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公主殿下の寵姫さま  作者: 有内トナミ
四章 来訪 編
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九十八、 始末 下



 采嬪を迎え入れた天香は。


「ええと……?」


 困惑していた。

 目の前には采嬪がいる。

 正確に言えば、采嬪が平伏していた。


「本当に、このたびはお二人にはお骨折りいただきまして、誠に――」


 伏せたままの采嬪の声は、身体と布に遮られてややくぐもって聞こえた。

 長椅子に座っている自分たち二人に対して、その前でべたりと膝を突いて伏している。

 つい先刻、青元から今回の一連についての処分を言い渡されたと二人に告げた彼女は、その内容を告げてから床に身を投げ出すように平伏したのだ。

 ちなみにその処分は、一定期間の謹慎と、帝の渡御とぎょの無期限停止。

 采嬪に言い渡すよりも先んじて青元から教えられていた内容と同じだった。それを軽いと思うか思いと思うかは天香にはわからない。無期限と言っても永久という意味ではないと聞かされている。

 それでも、それを報告に来た采嬪の気持ちはわかる。――わかるが、そんなに平べったくなられても困る。


「あの、顔を上げてください……話しづらいですし」


 椅子の背もたれから軽く背を浮かせて、つい口を出してしまう。

 こういうふうに促していいものかどうかはわからないけれど、少なくとも麗瑛は止めも咎めもしなかった。


 采嬪はゆっくりと身を起こした。応じてくれたことに天香はほっと小さく息をつく。あんな体勢ではどうしたってやりづらい。

 采嬪の結い上げた髪には華やかな髪飾りも美々しいかんざしも無く、上衣下裳も地味な無地のものを身につけている。化粧も薄く貝粉をはたいただけだろうと思えたし、紅もさしていなかった。言葉を選ばずに言えば、妃嬪よりも罪人の姿に近い。

 その采嬪が、手を合わせて口を開いた。


「お二人は、わたくしの命の恩人でございます」

 そう言って膝立ちのまま、拝むようにまた頭を下げる。


「そんな大袈裟な……」

「いえ、大袈裟ではありません! 陛下のご勘気を解いていただいたばかりか、この身にかけられた疑いも晴らしていただき、そのうえ呪詛のことにも決着をつけていただいたとあっては。わたくしなどもはやお二人にはもう頭を上げられると思っておりません!」


 反論の声をあげようとして、采嬪のその勢いに押し留められてしまう。

 はっきり言えば、どう反応すればいいかわからなかった。

 彼女の言うことを全部否定したいわけではない。最悪命も危ないと感じていただろうことを思えば、命の恩人といわれるのは面映いが、理解できる。

 たしかに一時は厳罰を口にしかけた青元に待ったをかけたのは自分たちだし(ただし、青元は最初から命を奪うことまでは考えていなかった)、結果的にとはいえ一連の事件の犯人を捕まえて采嬪の冤罪を晴らすことになったのも自分ではある。

 とは言っても、犯人を取り押さえられた――実際取り押さえたのは栢里だったが――のは、単なる偶然というか、幸運でしかない。そのことに天香は先ほどからずっと居心地の悪さを感じているのだ。そこに采嬪がやってきた。

 そして最後の一つに至っては、反応のしようもない。


「まさかあの呪詛も下女がやってたなんて、わたしも天香もびっくりしたわ」

 ねえ、と促されて、天香は頷いた。


 自分が売り払ったはずの髪飾りを采嬪がつけているのを見て、自分の罪が明らかになることを恐れた。そして采嬪を脅そうとして呪詛の人形を投げ込んだと、尋問の中で自白したのだという。

 御史室長から律儀に送られてきた報告を見ても、天香には一瞬意味がわからなかった。思い出したのは、玉柚の言っていた『見せるための呪詛』という推測だ。大きくは外れていなかったということか。


「そうなんです! わたくしは何も知らずにただあの髪飾りを買い求めただけですのに、なんて身勝手な――あ、いえ、もちろんこちらも至らぬところはあったのですけれど」

「……はあ」


 麗瑛が返した言葉に、しおらしさを見せていた采嬪が意を得たりと意気込んだように言った。

 とはいえ身勝手をどうこうというのなら、呪詛を受けるきっかけになったのこそ、自分が無断外出したのが始まりだ。このひと本当に悔いているんだろうか、と天香はつい意地の悪いことを考えてしまう。

 ほほ、などとわざとらしく繕ってみせるあたり、自分がいま口を滑らせたという自覚はあるのだろうけれども。


「それで、わざわざ土下座なさるためにこちらに?」

「いえいえ、それだけではなく。お願いしたいことがあって参りました」

「お願い……?」


 采嬪はやや畏まって答えた。

 それを聞いて、天香の側も知らず知らず身構えてしまう。この展開から無茶なことは言わないだろうと思いつつ、いったい何を言い出すのか、と。びくびくしているというほどではないけれど。


「ええ。先ほど申しあげたように、この采祥雲、両殿下に恩義を感じております。ゆえに――」

 ひとつ息を入れて。

「これよりは、お二人に仕えさせていただきたく」

「……はい?」


 自分でも間が抜けているなと思う声をあげてしまった天香に代わって、麗瑛が尋ねる。


「いま何を言ったのかわかっていて?」

「もちろんです」

「よろしいの? 采嬪、あなたは確か李妃さまと縁深い方ではなかったのかしら?」


 天香の慣れ親しんだ城下風に訳すなら、「仲間に入れてください」と言われたのに対して「あんた李妃派だったんじゃないの? どういうつもりなの?」と返した問い。

 それに、采嬪は平然と返してきた。


「これよりは祥雲とお呼びください殿下。ええ、確かに李妃さまに近しかったことは事実ですけれど……言い難いことながら、最近は」

「あ、あー」

 思い当たることがあって、声をあげてしまってから不調法だったと気づく。反射的に頭を下げるよりも前に、麗瑛が咎め半分といった視線を向けてきた。

「天香?」

「いえあの、采嬪さまが最近李妃派の中で折り合いが悪くなっていたという話は、聞きました」


 福玉から聞かされていた、そんな噂。確かめる必要があるのかと思っていたところで、采嬪が御史に拘禁されたという話が入ってきて、その後は触れる機会もなかった。麗瑛にも伝えていたかどうか。

 まさか今ここで関係してくるなんて。


「妃殿下のお耳にまで入っていたとは、お恥ずかしいことです。わたしよりもよほどお耳が早くていらっしゃるのかしら」

「いえ、そんなことは――」


 茶飲み友達から偶然聞いただけとは言いづらいし、そもそも福玉の元にさえ噂が入っている時点で、という話でもある。もっとも福玉の出仕先は洪妃派の陸嬪だから、逆に相手の醜聞――というほどのことでもないような気がするが、悪い噂はそれだけ早く流れるということもあるのかもしれない。

 どういう経緯でかはわからないが、元から采嬪が李妃派に居づらくなっていたのは事実らしい。そこに今回の一件で、結果として冤罪だとはいえ帝の勘気を被った以上、李妃派の妃嬪からしてみればいっそう付き合いづらくなったろうということは察して余りある。

 針のむしろのような状態でい続けるよりは、いっそ李妃派から一気に距離を取ってもいいと判断したのだろうというところまでは理解できた。天香が物申したいのは、距離を取ってやってきたのがどうして自分たちのところなのかだ。


「だいたいのところはわかりました。ですけど……なぜ私達のところに? 命の恩人などと言われても……」

「じゃあ、こう言い替えましょう。李妃さまの元にいられなくなった理由の一端が両殿下にもあるから、と」


 は、と間抜けな声を出しかけて、今度は口の中で押し止めて飲み込むことに成功する。

 そして訊ね返す。


「それは……どういうことですか、采嬪さま」

「祥雲とお呼びくださいと申し上げたではないですか。――覚えておられるかどうかはわかりませんけれど、妃殿下が入宮されて一番最初にご機嫌伺いに参ったのはわたくしでしたでしょう?」


 采嬪――祥雲はそう返した。

 確かに、天香が蓮泉殿に入って一番最初にご機嫌伺い――麗瑛いわく、そう称した先行偵察にやってきたのは采祥雲だった。そこで麗瑛が予想外に冷たく当たっていたことに取り乱して、天香は――と、それは今の本題ではない。

 天香が思い出している間に、祥雲は話を続けている。


「あのときもっと深くまで、お二人のことを根掘り葉掘りと穿っておけば、あのあとの婚礼の宴でもあちら側・・・・に先手が打てたのでは――なーんて難癖を言われたりしまして」

「穿たなくてよかったわね。そこまでされていたらわたし――」

「ええ、殿下の逆鱗に触れそうでしたからわたくしは退いたのですけど、納得していただけない人がいらっしゃいまして」

「それで、溝が出来たと?」


 そう麗瑛に言われて、彼女はすこしだけ挑むような視線で応える。

 つまり、天香と麗瑛の本当の関係――入宮当初は隠していた、公主に嫁入るために入宮したこと。それを李妃派が先に知っていれば洪妃派に先んじることができたと言い出して、その責任を彼女に被せようとした人間がいた、ということだ。口ぶりからして李妃ではなく、ほかの取り巻き――徐嬪か寧嬪のどちらかなのだろう。

 体調を崩した李妃を見舞ったときだけの印象でいうなら、配下の嬪同士が揉めたとしても、彼女は自分から仲裁に動くような人間ではなさそうに思えた。采嬪、いや祥雲が、居心地の悪さをそのまま引きずってしまっていたのなら。


「それはわたし達のせいではないわよねえ」

 のんびりと柔らかい言葉に、うっかり雰囲気に乗せられていた天香は意識を引き戻された。


「ええもちろん。きっかけというだけで、お二人のせいなどというつもりはありません」

「あら、わたしの天香はすっかり自省してしまってたみたいだけど?」


 しれっと言い切られ、対してにこりとして天香に話を向ける。二人の視線を受けて、赤面が首元を這うのを感じてむずがゆい。


「妃殿下はお優しい方ですね」

「ええ、優しすぎるのが数少ない欠点なのよ」

「いやあのそういうわけでは」


 抗弁しようとする声が上手くまとまらず、それを見て麗瑛がまたころころと笑った。



予想より長くなってしまったのでもう1話+人物紹介で四章は締めます。次はもっと早く投稿できるはずですたぶんそうしたい(弱気か)。

ブックマーク&評価ありがとうございます。励みになっています!


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6/16 サブタイトル修正

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