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公主殿下の寵姫さま  作者: 有内トナミ
二章 茶会 編
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二十三、 お茶会の準備を始め……ましょう?


 お茶会。

 その名の通り、お茶を楽しみ、同時に会話を楽しむ会だ。

 もともとお茶というものは飲み物というより薬に近いものとして扱われていたという。それが長い時間をかけて次第に人の間に広まり、飲料として、そして嗜好品として定着した。戦乱や混乱の中でも生き延び、平和になると芽吹き花開き、それを繰り返して今に至る。

 そして今ではお茶は生活の必需品といってもいいものになった。


 必需品というからには、上は帝から下は流民の類に至るまでお茶を飲まないという人はほぼいない。もちろん皆が皆同じ銘柄の茶を飲んでいるわけではない。上に行くほど質が高く、従って値段も高くなる茶を飲み、下に行くほど質の悪い、その代わり値段は安い茶を飲む。まあお茶には限らない、単純な原理だ。

 鷲京の城下でも一銭茶屋は珍しいものではなく、日夜繁盛している。その名の通り一杯一銭でお茶が飲める店で、一銭は市中に流通する貨幣の最小単位だから、お金さえあれば質はともかくお茶は飲める。天香も公主院帰りに寄り道をした事もある。もちろん余分にお金を出せばもっと質のいいものを出す専門店、いわゆる茶館にも行ける。

 もちろん茶と茶菓だけ出す店ばかりではない。餐館さんかんに行けば飯と一緒に茶が出るし、酒楼でも下戸や子供や酔い覚ましのために茶も扱っていて、天香は行ったことはないが花街でも妓女によって茶が供されるという。瓦舎がしゃに行けば客席を回る茶売りから買った茶を飲みながら諸芸を楽しめるし、澡堂そうどうでは風呂上がりに茶が買える。もちろん茶葉を買って自宅で淹れて飲んでもいい。

 そんなふうに、お茶は世間の隅々に行き渡っていた。



 さて、お茶会である。

 天香最愛の公主殿下がご所望のお茶会である。

 自然、いつものような蓮泉殿の中の人間だけの小規模なお茶どきではない。福玉たちに誘われあるいは引きずり込まれた空きべやのお茶会でもない。

 後宮の、その社交の場としてのお茶会だ。


 面倒くさいことながら、それなりの手順を踏み、礼式に則り、席次と式次を定め、当然茶や菓子の内容も吟味し、準備万端整えて開かなければいけない。また茶も菓子もある程度質のよいものでなければいけない。そうしなければ主催者の、つまり麗瑛の評判に関わる。

 その企画立案運営を全部やりなさいと、それが天香の今回の仕事だ。

 わたしの評判なんて別にどうでもいいじゃない。などと言いそうな彼女だが、天香としてはこの世で一番大切な人が悪く言われるなんて耐えられないわけで。

 泥なら一緒に被って一緒に洗い流せばいいなどと言われ、まあそれはそれでもちろん嬉しい天香ではあるけれど、もとから被らなければそれはそれでより良いのは言うまでもない。


「やっぱり無茶振りだああ」

 そんな言葉を搾り出し、うんうんと呻きながら天香は窓辺で書卓に向かっていた。

 手には筆、卓上には紙。

 とりあえず思いついたことを覚え書きしようと用意した、というかしてもらったものの、そこで手が止まってしまう。何から手をつけていいのかすら漠然としていた。

 だから、まずはそれを整理しようと思った。

 最終的に天香はまず大まかに三つだけを先んじて決めよう、と結論する。

 つまり、どこでやるか、いつやるか、何をやるか。この三つだ。


 まずはどこでやるか、だ。

 麗瑛の構想どおりとすると、この後宮にいる妃嬪の全員を集めることになる。当然それぞれに侍女も連れてくるから、主催側の麗瑛と天香、さらに蓮泉殿の侍女たちも含めると、それだけでそれなりの大きさの広間を用意しなくてはいけない。


「なにを唸っているの?」

「ひ、ひめさまあ」

「そんな顔して甘えても何も出ないわ」

「いや、そうではなくて……」

 あまりにも考え込みすぎたのに見かねてか、麗瑛に声を掛けられた。

 甘えるなといわれても甘えたいが仕事中なのでぐっとこらえて、天香はそれ以外で頼らせてもらうことにする。


「どこでやるか? 場所ならどこにもありそうだけど」

「意外とそんな大広間がないんですよね、後宮ここには」


 それは天香が尚宮職として働いている間に得た知識だ。丁夫人があの事件に関係した者たちを集め諭した広間でさえ、人数的にはよくてもお茶や茶菓やそれを載せた茶卓を並べることを考えると実は茶会にはすこし手狭だ。

 後宮といえば連日連夜の宴会が繰り広げられている、そんな印象を持っている人間は少なくない。天香自身は後宮に暮らすより前から麗瑛の側近くにいたのでそんな連日連夜の大騒ぎなどないと知っているが、ともかくそう思い描く人間がいることは知っている。

 しかし実は、後宮の妃嬪が住まう殿舎で宴席が開かれることはほとんどない。

 例えば城内で宴があっても、それは国帝が臣下をねぎらうための宴であり、そこに妃嬪の席はない。割合に気心の知れた身内の宴であっても、そこには多かれ少なかれ帝と臣下という『公』の部分が混じる。ゆえに、帝の『私』の部分である妃嬪はそこには関われない。正妃となればまた違うとは聞くが、現状ではその地位には誰もいない。


 だから、侍女や妃嬪は基本的にそれぞれがあてがわれた殿舎や房で食事をする。そこに多人数が集まることは考えていない。蓮泉殿にしてもそうだ。

 いや、ない事はない。

 なにか改まった日――例えば新年や節気の祝い事で、後宮に住まう妃嬪一同が会するような広間はある。が、それは国帝の住まいである青円殿せいえんでんにある。先述した城内の宴を催す空間はそのさらに向こうの外廷おもて側にある。そのほかでいえば、外国の使節を歓待したりより大規模な宴席を催すのに使う平福宮(そのためだけに建物丸々ひとつがあるのだ)もある。

 どれも今回使えるような施設ではない。いかにも仰々しすぎて、とても会話を楽しむどころの話じゃない。宴席ではなく茶会なのだ。


 後宮五殿のどれかを使う選択肢もある。

 しかし麗瑛が主催する茶会を、まさか李妃や洪妃の殿でやるわけにはいかない。どちらを選んでも肩入れしたように取られてしまう。ならば蓮泉殿はといえば、天香にしてみれば二人の愛の巣、あ、愛の巣って響きがいいなイヤそういう話ではなく。

 脱線した思考を立て直す。ともかく天香にしてみれば、蓮泉殿にはあまり他の妃嬪をぞろぞろと招き入れたくはなかった。楊嬪こと迦鈴はよく知った友人なので計数外ノーカウントだ。その他の人もよく知ればそうなるのかもしれないが、しかし今はそうではない。


「無いのなら、作ってしまえばいいじゃない」

 公主妃殿下から相談を受けた公主殿下は、あっさりさっぱりはっきりと歌うようにそう仰せになった。

「……つ、作る? 広間をですか?」

「違うわ。そんな模様替えみたいに言わないでちょうだい。――広間のある舎でもなんでも、一つ作ればいいのよ」

「えっ」

 尺度が違った。

 せいぜい壁をいくつか壊せばとかそういう話なのかと思えば、建物を一棟丸ごと建てる話になっていました。

 天香は思わず目を白黒させる。


「で、でも今からそんなのをまるごとひとつ建ててたら、お茶会はいつ出来るんです?」

 家や屋敷というものは一朝一夕で出来るものではない。それくらいのことがわからない麗瑛ではないはずだ。かといってその顔は平常どおり可憐で美しく以下省略、冗談で言い出したようにはとても見えない。

「そんな時間は掛けていられないのだし、掛けなくてもいいものを建てればいいじゃない」

「はあ」

「任せておきなさい。使えるものはこういうときにこそ使わなきゃ」

 不安というより疑問を満面にあらわにした天香を安心させるように、麗瑛は見惚れるを通り越して見とろけさせるような微笑をにっこりと浮かべた。



餐館はお食事処、澡堂は銭湯のこと。

瓦舎は演芸劇場で、大きなものではホールや映画館1スクリーンくらいのサイズもあったとか。

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