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公主殿下の寵姫さま  作者: 有内トナミ
一章 入内 編
20/113

十九、 女官長の審問 上

一ヶ月半以上も間が開いてしまいました。


今回は視点がちょっと違います。



「私が裁定を下せ、と言うのですか?」

 丁夫人こと淑玉(しゅくぎょく)は、そう言って眼前の少女を見る。

 その視線に、肯定の言葉で彼女は答えた。


 その少女は稀なる経緯で今ここに居り、なおかつ公主妃という稀なる地位も持っている。その『稀』にふさわしいだけの教育を施し、そして同時にうわさ話が大好きな宮雀(みやすずめ)たちからしばし隠すために、一時的に淑玉の部下となって尚宮職の女官として働いている。天咲(てんしょう)という仮の名すら与えられて。なお、後者の理由については公主妃自身は知らない。蓮泉公主――麗瑛自身の希望を聞いたのは淑玉だけだ。


 後宮入りから間もないが、公主院(じょがっこう)の出だけあって過度に挙措を失することもない。飲み込みもよく要領もいい。要領といえば、新入りの女官となれば自分に課せられた仕事をこなすのに手一杯で、合間を見つけて他の部署の人間と茶を飲む時間など見つけられないものだが、彼女は違うようだ。

 それは別に悪いことではない。適度な力の抜き方というものはあり、それを身につけられないうちは仕事そのものの質も上がらないものだ。一心不乱に打ち込むことだけが質の向上に直結すると信じている人間には信じがたいことらしいが、淑玉は長い勤めで実際に目にし続けてきた。

 そういう意味で、彼女は後宮によく馴染んでいた。まだまだそうではないと本人は思っているようなのが見て取れてはいたが、それは気負いゆえのものだし時間と経験で解決できる。そう淑玉は評価していた。


「あなたが調べをつけたこの内容のまま、あなたに任せると言っても?」

「私は……この件について調べるようにと言われただけであって、裁きを下せとは言われておりません、から……」

 裁きの内容も考えてこなかったし、後宮に入って日が浅い自分では納得させられないだろう。そう彼女は続けた。

 その顔は淑玉がこれまで見てきた後宮の美姫たちには及ばないまでも中々に整っている。しかし今はそこに陰りをいくらか乗せている。彼女なりに悩んだ上の結論ということだろう、と淑玉は思った。


「褒賞なども、いらないと?」

 その言葉に、箱を示しながら彼女は答える。

「私は丁夫人の指示に従って動いたまで。ですから、夫人のお好きに使っていただいてよろしいかと。それに――」

「それに?」

「私にとっての褒賞は、殿下からいただくものだけで十分です」

 その言葉に、淑玉は頭を叩かれた気分になった。

 自分でも知らず知らずのうちに彼女――公主妃白天香ではなく、後宮尚宮職(しょうぐうしょく)の女官としての天咲にこの件を任せる。それを前提として話を組み立てていたことに、そしてその思い違いに気づいてしまった。

 それは、淑玉自身にも想定外の事実だった。


「……そうでしたね。あなたは女官として栄達するためにここにいるのではないのでした」

 うっかりしていました、と続けつつ、淑玉は思わず口元に手をやる。照れ笑いだと悟られていなければいいが。



 彼女が部屋を辞そうと立ち上がりきびすを返しかけたところで、淑玉は呼び止めた。

「あなたなら、どう裁きますか」

「……ですが、私の裁定では――」

「勘違いしては困りますよ。あなたの見方をそのまま私の判断とするわけではありません。あなたも理解しているとは思いますが、後宮では口の利き方には重々気をつけることです。今の受け答えでは、口でそう言いながら、内心では納得させられるような自信がある――そのように聞く人間がいないとも限りませんからね?」

「も、申し訳ありません!」

「そう畏まられても困るのですが。あくまで参考として、あなたの考えを測りたいのですから」

 脅すような言葉を並べたが、本心そう思っているわけではない。そんな人間だとは思ってもいない。

 だが、だからといってそれをそのまま受け取る人間ばかりではない。それを伝えたつもりだった。


 そしてそれを伝えられた側の天香はと言えば、考えをまとめるように数瞬視線をさまよわせた。

 測りたい、などという淑玉の言葉で公主院時代の対面査試テストを受けている気分になっているのかもしれない。答える口調も言葉を選びながらの探り探りという感じだったからだ。

「あの、結局どちらかに一方的な責任がある、とは思えません。どちらにも、同じように落ち度があったわけですし、どちらか一方だけを罰するのでは、また(いさか)いの種になるだけではないか、と」


 それを聞きながらわずかに頷く。そのしぐさが、はたして彼女に伝わったかどうか。

「わかりました。――残念です。楽が出来ると思ったのですが」

「はあ」

「本心ですよ?」

「かえってお手間をかけさせてしまうかと思うのですが…」

 あなたはもう少し――そう、殿下以外にも目をお向けなさい。

 そんな言葉をつい言いかけて、淑玉は胸のうちにしまっておくことにした。



 来た時よりも明らかに足取り軽く去っていく、その天香の姿が消えたのを見て、ため息をひとつ吐いて淑玉は呟く。

「ああすれば少しは楽をさせてもらえるかと思ったのですが。――大事なところを見誤っていたうえ、それを当人に教えられるというのも面はゆい……」

 天香に言ったとおり、楽をしたいというのは彼女の本音だった。しかし、すべてではない。


 そもそも女官長というのは激務というほどではないにしても忙しい職であり、信頼のおける部下にいくらか仕事を振ってもなお職務がなくて暇になると言うことはない。尚寝職の長たる魏夫人に言われなくとも、本来ならば女官の数も全体的に増やしたいくらいだ。だが先代先々代と野放図に広がり、それが即位当時のごたごたに繋がっていた後宮を縮小したいというのは当代国帝の意向でもあり、なかなか稟議も通らない。

 だいたいにおいて男というものは後宮を妃嬪の数だけで判断している。しすぎている。と淑玉には不満があった。妃嬪の数こそ先代先々代と比べれば少ないものの、それだけで必要となる人数ががくりと減るわけではない。実のところ妃嬪とは直接関係のない職務に当たる女官も多いからだ。今回の当事者の一方である尚寝職もそうで、妃嬪の住まない殿舎でも同じように清掃や維持管理はし続けなければいけないからだ。

 更にはいつ帝の渡りがあっても良いように、あるいは帝城で何か催事や変事があっても対応できるように、常に一定以上の状態に後宮を整えておくのにどれだけの人手を必要とするか、歴代の女官長がそこにどれだけ心を割いてきたかという面において、男は(畏れ多いことながら国帝陛下御自身も含めて)無関心にすぎる。そういう不満だ。


 後宮という特殊な場所でなくとも、一般の恋人や家族の関係でさえそういうことはままあるものだ。自分が心を配り手間ひまをかけた事・物を理解しない、あるいはできない男には淑玉にも覚えが、いやそういう話ではなく。

 またしても話がずれてしまったがつまり何が言いたいかといえば、仕事のできる女官というのはいくらいてもいい。余るくらいいてくれれば夢のようだ。そんなことを淑玉はつねづね思っているし、天咲こと天香という存在はその最初の関門を通過していた。


 だからこそ仕事を任せてみようかと思い、このまま成長すればもっと――と思った。

 思ってしまっていた。

 その誤りを正されたのが、まさにたった今だったのだけれども。


「しかしまだ――青い」

 そう続けたのは彼女の示した考えについてだ。

 おおすじでは間違っていない。むしろ妥当かもしれない。いや、妥当だと思う。

 どちらにも責めるべき理由があり、責められるべき手抜かりがある。

 しかし、だからといって両成敗では納得は得られない。

 なぜなら、それではどちらも自分たちの失態を認めない(・・・・)からだ。

 失態を認めさせ、その上で納得させる方向に行くことを考えなければいけない。


 そこまで考えた上で説得する自信を持てば、後宮の上級女官として必須な平衡(バランス)感覚を身につけられるだろう。あるいはやはり、いずれ更には――。

「やめましょう。言っても詮無いことです」

 その言葉をきっかけに思索を打ち切って、淑玉は天香の来訪で中断した仕事を再開する。


 そう、妃の地位に求められるのは平衡感覚ではないのだから。




次話も女官長視点になります。

途中まで書けていますので今回ほどは間はあかない、はず、です……

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