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公主殿下の寵姫さま  作者: 有内トナミ
一章 入内 編
6/113

六、 明くる朝の

年末年始投稿できませんでした。

それから初めて感想をいただきました。ありがとうございます!

予想してたよりももっとやる気が出ました。

天香がまぶたを開くと公主殿下と目が合った。

それも顔の近くに。

ぱちりと開いた大きな瞳の周りに、長めのまつ毛が揺れている。


「おはよう、天香」

「おはようございます、ひめさま」

「……なんなの、ニヤニヤして」

「しあわせなので」


 朝一番に至近距離から最愛の人の顔を見られるのだから。

 そう思っていると、天香に向かって手が伸ばされる。


「天香?」


 抱き寄せられた。

 普段は天香が麗瑛を抱きかかえるような姿勢になるのだが、今日は麗瑛の鎖骨の辺りに天香の顔が来る。いつもと違う体勢に天香はどぎまぎする。


「あの、ひめさま?」

「昨日のこと、まだ何か言おうと思って待ってたのに。あなたがいけないのよ」

「えっ?」

「そんなかわいい事言われたら何も言えなくなるじゃない」

「かわいい事なんて言ってな――」

「それにね」


 異議を唱えようとした天香の言葉をさえぎって、麗瑛は花がほころぶように微笑んだ。

「あなたが幸せだと思ってるよりも、私のほうがもっとずっと幸せだと思ってるのよ」

「……それじゃあわたしの方がもっと幸せですよ!」

「どれくらい?」

「あ……えっと」


 どう表したものか。もうすでに抱きすくめられている体勢で考えていると、額に温かい感触。さらに鼻の頭にも唇を落とされ、続いて頬にざらりと――。


「ひうっ?」

「なあに?」

「い、いま、ほっぺ舐め……」

「だって――」


 いたずらっぽく含み笑いをする。その顔に見とれていた天香は、いつの間にか自分がその表情を見上げている事に気づいた。また押し倒されている?


「――おいしそうなんだもの」

 言葉とともにまた頬に舌が降ってくる。白い歯の奥にちろりと赤い舌が見えて。

「でん……っ」

 唇もふさがれる。気づけば両腕もいつの間にかしっかりつかまれており。

「朝、朝ですよ!」

「だって天香があまりにもおいしそうで」

「それで全部済ませるつもりですか!」


 結局公主殿下の捕食行為は、部屋付きの侍女が部屋の戸を叩くまで続いた。




 侍女たちに寝巻きから着替えさせられ――いつもなら、まだ慣れない天香が自分で着替えようとして押しとどめられる儀式のようなやり取りがあるのだが、今日は起き抜けからの一連の流れで惚けているうちに着替えさせられてしまった。

 朝餉(あさげ)を取ったあとで丁夫人が麗瑛の予定を告げるためにやって来る。だが今日はこの機会を天香は狙っていた。麗瑛と丁夫人が確実に揃うのは一日のうちでもこのときしかないからだ。今は臨時にこの蓮泉殿に付いているが、夫人の本来の仕事は後宮の統括である。

 自分の決心を伝えるなら、二人に同時に伝えなくてはいけない。そう考えていたから、二人の会話がひと段落したところで天香は声を上げた。


「あのっ!……殿下と夫人に、お話したい事があります」

「どうしたの、天香」


 麗瑛は口に出して、夫人は疑問の目線で応じた。

「実は、昨日――」

 自分の思いを伝える為にどう話せばいいかと、天香は昨夜から何度も考えた。

 だから、それをなぞるように話す。昨日は言わなかった事、そのあとに思った事を含めて。


 自分が正妃候補だという噂が流れている事。

 話を聞くまで後宮内の事情を理解していなかった事。

 それは殿下が私に伝えないようにしていたのだろうという事。

 そして自分はそれに甘え、何も理解しようとしていなかったのだという事。


 でもそれでは駄目なのだ。

「守っていただいていたことは感謝します。でも、守られてばかりなんて嫌です。それじゃいつか、殿下のお荷物になって、迷惑をかけてしまうかもしれない。それが怖い」


 天香は言葉を続ける。


「私は殿下の後ろに守られていたいんじゃない。殿下の横に並んで立ちたいんです。並んで立って、殿下と――麗瑛と、一緒に歩いていきたいから」


 人前で彼女を名前で呼んでしまった。様とか殿下とかも無く、純粋な名前だけで。

 天香はその事実に背中が震えるような感覚を得る。そして同時に、本当はそうしたかったんだと実感する。あの子供の頃のように。単純に名前で呼び合えていた頃のように。


「だからそれにはいっしょに『居る』だけじゃ駄目なんです。昨日、そう気づかせてもらいました。だから」


 一度言葉を区切って麗瑛と丁夫人の顔を見る。まっすぐに。


「だから、私に勉強させてください。公主の妃として必要なことを全部」


 それが天香の決意。

 数日遅れてしまったかもしれないけれど、本当は最初から覚悟しておかなければいけなかったことなのかも知れないけれど。

 その知識を糧にして、公主の隣に立つために。



「天香? あのね」

「はい」


 やや間が開いて、最初に口を開いたのは公主だった。どんな言葉が来るかと天香は身構える。


「知っていたの」

「はい?」

「天香がお兄様の――陛下の正妃候補だって言う噂が流れていることは、私も夫人も知っていたわ」


 ね、と同意を求める麗瑛に、丁夫人がわずかに首肯して同意を示す。


「だからわたしは人前に天香を出したくなかったの。誰にも見せずに大切に部屋にしまっておきたかった。昨日の采嬪だけじゃないわ。李妃にも洪妃にも他の嬪たちにも見せてなんてあげるものですか――なんてね」


 衝撃的な告白……告白? もしくは自白? に、天香は思わず口を挟む。


「それじゃまるで監禁です……」

「されてるほうがそう思わなければ監禁じゃないわ」

「そんな無茶な」


 昨日までなら、もしくはもっと前、正式に婚礼をあげる前なら天香はそれを魅力に思ったかもしれない。いや正直に言えば今も少しだけ魅力に思ってしまう。でもそれは駄目なのだといま熱弁したばかりじゃないか。

 妄想を振り払った天香に向けて、麗瑛が言葉を続ける。


「そんな誤解や噂なんて放っておいてもそのうち消えるだろうし、それまで天香にはそんな話には近づけさせないつもりでいたのよ。だってどんなことを言われても、天香はわたしの妃なんだもの。だから、天香がそんなに悩むとは思わなかった」


 麗瑛は天香の手に自分の手を重ねる。


「ごめんなさい、天香。許してくれる?」

「そんな。殿下は私の為と思ってしてくれたのに、許すとか許さないとかじゃなくて」


 起きたときと同じように目と目が合う。今度は二人きりではないし寝床の上でもないけれど。


「殿下が私を守ってくれたように、私だって殿下を――」

「天香」

「はい」

「さっきみたいに言って」

「さっき?」

「あなたは、誰と歩きたいと言ったの?」

「あ」


 顔に血が上るのを自覚する。

 さっきのは勢いに乗って言ったそれを改めて、しかも本人からの要求リクエストで言いなおすとなると恥ずかしい。


「麗瑛が私を守ってくれたように、私も麗瑛を守りたいんです」

 真っ赤な顔でそれだけをなんとか搾り出す。


「天香、だいすき」


 瞬間、唇を奪われた。っていうか丁夫人が見てるんですが。殿下?

 あ、特に気にしてないみたいですね。



「白妃様」

「は、はい」


 麗瑛が身体を離したところで、丁夫人が口を開いた。

 目の前で今の様子を見せられても平然としているあたり本当に女官の鑑というべきだろうか。


「それで、具体的にどうされるおつもりでしょうか」

 本当に動じていない。どころか先ほどの中から気になった点を挙げて返してきたらしい。


「えっと、まずは妃嬪の皆さまにご挨拶して誤解を解いて――」

「ではまず、どなたからになさいますか?」

「え?」


 普通に考えれば、第一妃といわれている李妃から順に挨拶するのが理に適っているのではないかと天香は思う。でも、それならば今そう聞く必要があるだろうか。つまりそれは違うと言っているのか。


「先ほどの噂、白妃様が正妃候補であるというものは、実は陛下の唯一の妹宮であられる公主殿下の妃であるとわかれば消えるでしょう」


 これはたぶん手掛かりを教えてくれているのだと天香は思った。申し訳なくも思うがありがたい。一言一句を聞き逃すまいとする。


「しかし、ではそうとわかった後で、その人間が誰を見るのかという話は消えません。いえ、消せません。すでに蓮泉殿の御方などと呼ばれて注目を集めているのですから」

「つまり、誰と最初に会うかでそれ以降が決まってしまう……?」

「妃嬪の方々は順序を大変に気になさっておいでですので」


 遠回しな言い方だが、それはある意味で重大な情報だった。順序が確定しているならそんなに気にする必要はないのである。当然考慮はするだろうがそれは儀礼の面にとどまる。とても気にする、とわざわざ言うということは、まだ流動する余地がある、という意味だと天香は考えた。

 そして後宮妃嬪の順列の変動要因の最たるものといえば、それは帝の寵愛に他ならない。帝自身に皇子(むすこ)公主むすめがいない現在においてそれが変動する余地がある、と言うことは、つまり帝の寵愛がどれか一人に偏っているわけではない、と言うことだ。


(律儀に平等に扱わなくてもいいのに。帝なんだから)

 そんな風に天香は思う。と言うかとっとと寵姫のひとりくらい作っておいて欲しかった。そうすれば自分がこんなに考え込む必要もないのに。もっと言えば子供の一人や二人くらいいてくれればさらに楽なのに。

 とは言え現実がそうではない以上、今文句を言っても仕方がない。それは今後いろんな意味で頑張っていただけば良い、と言うかしてもらわなくてはいけないことだが、今ではない。それよりも今は丁夫人から出された問題に解答しなければいけない。

 これは丁夫人からの最初の授業なのだ。

 まだまだ流動的な地位にある妃のところに、帝にとって唯一の妹公主の妃が出向いて起こる問題は、つまり。


「わたしが公主妃として、李妃が第一妃であると認めてしまうことになる……?」


 確定しているわけではない妃を、勝手に第一と認めてしまうことになる。

 ここまで順序を明確に確定させていないということは、そうできない理由がある……はずだ。けして優柔不断に迷い箸をしているわけではない、と思う。男ならぬ身だからわからないけれど。


「第一関門通過、と言うところでしょうか」


 丁夫人は満足したようにひとつ息をついてそう言った。満足させられたのだろうかと天香は疑問に思う。

「これだけ手掛かりをいただきながら、時間がかかってしまいましたが」

「今まで何もご存知ではなかったのですからね」

 だからまあ少しは大目に見る、と言うことか。


「もう、知らないことを知らなくていいで済ませるつもりはありません」

 天香は心からそう思う。

「知りたいですか」

「もちろん」


 わからないことがあれば知りたいと思う。

 それは天香の性格であり癖だった。ある意味では悪癖である。

 だから公主院時代はよく書庫に潜り込んでいたのだ。いや、末期にはそれに加えて逢瀬の場所にもなっていたわけだが。

 とは言え、後宮内が実際今どうなっているのかなどと書いてある書物があるわけがない。それを知るためには誰彼構わず話を聞くか、さもなければ自分で実際に見てみるしかない。しかし自分はそれを昨日断られたのではなかったか。


「でも、公主妃を働かせるわけにはいかないって――」

「ですから」


 天香がはじめて見る表情で丁夫人はそう切り出した。笑いをこらえているような――いたずらっぽい表情で。


「貴女には、公主妃白天香ではない・・・・人間として私の下に付いていただきます」

「え」

「さらにその間に、公主妃として最低限度の礼節を教えて差し上げます。……いえ、これは正確には逆ですね」

「逆?」

「礼節を覚えるための時間を使って、同時に実地で後宮内を見聞すると申し上げたほうが正しいでしょう。礼節と言うものは一朝一夕で身につくものではありませんし、後宮尚宮職(しょうぐうしょく)を預かる身としても、後宮内のことを把握していただくのにそんな短期間で済ませる気もありません」

「夫人!」


 そこで口を挟んだのは麗瑛だった。


「天香を女官たちに混じって働かせようと言うの?」

「と言っても、すでに女官たちと直接言葉を交わされていますし」

「それは天香だと気づいていないときだから――」

「ですから、『白妃様ではない別の誰か』として働いていただけばいいのです」

「れ、礼節なら私も教えます!」

「殿下は妃殿下には大変甘くていらっしゃいますので、私が教えたほうが効果があるかと」


 それはそうだろうなあと天香は思う。殿下――麗瑛に教えてもらっても、途中で結局今日の朝やさっきみたいなことになりそうな予感がなぜかする。とてもする。そしてたぶんそれは当たっている。


「納得いきません!」

「殿下」


 なぜか駄々っ子のように声を上げる麗瑛。それはそれでかわいいと天香は思うが違う今はそういう時じゃない。そこに丁夫人が一言。

「殿下、妃殿下なら夜には蓮泉殿にお返ししますよ?」

「――それなら、まあ……」

 不承不承と言う感じで矛を収める麗瑛。間を置いてからやっとその意味に気が付いた天香は言う。

「……え、気にしてたのってそこなんですか、殿下……」




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