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公主殿下の寵姫さま  作者: 有内トナミ
一章 入内 編
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十二、 尚宮職のお仕事 その二



 なぜか頼みごとをされる自分よりも心配そうになっている福玉と別れて、丁夫人の後に続いて天香は廊下を進む。

 そういえば飲んでいたわんをそのままにして置いてきてしまった。福玉が片付けておいてくれるとは思うけれど、少し心残りがある。


「だいぶ慣れたようですね」

「えっと、はい、少しずつ……」

「顔見知りも出来たようで」

 途中で丁夫人に話しかけられる。

 福玉のことらしい。顔見知りというか、茶飲み友達というか。

「福玉はその、この前うわさ話を教えてくれた子で……」

「ああ、彼女がそうでしたか」


 特にそれ以上の会話も無く、目的地に行き着いた。

 丁夫人の執務室。尚宮職の職務用の大部屋とは別に、彼女個人に与えられた仕事用の個房だ。

 勧められるままに椅子に座る。

 少し間を置いて、丁夫人が口を開いた。


「あなたに、失せ物探しをしてほしいのです」

「失せ物……何か無くされたのですか?」


 ちょっと呆気に取られる。女官長でも無くし物をすることがあるんだなあ。

 でも自分に手伝わせないと見つけられないようなものなんだろうか。とても小さいとか?

 天香はそんなことを考えた。


「何か勘違いされているような気がするので先に言っておきますが、それを無くしたのは私ではありませんよ」

「あっ、はい、すみません!」

「まあ、私も言葉足らずでしたけれど」

 頼みと言われて探し物と来たから個人的なことなのかと思えば、後宮の関係だったらしい。

 つまり実質的には命令。

 断るって選択肢はない。



「順を追って説明しましょう。まず、あなたに探してほしいのはこれです」

 ことり、と、執務卓の上に置かれたのは、大きくはない、箱だった。

 素材も装飾もそんなに高級なようには見えない。いたって簡素な木箱だ。

 丁夫人が片手で持ち上げられるくらいなのだから、重さもそれほどではない。


「これ……って、この箱を、探すのでしょうか?」

「そうです。正確には、探すのはこの箱と同じものを」

「はあ」

「実は、この箱と同じものが無くなることが続いているのです」

「えっ……この箱が何個もある、んですか?」

 天香は戸惑った。特定の一個を探すと言う話じゃないのだろうか。

「そもそもこの箱は、尚寝職しょうしんしょくの宮女たちが使う、物入れなのですよ」


 尚寝職とは三職のひとつで、後宮内の各殿舎の中で清掃や環境維持を担当する役職の女官たちだ。

 布団を干したり、床単シーツを換えたり、汚れ物を集めたりもする。

 汚れた衣服の洗濯は三職の最後の一つである尚服職しょうふくしょくの配下で、かつそれ自身四所の一つでもある司洗所しせんじょが担当する。

 宮中で着る服ともなればそれなりの素材と仕立てで作られているから、その洗濯にも専門の女官と独立した部署があてられている。

 司洗所で洗い終わった服は尚服職で検査を受け、必要ならば繕われて殿舎に戻されることになる。


 話が逸れた。

 丁夫人が示した箱は、尚寝職が仕事のときに使う小物入れなのだという。

 もちろんその中には仕事、つまり部屋の掃除に使うような襤褸ぼろ布や磨き剤や掃箒ブラシ手箒てぼうきなどが入っている。これと水桶を持って行けば、それだけで殿舎の掃除が始められる。

 ただしここにあるのは空箱だ。


「その物入れがいくつも無くなった、と」

「そうです。うっかり置き忘れるくらいのことはあるでしょう……けれども」

 こうしてわざわざ探すのは、うっかりのレベルを超えていると言うことだ。

「盗まれた? ……何のために?」

 仕事用の物入れなどを盗んで何か得があるとも思えないのに。


「それも含めて、調べてほしいのです」

 天香の目をじっと見つめて、丁夫人は続ける。

「もちろん、その結果としてあなたの手に負えないと判断したなら、私に報告してください」

 それは言葉通りの助け舟なのか、それとも何かの試験のようなものなのか。

 どちらにしても、本当に行きづまったら助けてもらうしかないのだけれど。


「質問は?」

「えーと」

 急に言われても。

 ここで細かいことまで聞くよりも、こういうものは当事者に聞くのが一番早い、そう思った天香は。


「期限は、ありますか」

「この後も失せ物が続くようであれば、少し困ったことになりますね」

「つまりなるべく早く」

「明日明後日ですぐに結果を出せとは言いませんけれどね」

「び、微力を尽くします」


 そう答えたあとで、天香は夫人が少し意外そうな顔をしているのに気付いた。

「ほかの事は聞かなくても?」

「細かいことは尚寝職で聞くことにします。あとは――」


 少し考え込んで、いや実際はそのそぶりを見せて顔色を伺って、尋ねてみる。


「なぜ尚宮職の他の方ではなく、私なのでしょう?」

「何事も経験です」

 取り澄ました顔で切り返された。

 結構思い切って言ったつもりだったのに。


「期待はしていますよ?」

 明言されるとそれはそれで期待が重いなあ、と天香は思ってしまった。



 * * *



「にょ、女官長さまからの、使いの方ですか」

「そ、そうです」

 とりあえず情報を集めることだ。

 そう思って尚寝職の部屋を訪れた天香を迎えたのは、小柄な少女だった。

 紛失事件――とりあえずそう呼ぶことにする――についての丁夫人からの使いだと名乗ると、少女は緊張の度合いも露わにそう繰り返した。その緊張が伝染して天香もまた変な返しをしてしまう。


「このたびの事について、お話を伺いたくて参りました」

「は、はい! ただいま尚寝さまにお取次ぎいたします!」


 やっぱり緊張した様子で少女はそう言って室内へ引っ込む。

 各職の長はその職名だけで呼ばれることがある。

 尚宮職の長である丁夫人は尚宮ではなく女官長と呼ばれるが、これは全女官の統括という職務からと、本人があまりそう呼ばれたくなかったからと言う話だ。

 少しの間戸口で待っていると、少女が戻ってきて中へと案内される。

 尚寝職の長、魏夫人は執務室で卓についたまま、入室した天香を見る。


「あなたが丁夫人からの使い?」

「はい、魏夫人には始めてお目にかかります。尚宮職より参りました、天咲と申します」


 天香はそう名乗って頭を下げる。

 魏夫人はどこにでもいそうなやや細身の中年の女性だった。顔色が余りよくない。

 事件があったからなのか、それとも元々なのか。


「丁夫人はなんと?」

 天香が勧められた椅子に腰を下ろすなり、魏夫人は不安げにそう尋ねる。

「私は紛失の件について調べるように、と」

「それでは、処罰という話ではないのですね」

 ふうと息をついてから彼女はそう言った。


 ああ、と天香は合点が行く。

 あの箱の紛失が相次いでいることで、管理が行き届いていないと責められるのではないかと思っていたようだった。

 それでさっきの少女女官もやけに緊張していたのだろうか。


「女官長は詳しい事情も調べずに処罰などなさる方ではありませんよ」

 そう天香は慰める。少なくとも、責めるべきかどうかわからないのにとりあえず叱りつけるような人ではない。

「わかっているつもりなのですが、このようなことは初めてで……」

 つい心配が募ってしまったのだと魏夫人は言う。


「お、お茶です」

「ありがとうございます」

「ありがとう、津清しんしん


 先ほどの少女が茶碗を置くと、会釈してそのまま下がる。津清という名前らしい。

 さっきよりは緊張が取れているように見える。

 天香はお茶をひと口口に含む。

 さっきまで福玉と飲んでいたのだからそんなに喉は渇いていないけれど。

 口を湿らせてから、気になっていたことを尋ねて事情を聞いていく。


「紛失するようになる前くらいに、なにか変わったことはありませんでしたか?」

「変わったことというと……?」

「何でもいいのですが、普段とは違うこととか」

「といいましても、特にいつもの仕事に違いがあるわけではありませんし……」


 日ごとに手入れする殿舎は違っても、結局は同じ手順の繰り返しのようなものだと夫人は説明する。

 所属する女官を大きく三組に分け、それぞれ別の殿舎に出向いて仕事を行っているという。

 妃嬪の住まう殿舎だけでなく、後宮に数多存在する他の建物の掃除も定期的に行う。


「本当はもう少し人数を増やしていただきたい面もあるのですが……」

「い、いちおう伝えておきます……」

 一介の女官扱いの天香にそんなに期待されても困るのだけれど。

 まあそれは魏夫人もわかっているはず、と思う。


 他にわかったのは次のようなことだった。

 紛失するようになったのは十日ほど前から。

 最初は不注意でどこかに置き忘れたかと思って補充申請をしていたが、連続して紛失するようになった。

 当然盗まれたのかという疑惑は出たが、特に高価なものが入っているわけではない。

 もちろん後宮や帝城で使うということで質の悪いものを使っているわけはない。が、それ自体が財産になるような――天香の常識を超えるような――道具というわけでもない。

 確かになくなれば困るが、補充が難しいわけではない。

 それではなぜそうなるのか、と尚寝職内で話し合ってみてもよくわからない。

 そうしているうちに重なる補充申請に目を止めた丁夫人が魏夫人に直接尋ねて事態を把握。

 丁夫人が天香に命じ――今に至る。


「そもそも盗もうと思えばそんなに難しいことではないのです。置き場には鍵もかかっていませんし……」

 朝と夕方に数を数え合わせるくらいしか出来ない、と言う。


「箱を見せていただいても構わないでしょうか」

「ええ。では――津清! あなたの箱をこちらへ」


 丁夫人の執務室で見たものはあくまで見本のようなもので、実際どのように使うのかが見たかったのだ。

 天香がそう求めると、魏夫人はさっきの女官をまた呼び出した。




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