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公主殿下の寵姫さま  作者: 有内トナミ
二章 茶会 編
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二十六、 お茶会の前に、お茶会


「それで司花しかの次は司工しこう? 後宮のまるっきり逆側じゃない。お疲れさまねえ」

 そう言ったのは女官服に髪を後ろでまとめた、つまり女官の戦闘しごと態勢のままの少女、福玉である。

 そして福玉と天香――天咲が会話を交わす場所といえば、いつもの女官房だった。

 お茶を一口飲んでから天香は応じる。


「いやあ、それほど疲れたってわけでもないけど……」

「でもまあ安心した」

「安心?」

「だって蓮泉公主殿下のたってのお願いで侍女に戻されて、それで今度は殿下主催のお茶会の準備担当でしょう? 最初聞いたときはびっくりしたけど、鬼の女官長にいびられて追い出されたんだ、なんてことじゃなくて良かったわー」

「て、丁夫人はそんないびるとかするような人じゃ――」

「わかってるわかってる、冗談、軽い冗談よ」

 どこまでが冗談かわからない。

「それにしても戻ってすぐ仕事を任されるなんて、よっぽど殿下に頼りにされてるのね、天咲ってば。ちょっと嫉妬しちゃうかも」

「任されるってほどじゃ……お使いみたいなものだもの。頼りにされてる、のかなあ」


 たってのお願い云々は『天咲』の今の立場の公的かつ端的な説明だ。

 ちなみに、涼亭あずまやを建てはじめたことも、それが麗瑛主催の茶会で使うためのものだということも、特に緘口令などは敷いていない。だからそのうち広まるとは思っていたが、ほんの一日二日でみんなが知っていても当然というくらい噂が広まっている現状に、天香は実のところすこし感心しつつ呆れていた。


(ここの人たちは本当に噂が好きなんだなあ)


 どちらかといえば噂が好きというよりも、こういう大きな催しイベントに飢えているといったほうが正しい。


 話を戻すが、福玉が言ったようなことだけを他の人が聞けば、なるほど頼りにされているのかと思ったかもしれない。

 その言葉が頼りにされている、ではなく愛されている、ならば、正直に言って自覚はある。むしろここまで来て自覚がないなどどの口が言えるのか、という話だ。しかし、天香自身は自分が彼女に頼りにされるほどの人間と思えてはいない。

 麗瑛が頼るような人間、具体的には青元がそうだし丁夫人だってそうだろう。そんな人たちと比べて自分はどうだろうなどとばかり考えてしまう。でもそれは経験の差で、そもそも経験を理由として麗瑛が天香を求めたのではないはずで、けれど自分はその経験こそ欲しくて。

 そんな天香の堂々巡りを、福玉は一刀両断に叱咤する。


「頼られてるでしょー。そこ迷ってどうすんのよ! そこは認めなきゃ。あなたが卑屈になったら、殿下の顔に泥塗ることになるだけだよ!」

「そんなそんなお顔に泥だなんて畏れ多い」

「ホントに塗ったら反逆罪かも。そして哀れな侍女はお手討ちに――」

「ちょっとやめてよ!」


 最終的に冗談めかして締めくくられた。

 ほんとにそうなったら化けて出てやる。ならないけど。

 泥はお互いに洗い合えばいいと、他ならぬ本人にそう言われているのだから。

 とはいえそんなこととは知らない福玉だから、もちろん心からの励ましの言葉としてそう言ったのだ。天香がその心をわからないわけがないし、それに応えないという選択肢もまた無い。

 だから。


「……ありがと、福玉」

「元気出た?」

「まあ、少しはね」

「よかったよかったさーて元気も出たところで、じゃあ今度はこっちの話にも付き合ってもらおうかなあ!」

「お、お手柔らかに、お願いします……」

 生き生きとした顔で、話の筋を強引にあっさりと切り替える福玉。

 その目はさっきまでよりももっとらんらんと輝いて、天香はすこし気圧される。

「じゃあまずはひとつ目!」

「じゃあまずはひとつ目!」


「公主殿下主催のお茶会がある、これは正しいのよね」

「さっき言ったじゃない」

 口を尖らす天香をまあまあ、と抑えて福玉は続ける。

「ふたつ目、今作っている涼亭はそのお茶会に使うためのものらしい」

「それもさっき言ったとおり」

「ではみっつ目」

 何個あるのよ、と突っ込む暇もなく。

「『蓮泉殿の御方』は今どうしてるわけ?」

「やっぱりその話になるのね……」


 正直予想はしていた。

 これまでは尚宮職おしごとが忙しくて、などと適当にはぐらかしていたけれど、蓮泉殿に戻ったとなればどうしてもその質問を避けることは出来ないだろう、と。

 どうしてるのかと言われても、今あなたの目の前にいますよなんて言えない。かといって全くの嘘をつくこともできない。嘘をつこうとしてもいつも見破られてしまうので、まるきり嘘、みたいなことは言わないようにしてきたつもりだ。

 今までの噂にも嘘ではないが全部は言わない、くらいの話し方で応じてきた。

 例外は最初に問い詰められたときにちょっと暴発してしまったあのときくらいだ。


「あー、どう、と言っても……その、お茶会の準備、かな」

「一説によると――これが四つ目ね、そのお茶会でお披露目するんじゃないかって噂なんだけど。このお茶会自体そのために開催するんじゃないかって言う人もいるわ」

「お披露目って、そんな大げさな」


 どこの誰の説なのか問い詰めたい。

 といっても、『蓮泉殿の御方』についてはいまだに顔どころか名前さえ不明な謎の佳人という噂が立ちっぱなしである。最初のころ言われていた正妃候補ではという噂こそ下火になったものの、謎の佳人の正体を探ろうとする人間はあとを絶たない。

 逆に言えば、後宮の妃嬪が一堂に会するお茶会で紹介するのはいい機会かもしれない。

 もちろんそんな予定はないけれど。けれど――。


「で、どうなの」

「さ、さあ……聞いてないなあ。どうなんだろう」

「まあ、天咲も忙しそうだものね。なかなか聞けるわけもないか」

「なんかごめん」

「じゃあ、五つ目!」

「あ、はい」

 予想よりあっさりと福玉が次の話題にいってくれたので、天香はすこしホッとする。


「そのお茶会、陛下の正妃を決める場って言うのは本当?」

「……はい?」


 なんですかそれは。

 っていうかこんな展開前にもあったなあ、と天香は思った。

 すでにすこし懐かしい。

 いや懐かしがってる場合じゃない。


「ちょっと待ってちょっと待って。その話、みんなどこまで信じてる?」

「んー。見た感じ、半々くらい?」

「それは妃嬪の方々が、じゃないよね? 侍女とか女官のみなさんだよね?」

「うーんまあそう。でも……」

「でも?」

「明梅舎うちの御方は信じちゃってる、っぽいかな……」


 がくう。

 そんな擬音が似合う感じに天香は脱力した。


「その反応だと、これも正しくはないみたいねえ」

後宮ここの噂って、どれもこれも全部肝心なところが間違ってない? なんで?」

「なんで、って言われてもなあ。噂って大なり小なりそういうもんじゃない?」

「そうかなあ……」

 福玉はそういうが、事実そうなのかもしれないが、それにしたってもう少しこう、事実に近くなるものじゃないのだろうか。

「まるきり荒唐無稽な話ってわけじゃないから、そう思いたい人にはそうなんじゃない?」

「うーん」


 釈然としない思いを抱えて唸る。

 少なくとも正妃がうんぬんという話に関しては何の証拠もないと思うのだけれども。

 嫌な予感というか胸騒ぎというか、そんなものを覚えて、天香の胸はざわめいた。



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