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公主殿下の寵姫さま  作者: 有内トナミ
四章 来訪 編
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九十五、 潜入・小間物屋 二



「普通のお店、に見えますけど」


 光絢がそう言った。

 その言葉の通り、実州屋は見たところ怪しいところはない、ごく普通の小間物屋だった。


「自分が悪事を働いてますなんて表に出すお店はないでしょう」

「ですよね」


 とりあえずは、店構えから不審に思うようなものはない。

 ところで今日の天香の身なりは前回のような町娘姿――ではない。

 あくまで自己評価であるが、貴族の若奥様に見えないこともないこともない、くらいの姿だ。

 具体的には、質素ではあるが品よく質もいい夏物の明るい青の襦に薄い水色の裙の上下に、色の薄い衫を組み合わせた格好をしていた。


「いいえばっちりです若奥様です清楚で奥ゆかしくて恥じらいがあってそれでいて――」

「それで確認しておくけど」

「最後まで言わせてくださいよう」


 光絢が口を尖らせる。

 はっきり言って恥ずかしいし、いたたまれない気分になるので、途中でさえぎったのは間違っていない。だいたい光絢ひとりに褒めちぎられるより、それ以外の人間にどう見えるかが重要なのだ。いやこれはけして照れ隠しというわけじゃなくて。


「いいから確認。私は、まあその……この通り、若奥様。それであなたがその侍女」

「お姉さまは実際に殿下の若奥様ですし、わたしが侍女なのもそのとおりじゃないですか」


 わざわざ確認が必要なのか、と光絢は不満そうに言う。


「自分に確認してるんだからいいの」

「よくわかんない理屈ですけどいいです」

「それで、こちらの方が……似合いますね、下男装束」

「でしょう? これくらいできないと御史はやっていられませんのでね」


 元から細い目を(おそらく)もっと細めて、御史室長は悪戯っぽく笑って言う。少なくともこの人が宮中の高官の一人とは思えない。ますますなんでここにいるんだろうこの人は。

 ともかく、要するに天香の今日の役柄というのは、『侍女と下男を連れて小間物を見に来たとある貴族の若奥様』だった。

 ちなみに最初は栢里がその貴族本人を――つまり天香の“夫”を演じる予定であったのだが、当然のように麗瑛と光絢の激烈な反対で下男に格下げされた。とはいえ彼もあっさり受け入れたところをみると、最初からその反応を期待して、案の一つとして言ってみただけのもののように天香は思えた。



 店内に入ってしばらく、見物というふりをして品物を見ていた光絢が報告してくる。

 店内の様子は、玉晶の店と大きくは変わらなかった。ただ玉晶は一人、いや例の婚約者殿と二人で切り盛りしているから店もそれなりの広さで、小ぶりではあったが居心地のいい空間だった。それに比べればこちらはいかにも大商いというか、間口も奥行きも広い。市の一角にこれだけの店を出すというのは、やはり何かしら後ろに後援する人間がいてもおかしくはないし、同業者から反発されるのもわかる――と、玉晶の店で聞いた話を頭に入れつつ天香は考える。

 ともあれ、広さ以外の面では玉晶の店と変わるわけではない。棚や台には髪飾りやかんざし、首飾りの見本が並べられ、飾り紐や飾り針も見える。玉晶の店より広い分、さらにゆったりと並べられているふうにもみえる。


「並んでいる品の質はいいと思いますわ、おね、いえ奥さま」

「だけど、あやしいものは――」


 と、見回していた天香の目が何かを捉えた。一瞬通り過ぎてしまってから、そこに見えた違和感を確かめようともう一度そこに目を向ける。その視線の先に、それが飛び込んできた。


「光絢、あれを見て」

「はい?」


 光絢もそれを見て、あっという顔になる。声が出なかっただけまだいい。

 壁に沿った棚の一番目立つところに、見覚えのあるものがある。

 ――蝶の髪飾り。

 采嬪が持っていたものと、そっくり同じものに見える。手にとって見えるほど近くではないけれど、見るかぎりにおいては、とてもよく似ている。

 よく見るとそれは箱の中に入っていて、はめ込まれた板玻璃はりを通して見えていたのだ。箱の中には白絹が詰められているようだった。玻璃も絹ももちろん安いものではなく、箱自体もたぶん特注のものだろう。見るからに高価であると異彩を放っている。


「……」

「……」

「で、どうなさいますか?」


 顔を見合わせて押し黙ってしまった天香と光絢をみて、一つため息をついて栢里が割って入った。


「一芝居、打ちましょうか」


 光絢が提案する。

 どうするの、と尋ねると、彼女はすうっ、と息を吸って。


「ええ奥さま、あれはかなりの一品のように見えますわ。奥さまの御髪おぐしにさぞかし似合うとわたくしも思います。もし、どなたか。どなたか――」


 いかにも侍女という喋り方で、まあ本当に侍女なのだがそれはいいとして、光絢は店の人が気づかないわけがない音量で呼びつける。店の人間だけでなく数人いたほかの客も視線を飛ばしてくるのがわかった。

 いったいどこでそんなやり方を学んだの、と問いたい。

 光絢の声に応じるように、商人然とした中年の男が応対に現れた。なかなかに恰幅がよく、この店の通路の幅はこの人が引っかからないようにするためじゃないか――なんてらちもないことを天香は連想した。


「なんでございましょうか、お客さま」

「店主を呼んで頂戴」

「はあ――あ、いえ、手前がこの店の店主でございますが」

「あら、じゃあちょうどよかった。あの髪飾りを奥さまにお見せして」

「あの、と申しますと」

「あそこにある髪飾りよ。あの棚の上。そうそこ」


 店主を名乗る男の視線を髪飾りに向けさせる光絢。

 どうやら少々横柄な態度の侍女を演じることに決めたようで、普段ではあまり見ないような、人をあごで使うような喋り方になっている。

 ――光絢がお嬢さまをやったほうがよかったんじゃないかしら。

 天香は思った。

 お嬢さまという意味でなら、光絢だってそれなりの家のお嬢さまなのだ。若奥様っぽくないと自認する天香よりはよほど適役だったのではないか。……ただ、光絢が侍女役の自分をお姉さまなどと呼んでは台無しなのだが。


 店主はおお、と息を漏らしてにこりとした。


「あのお品は当店でもえり抜きの逸品でして。お目が高いですな」

「でしょう。奥さまのお目は確かなの」


 まんざらでもないと自慢げに胸を張ってみせる光絢をどう思ったのかは定かではないが、店主は次に天香のほうを見る。

 邪な視線というわけではなかったが、上から下までを、下品ではない範囲でじっと見る視線は、確実に値踏みされている。――当然ではある。品物は安いものではなく、こちらは一見いちげんの客でしかない。

 天香はさっと口元を扇で隠して、できるだけ奥さま然とした、少なくともそう思えるような格好をする。具体的には店主の視線を真正面から受け止めるのではなく、例の髪飾りを見やって視線をそらした。


「ああ、御心配もごもっとも。しかしね、なにせこちらのお家は代官領も任されているほどのお家柄だから。支払いには困らないと思うよ」


 背後にいた下男――もちろん栢里がするりと前に出て、ちらりとしかし誇らしげに口を滑らせた。光絢がその脇を手に持った扇で突いて出過ぎをたしなめる。口の軽い下男が、店主の逡巡を金払いの問題と勝手に見て口を出した、といわんばかりの振りだ。

 役柄どおりの振る舞いの二人に、密かに天香は舌を巻いた。お家柄がどうのなんて打ち合わせてすらいなかったはずなのになんだそれ。代官領って。

 しかし、栢里の言葉は店主の逡巡を実際に振り払わせるくらいには効果があったらしい。


「おお、なんと、そうでございましたか。それではただいま準備を致しますので、奥さまはこちらのお椅子に」

「……お姉さま」


 光絢に小声で耳打ちされて、天香ははっと我に返る。そのまま、棚の近くの卓子つくえの前に用意された腰高の椅子に腰掛けた。どっかりと座り込むものではなくて、ものを見る間だけ座る程度のものだ。

 店主は棚からあの箱を両手で持ち出すと卓子の所までそのままの態度で持ってきて、その上に恭しく置いた。細部まではっきりと見て取れるようになり、それはますますあの髪飾りと同じものに見える。螺鈿細工の施された、蝶の形の髪飾りだ。


「奥様につけてみても?」

「当てていただくだけなら」


 光絢が店主に断って、髪飾りを箱から取り出すと天香の髪にそっと当てた。


「まあ、やっぱりお似合いですわ」


 光絢のその一言は、どちらかといえば演技ではなく本心だろう、と天香は思った。



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