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公主殿下の寵姫さま  作者: 有内トナミ
一章 入内 編
16/113

十五、  整理は手の届くところから



「で、どうなったの?」

「結局、どっちから話を聞いても同じで……」


 侍女と女官双方から話を聞いてその進展について夫人に報告を上げ、重たい足取りで自室に戻れば、そこでは麗瑛が長椅子に腰掛けてわんを傾けていた。目が合うなりその横の座面をぽすぽすと叩いて、そこに座れと促される。そして彼女に今日のあらましを話して聞かせたところだった。

 麗瑛に話すことは特に止められてもいない。それにこうして誰かと話すことで、自分の中でも改めてまとめなおせたりもする。


 あのあと天香は、その場でそれぞれに話を聞こうとした。

 が、秋薫舎の侍女たちも尚寝の女官たちも互いに相手に含むところが多々あって、話を聞くうちに双方の愚痴大会になり、それを聞いてまた空気が悪くなり、口論になりかけるのを止めて。

 結局実らしい実のある話は聞けないまま、疲れた割には収穫も少なかった。

 箱がなくなったのはこちらもやはり数日前ということだったけれど。


「疲れた顔しているもの」

「まあ、精神的に……結構」

「そういう雰囲気苦手だったでしょう? 天香は」


 麗瑛のその言葉に天香は苦笑する。

 さっき思い出した子供同士の張り合い。実際そんな時矢面に立ってやり返していたのは殿下その人だった――いやあのころは殿下ではなくただの大身たいしんの家の娘だったけれど。

 そして天香自身も単なる官吏の娘だった。

 くすくすと笑みをこぼす天香の様子を見て、麗瑛が怪訝な顔をする。


「なんなの、人の顔を見て笑うなんて」

「い、いえ、なんでも……なんでもありません」

「何? 言いなさい?」

「なんでもないんですってば」

「わたしに、あなたのことがわからないと思っているの?」

 滑らかでほっそりとした手を天香の首に添えるように回して、麗瑛は目線を上にして小首を傾げる。

 その表情に圧されて天香は長椅子の一方の端に追い詰められる格好になり――白状する。


 天香が麗瑛のこういう瞳にこらえきれないのはお互いよく知っていて、だから結局これは一種の儀式のようなものだ。――たぶん。


「だから、その、子供の頃の殿下が――私を守ってくださいましたね、と」

「あの頃はすぐ泣いちゃう子だったし、ね」

「今は違いますよ! 今日だって泣きませんでしたからね!?」

「無理しなくてもいいのに。今は」

「そ、それくらいには強くなったんですよ……離れていた間に」

「わたしの手を握ってて、なんて、いつでも言えるわけじゃないものね」


 それは怖がりだった天香を元気付けるとき、いつも麗瑛が言ってくれたせりふだ。

 今だってこの手を握っていられるなら、心強くいられる。

 ただ、ひとつ言うなら。

 首に添えた手を外してほしい、触れたところから涙に似た熱があふれてくるような気がするから。



「どちらも否定してるってことは、じゃあ、他の誰かがやったのかしら?」

「でも、そんなことしてなにか得になるんでしょうか?」

「女官の心象を悪くしてお兄様の足を遠のかせる、とか?」

「女官とか関係なく定期的にしか来てないじゃないですか、陛下あのひと

 それに、と天香は付け加える。

「もう充分……とか言うか、もともと悪かったみたいなんですよね、心象」


 二つの集団の関係は、今日の一件を見るだけでもわかるとおり、良くはない。

 だがその関係の悪化は箱の紛失が発端ではなく、それ以前からぎくしゃくとしていた。

 それは聞き取りで得た少ない収穫のうちのひとつだった。


「女官の側は侍女の振る舞いや自分たちの扱い方が悪いと言っていて、侍女の側は自分たちが他の殿舎と差をつけて扱われてると思ってるみたいで」

「ずっと前から?」

「少なくとも箱がなくなるようになるよりも前から、らしくて」


 どちらの主張にも頷ける部分がある。そして同時にどちらにも同じように落ち度もあった。

 例えば女官の側が言う、侍女たちが女官をまるで使用人のように扱う、という訴え。

 女官は侍女やその主の妃嬪に雇われているわけではない。雇い主という意味であればそれは帝その人であり、直接的にはその意を汲んで後宮を統括する女官長だ。

 女官たちはそれぞれの分野の専門家でもあって、それぞれに自負心を持っている。だから、女官の側からすれば使用人のように扱われることもそう振る舞わされることも、理屈と感情、その両方に合わない。


 あるいは逆に侍女の側から出た、女官が妃嬪に合わせて扱いを変えているという訴え。

 現在の後宮では李妃と洪妃以外はすべて「嬪」の位にあり、上下は決まっていない。

 さすがに殿舎の立地による細かい条件の違い、なんてものまではどうしようもないが、それ以外はだいたい等しい待遇になるのが当然であり、ゆえに女官にしても妃嬪の扱いに差をつけることは許されない、というのは正しい。

 実際には妃嬪の実家の力によっては大きな差がついてしまうこともあるわけだけれど、だからこそ『後宮側から妃嬪に与える待遇』に差をつけるのはよろしくない、ということになっている。


 だからといって、どこかの帝のように訪れる回数まで同じにするのはやりすぎだと天香は思う。

 そんな帝の下だから、後宮内での順位は『決まっていない』というより『決めさせてすらもらえない』というほうが正しい。

 逆にそんな帝だからこそ、他の誰かの仕業とは思いにくい、とも言える。

 麗瑛のいうような方法では、あの帝に足を運ぶ回数を増減させられなどしない。もちろん麗瑛もそれをわかった上で言っている。ただそういう例えとして出しただけだ。

 そしてそれは女官たちも一致した見解だと思う。福玉たち女官との雑談でも、『誰が一番寵愛されていてどうだこうだ』なんていう、健全な後宮なら(健全ってなんだ)、一番の話題になりそうなものが俎上にあがらないのがその証拠だ。


「だから、箱を盗んで仲違いを誘う――というか、加速させる、かな? もう仲違いはしてるんだから。そんな風にしても誰かに得があるとは思えないんですよねえ」

「ならもう簡単じゃない。仲が悪くなってなにかの弾みの腹いせか嫌がらせか、そんな感じで盗んで、やり返して、またやり返し返して――ってことじゃないの。天香はなにを悩んでいるの?」

「……ええと……、『なんで』そんなことをするのかな、って」

「仲が悪いから、だけじゃ駄目なの?」

「いえ、そっちじゃなくて」

 麗瑛が首をかしげて天香の次の言葉を待つ。可愛い。いやそうでもなくて。


「嫌がらせを受けた、と訴えれば――どちらが先かはわかりませんけど、本当に先にされたならそれを訴えて、相手の非を挙げて返せばいいんじゃないか、と。なにも同じ手段を使ってやり返さなくても……」

「訴えた相手が平等に取り上げてくれると思わなかったとか。実際侍女たちは女官に差をつけて扱われてるって思ってたのよね」

「そうなんですけど……そうだったら、むしろ被害が増えたわけだから、その分大きな声を上げてもおかしくないかなって」


 それは逆に女官の側にしても同じだ。『使用人のように扱うばかりか嫌がらせまで!』と、やはり声を大にして訴え出ることができるだろう。それ以外にも不満の種はいくつもあるようだったし。

 にもかかわらず、どちらもその手段は取らなかった。


「それなら、やらない……やれない理由があった、ってことではないの?」

「訴えられない理由……ですか」

「もしくは、どうしてもやり返したかった理由、とか」


 むう。と天香は考え込む。

 だから、その顔を斜め下から覗き込んでいた麗瑛の目に、悪戯っぽい光が宿ったことにも気づけなかった。

 まあ、気づいたところで――。



「よっ」

「ひゃ?」


 小さな掛け声のような声が聞こえ、首元に添え付いていた手のひらに力がこもった――と思ったら、引っ張られるようにふわりとした加速を感じ。

 気づけば天香の体は仰向けに横たえられていて、頭の下には温みのある柔らかさを感じて。

 視線を上げれば、麗瑛が天香の顔を見下ろしている。


 つまり、膝枕だった。


 浅く腰掛けていた姿勢から、見事に引き倒されていつの間にか天井を向いている。

 手に茶碗がなくてよかった。なんてちょっとずれたことを天香は思った。

 もちろん麗瑛はそういうところも確認したうえで実行に移している。


 ええと。

「どうしてこうなりました?」

 公主殿下の見せた意外な早業に、天香は目を瞬いてそう言うのがやっとだった。

 その天香の顔を見下ろしながら、麗瑛は満足げに目を細める。

「練習したから?」

「何をやってるんですか……」


 長椅子に並んで座らせたところから、すべて練習の成果だったのだろうか?

 変なところで変なことにこだわるそんな癖が、しかし天香には愛おしい。

 麗瑛の手が天香の髪を軽く梳きながら、そのほっそりとした白い指に黒い流れが絡め取られている。

 時おり引っ張られるその感触が心地よく、天香はしばし目を細めた。

 尚宮職の仕事を始めてからこっち、こんな風に触れ合うのは久しぶりのように思える。


「あっちのお仕事が楽しそうなのはいいことだけれど」

「はい?」

「天香、あなた・・・わたし・・・のなあに?」

「……わたしは、あなたの妃、です」

「なら、今日のあっちのお仕事はここまでにして、公主妃のお仕事をしましょう?」

 そういう麗瑛の形のよい眉がわずかに下がっているのを天香は見る。

 触れ合いが少なかったのを不満に思っていたんだろうか。本当に、自分と同じように。

「……嫉妬?」

「っ、違うわ。わたしの知らないところの話ばかりするのが、その、ちょっとだけ気に入らないくらいで別に嫉妬とかそういうことじゃなくて」

「それを嫉妬って言うんじゃないかな、って……」

「じゃあ、わたしのことより優先するものなんてあるの?」

「あるわけないでしょう」

 即答。

 疑問の余地なんてない。どうしようもないほどに。



「こんな技、いつから練習してたんですか?」

「わたしね、あなたにしてあげたいことも、したいこともまだたくさんあるのよ?」

 天香の問いに直接は答えずに、公主殿下は打ち明けるようにそう言った。


「……それ、どう違うんです?」

「したいことはわたしが勝手にしたいこと、してあげたいのはあなたのためにしてあげたいこと。もちろん、してほしいこともあるんですからね」

「わ、わたしにしてほしいことって……?」

「今はまだ秘密。そのうちにね」

「お手柔らかに、お願いしますね?」

「それはあなたの心がけ次第ね、わたしの天香」


「――わかりましたよ、わたしの瑛さま」


 花のような笑顔から、くちづけが軽くひらりと降る。

 それを受け止めて、至近距離で二人は笑いあった。




 膝枕された天香とそれに覆いかぶさる麗瑛という構図がひとしきり続いた後。

「そういえば」

「なんですか?」

「あの時、目が合ったわね」

 麗瑛が口に出したのは、今日の昼下がりに行き会ったときのことだ。


「そう、ですね」

 目が合ったと思った、それが自分の勘違いや早とちりでなかったことが嬉しくて。

 心が跳ねて、それからじわりと暖かくなるように天香には感じられる。

 それはたぶん目の前の相手もそうなのだと、そう信じられるのがより嬉しい。


「……ああいうのって、良かったわね」

「えっ」

「なんか二人だけの秘密っぽくて」

 秘するが花、なんて大昔の人が言ってたらしいですけれども。

 確かに今はまだ秘密ですけど。

 いつまでも秘密のままにしておくつもりは天香にはない。

「またやりましょうね」

「え、ええー……」



まさか1ヶ月近く間が空いてしまうとは思いませんでした。3月って忙しいんですね……。

その分ちょっと書き溜められたので次はできるだけ早く……なれば……。

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