はずっとしたままだと思います」
「そうだよね。でも、ワタルが今までやってきた事は間違いじゃないよ。こうして私を守ってくれたんだから」
「その言葉を聞いただけでも少しは楽になった気がします」
「二人とももうすぐ空間が元通りになるニャ」
どうやらペボにはこの空間の終わりが分かるようだ。
「どうやらお別れの時間が近づいているようですね。お守りを頂いたので一言だけ」
ワタルは一度咳払いをしてから
「クンピ、トイラ、ネリネ」
呪文のような言葉を唱える。
「何それ?」
「魔法の言葉ですよ。また会えた時にでも思い出して貰えたら意味を教えますよ」
「その時を楽しみにしているね」
まるで別れを彩るかの様に眩い光に包まれる。
光が消え、明美は元の世界に戻って来た。
隣にいた先ほどまで話していた少年と猫はいつの間にかいなくなっていた。
「そっか……言いたい事を言わずに別れるのってこんな気持ちなんだ」
いづれ忘れる記憶でも、今はこの淡い気持ちを大切にしようと思う明美であった。
(END)