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公主殿下の寵姫さま  作者: 有内トナミ
二章 茶会 編
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三十一、 光絢



 じとー。

 そんな文字が見えるような視線を正面から浴びて、天香の首筋を汗が一筋伝った。


「あ、あのう……」

「説明……してくれるわよね、天香?」

「はい……」



 話は、腰にしがみついた光絢こうけんを天香が引き剥がしたところに遡る。

 綺麗というよりは可愛げの強い顔立ちは、最後に会った時と比べるとだいぶ幼さが消えていた。女官服に包まれた体もそれなりに伸びたりしている。それでもまだ残る幼さが、天香と彼女の間にある三年近い年の差を表していた。

 その顔に満面の笑みを浮かべて、光絢は天香をじっと見つめている。


「えっと……その、ひ、久しぶり……ね?」

「はい、お久しぶりです天香お姉さま!」

「しーっ、声、声が大きいから」


 ハキハキと答えるその声の大きさに天香はまた声を抑えるように焦り、光絢は首を傾げる。

 天香の事情を知らないのだからそれも当然だ。迦鈴のようにすぐ飲み込んでくれるタイプばかりではないのだし。

 光絢は迦鈴に比べるとわりと元気のいい少女だし、場所も司厨の入り口にほど近い。人前であまり本名を連呼されたくない今の天香としては、どこか人目につかない場所にでも連れて行きたいところ、だし、それ以前に今は一度蓮泉殿に戻らないといけない。

 ただでさえ思ってもいなかった人間こうけんに突然出くわしておろおろと面食らっている最中に、これまであまり近寄る用もなかったこの近辺で人目につかない所と言われてもすぐには思いつくほど天香も平静ではいられていない。ああ、パッと思い浮かんでくれればいいのに。

 そんなふうに惑っている間にも、光絢は笑顔のまま話題を移している。


「それで、お姉さまは今どちらにお勤めされているんですか?」

「えっ? あ、あの、その、蓮泉殿に……」

「ということは、それでは公主殿下のお側にはべられているのですね。さすがですお姉さま!」


 顔を輝かせる光絢とは裏腹に、天香は、ああもう、と自分を叱りたくなった。冷静に考えれば馬鹿正直に蓮泉殿の話を出す必要も無かった。けれどそこでうまくごまかせる人間じゃない。


「いや、さすがとかそういうことじゃなくてね」

「いえいえ言われなくてもわかります。わかっていますとも! 公主殿下のお側には選び抜かれた精鋭しか配属されないと聞いています。そのうちの一人に選ばれたのですから、やっぱり私のお姉さまはすごい方です!」

「いえ、あなたのでもなくてね……」


 力なく口を挟んでみるが、殿下のものだ、と本当のことを言うわけにもいかない。とりあえず蓮泉殿のことから話をそらさなければ。ついでにここからも離れたい。糸口をつかもうと天香はなんとか問いかける。

「ええ……と、光絢はなんでここに?」

「はい、司厨で働いています!」

「司厨で? ……って、じゃあ今仕事中じゃないの。持ち場を離れちゃダメでしょう」

「いいえー、夕の仕込みまでは自由時間になりました。夫人がいらっしゃらないので」


 そういえばそんなことを先ほどの女官も言っていた。夕までは帰らないとか。

 つまり、仕事に戻らせようとした天香の思惑は見事に粉砕されたのだ。そして会話の主導権も取り返されて。


「私、お姉さまにもしお会いできたらお話したいことがたくさんあったんですよ? でも後宮って思ってたよりずっと広いし、なかなか他のところの人たちとも話せないしい……」

「そ、それならまた今度話してあげるから――」

「嫌です。だって、だって次いつ会えるかわからないじゃないですか! 前のときだってそうです。また会いましょうと仰ってから今まで何年経ったか」


 今度は腰ではなくて腕を取られる。その両手で手をぎゅっと包むように握られて。

 振りほどければいいのかもしれない。けれど天香は光絢をはねのけられなくなってしまう。

 その目じりに、笑顔と思っていたそこにうっすらと涙が滲んでいるのに気づいてしまったから。

 泣くほど再会を喜んでくれているような、それも年下の女の子を邪険に扱うなんてとてもではないが出来るような天香じゃなかった。


「そ、それは……たしかあなたがあなたのお父さまの任地に下ってしまったからで……」

「そうですよ。だからこうして、はるばるみやこまで! だからこんなすぐにお姉さまと離れるなんていやです。それとも、次いつ会えるのか約束してくださいますか?」

 話しているうちに、感情が弾けるように口調が早まって強まった。

「いや、それは、私にも仕事が、そのう」

「では今度はわたしから会いに参ります。どこに行けばお姉さまに会えますか? 蓮泉殿ですか? それとも女官房のどこかの」

「いえ、その、ちょっと待って光絢。落ち着いて、離れて、声も抑えて」

「待ちません離れません落ち着きません。もっと大声も上げます。わたしを納得させてくださるまでは――!」




「それで連れてきてしまった、と?」

 じとー。

 変わらず文字にできそうな視線を天香に向けたままで麗瑛はそう言った。


 天香です。殿下の視線が冷たいです。

 まあそれも当然だけれど。自分でも軽率だった、と思うけれど。

 麗瑛にしてみれば見ず知らずの少女をこんなところに連れてきているだけで心配なのだろう。そもそも任された仕事もまだ終わっていない。怒られてもしょうがない。

 それでも、蓮泉殿ここ以外は落ち着いて説明できるところをどうしても思いつかなかったのだ。

 ややこしいことにならないように、運よく麗瑛が席をはずしていてくれればとも思った。

 もちろんそんな都合のいいことは起きなかったわけで、蓮泉殿に着くなり麗瑛に見咎められ今この状態になっている。

 天香と光絢がいるのは蓮泉殿の応接間の、長椅子の上だ。


「元いたところに返してきなさい」

「殿下犬猫じゃないんですからそんなことは、その」

 捨て犬捨て猫を連れ帰った子供に言うようなセリフを言う。もちろんそんなことできっこない。まだ話もできていないのに。

「冗談に決まってるでしょう」

 呆れ混じりの言葉のひとつひとつが天香にすこしずつ圧し掛かる。

「光絢さん、と言ったかしら。それで――あなたは天香の何、ですって?」

 目以外は公主として完璧な笑顔を光絢に向けて、そう言葉を繰り出す。今まで寄せていた眉根はその痕跡もない。

 天香は身を少しこわばらせて光絢を促した。


「自己紹介を」

「ハイ、お姉さま」

 身を軽く整え姿勢を正し、光絢は深々と一礼する。そして。

「公主殿下にはお初にお目にかかります。尤州ゆうしゅう青牧せいぼく郡の郡守ぐんしゅしゅ玄亮げんりょうが娘、光絢と申します。歳は今度の生辰日で十五になります。天香お姉さまとは数年前、父の仕事の関係で知り合いました。お姉さまにはたびたび良くしていただいております」

 はるか目上の存在である公主との突然の遭遇に動揺した様子もなく、光絢は堂々とそう名乗りをあげた。

 自分なら絶対に動揺しすぎてまともに受け答えなんかできないと思うのに。そう言うと。

「お姉さまのことですから、そんなことになるんじゃないかと思っていました」


 そういってにこりと笑ってみせる。

 そんなことって何。それどういう意味。良い意味なの悪い意味なの。

 そう問い詰めたくて仕方がなかったが、麗瑛の視線を見ることでなんとかその誘惑に打ち勝った。

 が。


「そう、良くして……ね」


 あれ。

 もしかして、殿下はなにか不穏な勘違いをされているんじゃないだろうか。

 天香は今になってようやく、本当にようやく、そのことに思い至った。



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