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公主殿下の寵姫さま  作者: 有内トナミ
二章 茶会 編
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二十四、 無いなら作ればいいじゃない



「ということで、作ってくださいませ、お兄さま?」

「余がか!?」

 いきなり水を向けられて、麗瑛の言うところの『使えるもの』こと国帝陛下が声を上げた。


 今は夕食を食べ終えて、やはりお茶を片手にくつろいでいる時間である。

 本来ならば帝という立場にある青元は住まいである青円殿か、もしくはどこぞの宴席でも専任の官によって毒見味見がきちんとなされたものしか食べられない。そのはずだが、しかしこの若い帝はそれを無視してこうやって妹たちの蓮泉殿に来ていた。一応言い添えておけば、出なければいけない宴については今日は特にない、ということらしい。

 本当に大丈夫なのかな、と天香は思ってしまうが。


 急に声を上げて気管にでもお茶が入ったか、二、三回軽くむせてから青元は言う。

「いや待て待て待て。さっきから聞いていればなんだ、茶会のために建物ひとつ? それはいいとしてだ」

「いいんですか?」

 つい口を挟んでしまった。やっぱり尺度が違う。

「建てるくらいならかまわん。が、それでは彫り物まではそんな短期間では用意できないのではないか?」

 ここで言う彫り物とは、室内外の柱や高欄、または天井や軒につけられる飾りのことだ。今いるこの蓮泉殿にも明らかに細やかに手を掛けられた、細工物と呼ぶほうがふさわしいような彫り物がある。基本的には職人がひとつひとつ手作りするわけだから時間もかかるだろう。


「そんな贅を尽くしたものにしてくれなんて誰が言ったの。茶会のために一時的に建てるだけのものですし、この季節だから壁も無くたってかまわないわ」

「あーつまり、仮の涼亭あずまやか? しかしその、前例がなあ」

「ないとは言わせないでしょう?」

 麗瑛の言うところによれば、先々帝のころに実際そういうことがあったのだそうだ。

 よく知ってるなあ、と天香は隣に座る麗瑛を見る。

 その天香の視線を賞賛と(正しく)受け取って自慢げな顔を浮かべた麗瑛が、しおらしい表情を浮かべて食卓の向こうの兄に頭を下げる。

「わたしとわたしの天香のために、お願いしますわ、お兄さま」

「……お前は都合のいいときだけ、そうやって俺を頼るなあ」

「あら、頼りがいのある兄を持ってわたしは幸せですけれど」

 苦いとまではいかないが少しだけ恨めしげにこぼす兄に、澄まし顔で麗瑛はそう返す。


「まあ、それはいいとしてだ。それで、どのあたりに建てるのかは決めてあるのか?」

東徽苑とうきえんの池端なんていいと思うの、ねえ天香」

 ねえと同意を求められても、この仮の建物という発想のそもそもの発案者は麗瑛なわけで天香に否定する選択肢はない。もしあってももちろん選ばないけれど。

 東徽苑は後宮にいくつかある庭園のうちその名の通り東側のもので、鷲京外縁の荒河から引き込んだ水で作った池を中心にした庭園である。その池の水辺なら涼亭の中を涼しい風が吹き抜けるだろう。茶会の場として悪い立地ではない。


「殿下のお考えどおりでよろしいかと思います」

「身内しかいない場だぞ。そんな硬い言葉遣いをしなくてもいいだろうに」

 苦笑交じりの青元の言葉に、麗瑛が一言投げ込む。

「わたしと二人のときは砕けてくれますから、お兄さまが身内と思われていないのでは?」

「何っ!? そうなのか天香!?」

「い、いえ、決してそういうわけでは――」

 そんなことを言われたって答えようがない。単に習慣として染み付いてしまっているだけでそれ以上もそれ以下でもない。ただ天香の性格である。意気込んで問い詰められても困る。


「いいな天香、もっと砕けてくれていいんだからな?」

「あ、あの、ハイ、ぜ、善処します」

 ひとしきりいえいえ違います違いますと否定し続けたあとでそんな念押しをされても、天香にはそう答えるのがいっぱいいっぱいだった。

 というか、そもそも青元が皇族ですらない、ただの隣家の気のいいお兄さんだったころからそんな求められるように砕けた話し方をした記憶はまったくなかったりするので、当然ではある。

「それでお兄さま、涼亭の件ですが」

「……わかった、手配しておこう」

 天香に助け舟を出して答えをねだる麗瑛の問いかけに対して、しばらく思案したあとで青元はそう答えた。


「ありがとうございます、お兄さま」

「あっ、ありがとうございます陛下!」

「うーん、お前には青兄様と呼んでほしいのだがなあ。さっきも言ったが……」

 麗瑛に続いて天香も頭を下げる。その二人を見ながらそんなことを言って残念そうに首をひねる青元に対して、半目で視線を送りつつその妹君が言う。

「呼ばなくていいですからね天香。甘やかしちゃダメよ」

「お前なあ」

 気軽にそんな会話をぎゃいぎゃいと交わすあたり、実は甘えているのは青元あにではなく麗瑛いもうとのほうじゃないかと、きょうだいのいない天香は少しばかりうらやましくもあったりする。

 自分も義理とはいえ妹になったのだと言うことに関しては、すっかり抜け落ちているあたりが天香である。



 そんな気のおけない会話を終えて二人になったあとで、麗瑛がふと天香に問いかけた。

「やっぱり、納得がいっていないのね」

「そんな感じに見え、ますか」

 微笑み混じりのその言葉に天香を責めるような色は全く見えない。むしろ天香自身を気遣う言葉だ。

 それがわかるからこそ、返す言葉も歯切れが悪くなる。

「でも、何か贅沢というか、もったいないっていうか、えー……」

「気にすることはないわ天香。――といっても気にするわよね。わたし、あなたのそういうところが好きよ」

「そういうところ、と言われても……」

「あっ、違うわ。そういうところ『も』好きよ」

「わ、私だって、ひめさまの全部が好きですけどね!」

 張り合ってどうする本題が違うだろ。反射的に返してしまってから天香は自分で自分に突っ込みをいれて、それから麗瑛がニヤニヤと満足げな表情を浮かべているのに気づいた。どうやらまた予想通りの反応をしてしまったらしい。くやしい。頬が熱くなる。


「うう……またそうやって人をからかうんですから」

 口を尖らせてそう言って視線をはずしてみせる。

 言われた麗瑛は心からという顔を作って、あらぬところを向いた天香のその頬を指で突きながら、

「そんな顔もかわいいけれど――心外だわ。愛情を疑われるなんて!」

「疑ったことなんてないです!」

 芝居がかった口調と動きでそんなことを言われたら、天香としては反応せざるを得ない。向き直るその動きもやはり読まれている、そう思いながらやっぱりその通りに動いてしまう自分が憎い。

 思ったとおり、彼女はにこりと笑って言う。


「あなたが気にすることもわからなくもないけれど。まあ、口で言うよりも、実際に始まってみればわかるから大丈夫よ」

「そういう、ものでしょうか?」

「わたしも最初はそうだったもの」

 城に上がった当時に似たようなことを思ったと、経験者はそう語る。そう言われては天香もいったんそれを信じるしかない。

 とはいえそれは半信半疑というには信のほうに重きを置きすぎている、八信二疑くらいの気持ちだったりしたが。



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