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公主殿下の寵姫さま  作者: 有内トナミ
一章 入内 編
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九、 お忍びと再会と 前

お出かけデートです。



 昼下がり。

 麗瑛と天香は都の大路を連れ立って歩いていた。

 正確に言えば少し前までは車に乗っていた。目的地の近くまで来て降りたのだ。


 本来なら一国の公主がこんなに気軽に城外を出歩くなどということはない。

 しかし麗瑛は何度もこうして外に出ていた。もともと都の屋敷で育てられたから、特に街を歩くことに苦手意識などというものは無い。むしろ彼女にとっては後宮でじっとしているだけのほうが苦手で、実はその点天香と同じだった。

 兄が即位してからはさすがに回数を減らしている。そもそもその前から何度も苦言は受けていたし。


 今回は先刻の青元の謝罪につけ込んで外出許可をもぎ取った。

 麗瑛は別につけ込めるような失態が無かったとしても、何とかして許可を得ようと思っていたのだけれど。


 もちろん二人とも変装はしている。宮中で着ているような衣装はもちろん着替えている。いま着ているのは、その辺を歩いていても違和感のない街娘風の衣装だ。といっても公主の着る服に質の落ちる素材は使えないし、着る麗瑛本人の気品ともあいまって街娘というよりは貴族か豪商の娘が街遊びをしているようにしか見えない。

 傍らに立つ天香の服装は完全に街娘そのものだが、そもそも十日も経たない以前は本当に街娘だったのだからこちらには何も違和感はない。それでも服地の仕立てと、なによりも隣に立つ麗瑛との相乗効果によって、主人に合わせて服を替えた侍女のように見えなくもない。


 さらに、目立たない範囲に護衛もついている。ただしそちらはよほどのことが無い限りは動かない。

 これ見よがしに傍につくような護衛では周りの住民や通行者に圧力をかけてしまう。そのようなことを麗瑛ももちろん天香も望んでいない。


 だから今は麗瑛と天香には直接的には侍女が二人しかついていない。一人は英彩(えいさい)で、いつものほわほわとした雰囲気をあたりに振りまいている。侍女然とした立ち居振舞いは変えていないが、貴族の娘の街遊びに侍女が付くのは何もおかしなことではないので、むしろ溶け込んでいる。

 もう一人は燕圭えんけいという女官で、背筋を伸ばしてもの珍しげに辺りを見回しながら一行に従っている。一見したところは新入りで都にもまだ慣れていない侍女に見える。しかし彼女は単純な侍女ではなかった。



「警護の任を受け、近衛よりまかり越しました」

「えっ」


 蓮泉殿の庭で膝を付いて口上を述べる燕圭を、天香は驚きの目で見た。まだ麗瑛に部屋からほとんど出してもらえなかったくらいのころだった。

 女兵士自体は数こそ少ないが珍しいほどではない。後宮にも数人衛士が配されている。だが燕圭は女兵士と聞いて天香が想像するような容姿ではなかった。大柄でも、筋肉の鎧に身を包んでいるわけでもない。細身・細面に端麗と言っていい容姿。護衛として派遣されたのだから、女官服の下には訓練を重ねた肢体があるのだろうが、振る舞いはそれを感じさせない。ただ視線の鋭さに武人らしさが垣間見えるくらいだ。

「侍女としてお側に侍りつつ、警護を担当させていただきます」

 あと、口調の固さにも。


「そんなお堅い喋り方じゃ怪しまれちゃいますよーう」

「あんたはちょっとゆる過ぎるけどね……」

 英彩と則耀の掛け合いもいつもどおりだった。


 その後数日、燕圭は蓮泉殿で侍女仕事をしていたが、その仕事ぶりは他の侍女たちと比べても遜色がない。皇族――公主とその妃に付けられるだけあって英彩・則耀を筆頭に侍女たちはみな選りすぐりなのだが、その中に入っても違和感がないというのはすごいことだと天香は思う。むしろ速さだけなら英彩より上ではないか。そんなことを言ったら英彩は怒ってみせたが。


「軍では、兵舎の身の回りの整頓を一番に叩き込まれますので」

 整頓ができていなければ同じ房の同僚たちも一緒に再び整頓させられるのだという。

 連帯感と乱れを素早く直す技とが身につくらしい。



 そんなわけで、英彩と燕圭を後ろに従えて二人は歩く。そういえばたった今天香は思いついたけれど、二人とも名前が『え』で始まって『い』で終わる。だからどうしたというわけではないのだけれども。

 目的地は、この先にある市場だ。

 市場の中には車でそのまま乗り入れることはできず、近くの車溜まりで降りて歩いて入らなくてはいけない。その車溜まりから大路を少し歩いて市場に入る。鷲京(しゅうけい)の市場はここだけではなく市街の各所にあるが、ここはその中でも帝城に近く広いほうに入る。


 あまり幅の広くない何本もの通路の両脇に、屋台や天幕がずらりと並んでいる。店先には陶器や漆器が並び、店主や従業員がそれを仕分けたりしている。大きな市場はその中で扱う商品ごとに小さく区分けされているのだが、このあたりは主に食器などを扱うあたりらしい。

 天香は手近な店に声をかけて目指す場所を教えてもらう。ついでに食器の売り文句なんかも聞かされるがそれは断る。入り口に近いこの辺ではよくあることなのだろう、店主もしつこく引き止めたりはしなかった。


「天香、市場の中がどうなってるかわからないの?」

「いや、ここら辺はうちの実家からは離れてますし……」

 天香とて都生まれ都育ち、十七年余りをこの都で過ごしてきたのだから市場に来たことがないわけがない。だが普通は自分の家の近くにある市場に行くものだし、中の区分けなんかもそれぞれで違っている。初めて行った市場なら、とりあえず聞かなければ把握できない。


「お嬢さまはここに来たことはあるんですか?」

「前に来たとき? 案内してもらったから覚えてないわ」

「……そうですか」

 殿下と呼んではお忍びの意味がないし、名でも誰かに気づかれないとも限らない。なのでお嬢さまと呼ぶことにした。来るときの車の中でそう決めたのだが、なんとなく落ち着かない。


「この先だそうですけど……」

 言いながら何本目かの小路に出てその先を曲がると、そこは先ほどの食器通りとは全く違う光景が広がっていた。

 まず目に飛び込んでくるのは色とりどりの布に帯、更には小物類のきらきらした輝き。屋台よりも普通の建物を構えて商いをしている店のほうが多い。やや奥まったところには貴石や宝石を扱う店もあるようだ。

 わあ、と天香ですら口に出してしまう。

 客層も、明らかに仕立ての違う服に身を包んだ良家の奥様といった感じの女性が、それぞれ侍女らしい供を連れてあちらこちらに見受けられる。


 何を買いに来たのかと言えば、最大の目的は天香のための小物。これは麗瑛の発案だった。

「女官に混じって働くのだから、それなりのものを身に着けなければ。変なものを付けていると蓮泉殿のみんなにも迷惑がかかりますからね」

 正しいのか間違っているのかわからない理屈で押し切られて今ここにいるが、なるほど見に来てよかったと思う。


 なので生地や帯を扱う店の一角は通り過ぎ、小物類の並ぶ一角にやってきた。

「これも似合うし、あ、こっちも。でもこっちもいいわね」

「お嬢さま、あの、そんなに買われても私はあんまり……」

 店頭にあるものをとっかえひっかえ試着させてこようとする麗瑛。天香としてはほどほどでいいと思っていたのだが、そんな彼女をよそに公主殿下は先ほどから満面の笑みで首飾りだの髪飾りだのを首や頭に当ててくる。

 その笑顔はとても愛らしいのでいつまでも見ていたいが、このままではそのうち店ごと買うなどと言い出しかねない。そもそも他にも店はあるのだ。そう思いつつ英彩に助けを求めようとすれば。


「英彩さん、お嬢さまをとめてくださ――」

「それよりもお嬢さま、これなんか則耀ちゃんに似合うと思いません?」

「英彩さーん!」

 押さえてくれるかと思った英彩は自分の買い物に集中している。

 燕圭はと見ると、数軒離れたところで細工物に見入っている。侍女働きの傍らにも普段から鍛錬を欠かさないような彼女も、そういうものに魅き付けられるらしい。


「つ、次のお店にも行ってみましょうよ、ね?」

「そうね、もっとあなたに似合うものがあるかもしれないもの」

 最初に言っていた条件は似合う似合わないではなかった気がするのだけども。

 まあ麗瑛さまが楽しそうだからいいか、と天香は思考停止。

 そんな風にして何軒かを見て回りながら、ある一軒の店の前に通りかかったときだった。


「えっ、天香?」

「えっ?」

 店の中から自分を呼ぶ声を聞いて、天香は思わずそちらに顔を向ける。

 店先の椅子に腰掛けて髪飾りを磨いていたらしい一人の女と目が合った。

「……嘘っ、玉晶(ぎょくしょう)!?」

「久しぶりだなー!」


 天香にとってはよく見慣れた――公主院時代の友人がそこにいた。



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