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公主殿下の寵姫さま  作者: 有内トナミ
四章 来訪 編
101/113

九十七、 始末 上

3ヶ月も空いてしまったので簡易的にあらすじを載せておきます。


―――――――――――――――――


あらすじ:

後宮妃嬪の一人・采嬪に「呪詛を受けた」と訴えられ、事情を調べていた天香。

しかしその最中、采嬪は帝・青元に納められるはずだった髪飾りを盗んだとして捕らえられてしまう。

怒る青元を麗瑛と二人がかりでなだめた後、天香は采嬪の証言を確かめるべく、彼女が髪飾りを買ったという小間物屋について調べることになる。

旧友・玉晶の手も借りて小間物屋を訪れた天香と侍女の光絢は、思いがけず髪飾りの売り主だという若い女に引き合わされる。しかし彼女はその場から逃げ出してしまう。その彼女を捕まえたのは天香に同行していた御史室長・高栢里だった。



「お手柄だったじゃない」

「……はあ」


 麗瑛の言葉に、天香は気のない返事を返した。

 そんな反応に鼻白むように、麗瑛は小首を傾げて訊ねてくる。

 湯浴みも夕餉も終わった後、二人ともだいぶ楽なゆったりとした装束でくつろいでいるところだった。

 ぱちり、と燈火が小さくはじける音が漏れた。


「どうしたのよ? もっと喜びなさいな。帝城おしろを騒がした不埒な盗人をみごと捕まえたのよ」


 盗人――そう、犯人。

 逃げ出したところを栢里はくりに取り押さえられたあの女は、その後、御史室長じきじきの取調べにすべてを自白した。いや、あの様子では相手が誰でもすぐに自白しただろう、と彼女が捕縛されるところを見ていた天香は思ったけれども。

 ともかく、捕まったのは宮城きゅうじょう勤めの下女で――彼女は自分が髪飾りを盗み、そしてあの小間物屋に売り払っていたことも自白したのだ。

 しかし天香はといえば、麗瑛の言葉に素直に頷けない。


「だって……お手柄なんて思えないですよ。お膳立てされてたみたいなものじゃないですか」

「お膳立て?」

「だって栢里はくりさん……御史室長、下働きの人たちに噂を流してたらしいじゃないですか。近々、大掛かりな捜索をするって」


 これは確実な話だ。なにせ本人から聞いたのだから。

 御史室長・こう栢里はすでに目星をつけており、包囲網を敷き始めていたのだ。


 ――実をいえば、帝城の下働きの官には、城内で出た不用品を持ち帰ることが黙認されている。

 それは反故になった紙であったり、毛羽立って使えなくなった筆であったり、一部が折れた櫛であったり、擦り切れた官服の端切れであったり、小さくなった墨の欠片であったりする。

 下男下女らにとっては一種の役得といえるもので、時折思い出したように取り締まられることもあるが、そもそもそんなもので押し留められるものではなかった。

 それらは下人たちが自分で使ったり、あるいはある程度をまとめて古道具屋に持ち込まれて銭に替えられたりする。たとえば紙ならば漉きなおして使われるものもある。そうやって元は上質で高価な紙が二度三度と再利用されることで、市中にも安価な紙が出回るのだ。もちろん繰り返すごとに元は白く滑らかだった紙も汚れてざらざらした下紙になっていく。天香も公主院時代には書き付けにそういう紙を買ったことがあるし、更に古くなれば焚き付けや厠紙にも使われる。

 必要な手当てをすればまだまだ使えるものであっても、城内ではそういうことはあまりしない――まったくないわけではないが。

 それは闇雲に贅沢をしているというわけではない。古くなったものを捨てれば、新しいものが必要になる。古くからの習わしにある言葉を借りるなら、すべてのものは循環するのであるから、その流れを滞らせてはいけない。……そういうことになっている。

 贅沢をするための建前ではないかと放言されることもあるとはいえ、まったくの建前だけとも断じられない。


 それはともかく、今回の犯人の下女も同じようにそういったものを持ち帰っていた。そのとき、つい出来心から司工の房で製作中だった髪飾りを手に取ってしまったのだ。――と、彼女は供述したらしい。

 もちろん重罪である。目こぼしの範囲を大きく越えている。そもそも目こぼされるのは廃品であるからで、今回の場合はそれですらない。

 ただの窃盗。それも、宗室の御物。

 そのようなものを持ち込める経路は限られている。すなわち逆に辿れば犯人に行き着く可能性が高まる。

 そう考えたのは、天香たちだけではなかったのだ。

 噂を流して誘き出し、探りを入れる。御史室ではそういう方向で動くことで話を進めていたという。

 室長たる栢里がわざわざ同行したのは、その罠のかかり具合を確認しに来ていたというわけだった。こんなにあっさり捕まえられるとまでは思っていなかった、と本人は(例の半笑いで)言っていたが。

 と、そんな経緯は実は天香にとってはどうでもいいことだった。いや正確に言うならば、どうでもいいというよりも、他にもっと重要なことがあるという意味だ。

 つまりそれは……では自分のやったことは、いわば追い込み漁の出口で網を持って立っていただけのようなものではないか、ということだった。しかも犯人さかなを捕まえたのは自分ではなく栢里だ。

 それを手柄といわれても、天香は素直に喜べない。


「偶然居合わせたのがお手柄って、いえ、瑛さまにそう言ってもらえるのは嬉しくって、でも」


 御史室に(天香にとってはつまり栢里に)先を越されたのが悔しい、というわけじゃない。自分の手で捕まえたかったわけでも――いや、それは少しある。

 そもそも手柄と認められること自体は嬉しい。単に、自分の手柄と思えないものを手柄と言われて賞されることが面映ゆい、というか居心地が悪い。それだけなのだ。

 だから麗瑛に言葉を返しながら、視線を彼女からもぞもぞと外してしまう。


 正直に言うならば――手柄自体は、欲しい。

 麗瑛の助けになりたい。麗瑛の隣に立っていたい。

 偶然とかではなく、自分の力で。


「偶然でもなんでも、天香がその場にいたことが功績になったのよ。あなたが行かなかったなら、そこで捕まえることも出来なかったでしょう?」

「それは、そうなんですけど……」

「偶然には頼りたくない?」

「……はい」


 そんな天香の様子を見て、軽く息を吐くと麗瑛は口を開き。


「あのねえ、天香――」

「……はい?」


 言葉が途切れたのを不思議に思って天香は顔を上げた。麗瑛は口元に手を当てたまま、顔をしかめて視線を上下に振ったりして、何事か考えているようだった。

 何を言おうとしたのかと、麗瑛の整った顔をほうっと見たまま天香は首を傾げて。

 そして、二人はしばらく固まっていた。


「――えっと……お二人とも、何をしてるんですか?」


 はたから見たら間抜けだろうな、と思わず考えてしまったところで、文字通り傍から見る人がやってきた。

 声をかけられた瞬間金縛りが解けたように、二人ともそろってびくりと体を震わせる。

 特に見られて恥ずかしいようなことをしていたわけではないのに、天香も麗瑛もなんとなく気まずくて、照れ隠しするように幾度か咳払いをした。しかもその咳払いがぴたりと揃ってしまって、頬にさっと朱が走るのを感じる。

 麗瑛が打ち消すように頭を振ってから訊ねる。


「な、何か用なのかしら?」


 傍から見ていた人――つまり光絢は、天香と麗瑛の顔を見比べながら、不思議そうな表情のまま首をひねっていた。


「はい……ええっと、お客さまがお見えになってますが」

「どなた?」


 すでに日は沈んでいるし、殿舎を訪ねてくるのにはじゅうぶんに遅い時分といっていい。宴を開いているわけでもないし。

 当然の疑問に、光絢が応じる。


「あのう、采嬪さまです」


 その答えを聞いて、二人は今度こそ目を見合わせた。




3ヶ月以上も開いた上、中途半端な文量ですみません。

本当はこの1話で四章が終わるはずでしたが、思ったよりも長くなったので前後編にします……。

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