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公主殿下の寵姫さま  作者: 有内トナミ
二章 茶会 編
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三十四、 そんな宣言されましても

先週末からなろう自体が落ちてたり個人的な突発イベントがあったりでだいたい書けてたのになかなか更新できませんでした……



「わたしに、何かさせようと仰るのでしょうか」

「話が話が早くて助かるわね。いいことだわ。――あなた、天香の下について働きなさい」


「……はい?」

 天香と光絢の言葉が重なった。

 麗瑛は小首を傾げて言う。言葉の内容に反して可愛らしい仕草だ。

「聞こえなかったかしら。天香の部下にならないか、と言っているのよ」


 さっきまでやり合っていた相手にそう持ちかける麗瑛。と言うかそのわりにやられていたのは主に自分じゃないかと天香は思う。ともかくその相手にそんな風に持ちかける真意がわからず、天香と光絢は二人して疑問を顔に浮かべていた。


「悪い話ではないと思うわよ? こちらは人手不足でちょうどいい女官を探していたところだったし、あなたは天香の側にいられるわ。天香の下では働きたくない? それとも、わたしのものになった天香の顔なんて、もう見たくもないかしら?」

「わたしのわたしのって、お姉さまは――」

「わたしのものよ。公主妃白天香。お兄さまもお認めになった正式な婚姻。それに異議を唱えると言うの?」

 言葉こそ突き放すようなものだったが、言葉とは裏腹に反応を待ち構えているように天香には思えた。

 くるり、と音がしそうな勢いで天香のほうを向いて光絢は言う。


「本当ですか、お姉さま」

「あら、公主たるわたしの言葉が信じられないと?」

 ああもう、そんなに悪役みたいな言葉を並べないでください、と天香は麗瑛に思った。

「お姉さまの言葉でなければ信じません」

 光絢も間髪を入れずに言い返す。売り言葉に買い言葉だ。

 確かに前から勝ち気な女の子ではあった。そこが誰かを思い出させてつい構って世話を焼いてしまったというところがあったりもする。

 どうやら相手が公主であってもその矛先は鈍らないようだ。


「ええっと、その……本当、です」

「そうですか」

 おや、と天香は思う。

 先ほどの勢いからしてもっと激しい、あるいはそこまでは行かなくても強めの反応がくると思っていたからだ。

 それに備えて、光絢相手にも自然と畏まった言葉になってしまったのだが。


 間が空いた。

 その間、光絢は少しだけ視線を下に向けて何か考え込んでいるようだった。

 いや、何かなんてはぐらかさなくても、それは天香のことだろう。それから麗瑛の提案のことだ。

 さっきまでと違って、麗瑛がその姿に茶々を入れることもない。真剣に考えている人間の揚げ足を取るなど育ちが悪いにもほどがある。

 光絢の返事を待つあいだに、天香はそっと麗瑛に寄り添った。特に何かを言おうというわけではない。ただ近くで待ちたかっただけ。それだけだ。気がつけば、ついつい吸い寄せられるようにその元に近づいていた。



 やがて、つい、と光絢は顔を上げた。

 天香はその目にさっきよりも強い光を見た。その顔に浮かぶ表情は、たぶん自分たちが想像もしていないことを言うんだろう、なんてことも同時になんとなくわかってしまった。


「わたし、お姉さまをあきらめません。それでいいってことですよね」

 案の定だった。

 天香としてはどうやってその結論になったのか問い詰めたい。けれどその前に麗瑛が反応してしまったので口を挟みそびれた。


「……豪気なことね。わたしから天香を奪い取る宣言だなんて」

「お姉さまの恋人がダメなら、愛人を目指します。わたしが奪い取るんじゃなく、お姉さまにわたしを選んでもらいます。その機会をいただけるということですので」

「天香はいつだってわたしの近くにいるのよ。不埒な真似が出来るとは思わないようにね」

「やれるものならやって御覧なさい、ってことですか」

「あら、出来るなんて思わないのだけれど?」


 ばちり、と火花が散ったような気がして天香は思わず首をすくめる。こういう雰囲気はやっぱり苦手だった。慣れる事なんてないのかもしれない。

 しかも今度は自分が巻き込まれている、というかそもそもの原因になっている。

 公主が相手でも鈍らない、のではなくて公主以前に『恋敵』だから鈍らない、のか。さっきの評を天香はそう思い直した。その間に立っているのが他ならぬ自分だと言うことがなんとなく落ち着かないのだけれども。

 ほんとうなら、ここで諦めてと強く突き放せるならそれがいいのだ。そう頭ではわかっていても、そんなことが出来るような性格ならそもそもこんなことになっていない。


「楽しみですね、お姉さま」

「楽しみね、天香」

 言われるこっちはちっとも楽しくない。天香はそう声をあげようとして――あきらめた。




 光絢を蓮泉殿に移したいという事情を説明した(もちろん愛人がどうこうと言う部分は省いた)麗瑛直筆の文を持った則耀といっしょに光絢は一度下がっていった。司厨と尚宮に話を通させて――通らないなんて考えてもいないのが麗瑛だし、不思議と光絢もそうだった――荷物をまとめてから下女部屋からこちらに移ってくるのだと言う。

 そうして二人以外部屋にいなくなったところで、天香は麗瑛に詰め寄る。


「何をお考えなんですか殿下! ていうかさっきのは!」

「さっき、っていうのはどっち?」

「ど、どっちって……」

「みんなの前で口吸いをしたこと? それとも、あなたの大切な光絢のこと?」

「どっちもです! わかってるなら――む」

 また唇を重ねられた。黙らせるのに毎度毎度唇を使われてはたまらない。いくらそのやわらかい感触にとろけてしまいたくても。けれどなにか癖になりそうな予感がしてそれはそれでまた顔に血が上りかけるのだ。

 さっきのようにまた暴れまわるのかと警戒したけれど、今度は重ねただけの口付けだった。


「それで、今聞きたいのはどっち?」

「それは……あの、光絢のほうです。どうしてあんなこと、というか私の部下にだなんて、そんな急すぎます」

「人手が足りないのは本当のことでしょう?」

「いやそうじゃなくて」

「わかってるわ。ちょっとからかったの。そうね、決め手はいくつかあったけれど――わたしにすぐに的確に反論してきたところとか。一番はね、わたしがあなたのことを色っぽいといった時、あの子怒ったじゃない。あの場ですぐ言い返せるってことは、他に余計なことを考えていないということよ。つまり天香、あなたのことだけ考えてたってこと」

 そこで一息入れて続ける。


「もし彼女がこちらの内実を探るために潜りこもうとする人間ならそんなことはしないでしょうし、そこで畏まって平伏するような人間だったら取り消したわ。私の冗談ってことにしてね。……それとも、天香から見てあの子は、あなたの秘密をうっかり言いふらすような人間?」

「それは……」


 ない、と思う。

 なつかれていたあの当時から――それが懸想そうだとはほんとうに今日まで気づかなかったけれど――天香のことを困らせるような真似を、光絢がすることはなかった。最後の日、泣いて別れを嫌がったとき以外は。

 今もそれは変わらない、と思う。話した限りはそうだと感じる。

 そう長く話し込んだわけではないけれど、そう思えるくらい彼女は変わっていなかった。


「それならもう問題はないわ」

 違う? と麗瑛は微笑む。さっきあれだけ激しくくちびるを奪った強引さはもう欠片も見えない。あれで満足、と言うことはないと思うけど、いや、そうではなくて。

 違うか違わないかで言えば違わないのだろう。


「部下、とかそんな、これまでいたことがなくて、その、瑛さまとは違いますから私は、うまく出来るかどうか」

「あら? 至らなくても前に進むと言ってくれたでしょう? わたしも言ったはずよ、あなたにはできる。そう知っている、って。失敗したら二人でその泥は洗い流しましょうとも言ったわね? ……それに、まったく知らない誰かを部下に持つよりはいいはずよ。そうでしょう?」

「……それは、確かに」


 少なくとも気心は知れているといっていいと思う。面識もない誰かがいきなり部下になるのとは大違いだ。

 その言葉がすっと出てくるということは、もしかしたら麗瑛は自分の負担にならないような女官を探してくれていたのかもしれない。


「頑張ります。ご期待を裏切らないように。……でも」

「それでこそわたしの天香ね。……でも?」


 麗瑛はそういうけれど、天香にはまだ言い足りないことがある。それだけは今言っておかなければいけない。だって。

 ぽろり、と涙がこぼれた。


「殿下があんなに悪役を買って出ることはないじゃないですか。恨まれたらどうするんです。いや、光絢はそんなことしないと思いますけど」

「やってみたかったんだもの」

「悪女なんてならないでください」

「でも、そのおかげで――いえなんでもないわ」

「何がですか? なんでそんなすっきりした顔なんですか? 殿下!?」


 途中まで言ったならはぐらかさないで教えてほしい。そんな天香をよそに麗瑛はどこか晴れ晴れとした顔で扇などをいじっている。そうしながらすっと天香に目を流して言う。


「いいじゃない何でも。それより、言っておきますけどね天香」

「はい?」

「あの子の寝所はちゃんと侍女たちのほうに設けさせますからね。わたし、妻妾同衾なんて認めませんから」

「わたしだってあの子と一緒に寝る気はないですって!」

 それはまた別の話だ。


 とにかくも。

 部下が一人、できました。



余談(思いついたけど入れられなかった会話)



「それにしても……あなたの涙って何でおいしそうなのかしら」

「何の話ですか!?」

「今度舐めてみてもいい?」

「塩味しかしません!」


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