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公主殿下の寵姫さま  作者: 有内トナミ
一章 入内 編
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十、 お忍びと再会と 後

 (せん)玉晶(ぎょくしょう)。公主院時代には天香とはわりと言葉を交わす仲だった。

 鷲京に店を構える商家の娘で、ゆくゆくは自分の店を持ちたいと言っていた。

 カラッとした気性の少女だ。


「本当に久しぶり。こんなところで会うなんて思ってなかった」

「それはこっちもよ」

「だねえ。これもなんかの縁でしょう、まあ入ってよ」

「ええ、じゃあ、お邪魔するわ」

 つい手など握り合って再会を喜んでいたが、そこはあまり広くない店前の通りである。

 招きに応じて店の中に入ると、そこは小ぶりながら落ち着きのある空間だった。

 通路とそこから横に入る路地の角に位置するためか、外の光は二方向から入ってくる。明るい窓辺にはつるし飾りがあしらわれている。

 棚や台には髪飾りやかんざし、櫛、扇、首飾り、あるいは飾り針や飾り紐といった小物が並べられている。すき間なくというほど詰まっているのではなく、それなりの余裕を持って配置されている。一番戸口に近いところにある小さな籠には端切れの布地が詰められていた。

 雑然としているようにも見えるが、それぞれの配置からか圧迫感や乱れ放題という感じはしない。


「ごめんなさいね、狭いと思うけど、後ろの方々も」

 天香に続いて英彩が戸口をくぐり、その次になぜか頬を膨らませ気味の麗瑛、燕圭は店先に立って辺りを眺めている。警戒ともの珍しさのどっちが勝っているのだろう。

「玉晶、あなたもうお店を持てたの? すごいじゃない」

「いやあ、まあ、持てたって言うか持たされたって言うか。あはは」

 ゆくゆくの目標と言っていたがそれからさほど経っていない。公主院を出てからしばらくは実家の商いを手伝いながら修行と言っていたと思う。

 そんな意味を含めながら天香が問うと、玉晶は照れたように笑った。

 すすめられた椅子に天香と麗瑛はそれぞれ腰を下ろす。


「実は、実家の商いの幅を広げたくて」

「このお店?」

「……みたいな品を扱おうと思っていろいろやってたら、追い出されちゃった」

「追い出されたって……大丈夫なの?」

「まあ、追い出されたって言うよりあれかな、武者修行みたいな。結果を出すまで帰ってくるなーって」

「なんだ、びっくりした……」

 穏便でない言葉に天香は思わず聞き返したが、その返答にほっと息をつく。

「それでもこの店を維持するにはやらなきゃいけないからね、もう必死」

「それは大変ね……。一人でお店を?」

 あまり大きくないとは言え屋台や露天ではない独立した店ひとつだ。どの商品をどれくらい売れば維持できるのかは天香にはわからないが、一人ではつらいこともあるのではないだろうか。

「店員はもう一人いるけど今日は休みでね。あとは荷物運びって付けられた物好きが一人」

「物好き?」

「いや、それは別にいいんだ。気にしないで」

 そんな言い方をされたら逆に気になるが、触れてほしくないのだろうと思って深くは聞かないことにした。

 つけられたという言い様からするとお目付け役というところだろうか。


「うちのことはいいんだよ。天香は最近どうなの?」

 唐突に天香自身に話が向いた。

「私?」

「後宮に上がったって聞いたよ」

「えっ、誰から?」

「ん? 尚蓮(しょうれん)だけど」

「ああ……」

 尚蓮も公主院時代の友人で、後宮に行くのだと打ち明けた数少ない相手だった。


「あの子、どこかの官吏の家に侍女に行ったんじゃなかった?」

「そこの奥さんと一緒に買い物に来てね。いやー、いいお客さんだったー。って、それはいいんだ。後宮はどう?」

「どう、って?」

「お妃さまや侍女とかにいじめられたりしてない?」

「えっ……」

 後宮に行くとは言ったが公主殿下に嫁ぐとは言っていなかったかなと天香は思い返す。

 なんとなく照れくさくて言えなかったような気がするが、そのせいで女官として働きに行くのだと思われたのか。


(なんかこの前みたいな勘違いされてる……?)


 帝の寵姫どころか正妃候補なんて思われるよりはよほどマシなのだけれども。

 どうやって勘違いを解いたものかと考えていると、後ろから襟の辺りを軽く引っ張られた。

「はい?」

「天香、そちらの方はどなたなの?」

 麗瑛が不満げに口を尖らせている。

 つい気安さから話に集中してしまっていて、紹介を忘れていた。


「あっ、すみません。……公主院のころの友人で、玉晶です」

「宣玉晶です。よしなに」

「で、えっと……」

 そこで天香は口ごもる。麗瑛をどう紹介すべきかで迷ったので。

 そもそも公主ではなくお忍びの貴族の娘のような風体でここにいるわけで軽々と正体を打ち明けるのもどうか。そもそもなんと言えばいいのか。

 妻……妻? そんな照れる。じゃあ嫁? でも嫁は私で……?

 天香は混乱している。


「ああ、大丈夫ですよ。わかってます。――お初にお目にかかります、麗瑛公主殿下」

「えっ!」

 恭しく頭を下げる玉晶。

「どこかで会っては……いないようね」

「はい。公主院時代に何度かお姿をお見かけしたくらいで」

「えっ」

「噂はあったのですよ。天香は気づいてなかったようですが」

「えっ」

「天香、同じ言葉しか出て来なくなってるわ?」

「だって、その、あのっ……玉晶もわかってたんだったら言ってよお!」

 恥ずかしさで顔に血が上る。前は――麗瑛と結ばれる前は、こんなにすぐ血が上る人間じゃなかったはずなのに。

「ごめんごめん、楽しくてね」


「わたしからも改めて名乗らなくてはね。天香の、妻、です」

 ていうかいま妻って強調しましたね。

「……妻? あれ、女官じゃなく」

「妻です」

「……えと、私が嫁です」

「ああ、正式に婚姻されたのですか。失礼しました、両妃殿下」

 自分で嫁とか言っちゃっていいんだろうか。隣で殿下は満足そうな顔だけれど。

 まだ(また?)顔が熱い。

 玉晶は驚くこともなく受け入れているようにみえる。いや、驚きを表に出していないのか。商人は顔の表情を易々と読まれてはいけないとか喋っているのを聞いたことがある。


「改めまして、公主妃殿下の学友で鷲京西の大道、垣緑街えんりょくがい、貴州屋の娘、玉晶と申します」

「公主妃殿下とか呼ばないでー……」

 侍女たちに言われるのはそろそろ慣れはじめても、友人からかしこまって言われるのは苦しい。

「だそうですが、名前で呼んでも?」

「……仕方ないわね、わたしの天香は」


 笑いを含んだ声で、玉晶が言う。

「公主殿下は懐が広くていらっしゃいますね」

「涙を浮かべながら言われたら断れないでしょう?」

「確かに」

「な、涙なんかっ!」

 出てない。出てないはずだ。出てなかったと思う。思うのだが。


「ところでさっき言っていたけど、噂って?」

 麗瑛が尋ねる。玉晶が間髪いれずに応じた。

「天香と殿下の逢引き、です」

 その言葉に、天香もまたため息を漏らす。

「聞いたこともなかった……」

「だから、天香が後宮入りしたと聞いたときこう思ったのです」

 そこで玉晶はいったん言葉を切って、いたずらっぽく口を歪ませる。

「――ああ、女官として囲ったのか、と」

 さっき隠していたのは驚きではなく、このからかいを思いついたことだったのか。天香はようやくそれに気づいた。



「殿下もおひとついかがですか?」

 玉晶の言葉に、店内をゆっくりと見回してから麗瑛は口を開いた。

「対になるものはある?」

「なるほど、妃殿下とお揃いがいいと」

「察しがいいのね」

「商人ですから」

 一を聞いて十とまでは行かなくても六か七を考えなくては商人とは言えない、なんて(うそぶ)きながら、玉晶は後ろを向く。そして棚の抽斗のひとつに手を伸ばして品物を取り出した。

 天香はといえば、麗瑛とおそろいのものと聞いた瞬間から頬が赤らむのを感じている。


「これは、さる大店の工房から独立したばかりの職人の品になります」

 玉晶が差し出したのは、小さな朱色の花飾りの付いたかんざしだった。

「悪くないお品ですねえ」

 丁寧に検分していた英彩が言う。

「後宮の侍女の方に認めていただけたなら、この職人も喜びます」

「そんな職人の作をどこで仕入れたの?」

「ちょっとした伝手がありまして、本人から直接。――これが、対のもう一方で」

 もうひとつ差し出したそちらのかんざしには、小さな白い花が揺れていた。

 赤と白の花で一対、ということらしい。


 その次も髪飾りや櫛、扇などをいくつか見せてもらう。全て対になった意匠(デザイン)のもので。

「そんなに対の物を求める人が多いの?」

「んー。多くはないけれど、それなりには」

 そういうものなのか。

 そんな品物をいくつも並べて、玉晶がそれぞれ麗瑛と天香の髪や首に試しに着けて見せたりして、いくつかは買ったりしつつ。

「あとは――そうだな、あれとか」

 玉晶が何かを思い出したように席を立った。


「この間入ってきた変り種なんですけれどね」

「これは……何?」

「首輪、のような……」

 それは帯状になった薄い革で、途中に留め具がついている。

 だが動物に使う首輪のように頑丈そうにはとても見えない。

「公路渡りの首飾りですよ」

 この国の辺境から更に地の果てに伸びる、公路と呼ばれる街道を通って遥か彼方の国々と交易を行う商人を公路渡りといい、彼らが持ち込む品物も同じく公路渡りと呼ぶ。つまりこれはそんな遥か遠い国で使われている首飾りなのだ。

「なんでも向こうでは恋人同士でこういうものを贈りあったりすることもあるそうで」

 ぴったりでしょう? と玉晶は言う。

「これは……」

「さすがに……」

「ですよねー……」

 顔を見合わせて笑う三人。遠い異国ではそんな風習があるのかもしれないが、いくらなんでも自分にはできないし、そもそもこんなものを公主の首につけるわけにはいかないと天香は思う。

 ちょっと、ほんの少しだけは、悪くないかなあと思わなかったわけではないけれど、揃ってこれをつけてはダメだとさすがに感じる。



 結局、日が傾きかけるころまで玉晶の店に滞在してしまった。

 買った品物は箱に分けて入れて、天香と英彩が一つずつ持つ。護衛侍女である燕圭は手を開けておかなくてはいけないし、まさか麗瑛に持たせるわけにもいかない。英彩が二つ持とうとしたが、天香は何とかそれを説得して自分の仕事を確保した。


「これからもご贔屓にしていただければ幸いですよ。侍女の方々でもね」

「あら、いいのかしら?」

「後宮に品物を納めたとあれば、あの親父の鼻も明かしてやれますから」

 だから、と玉晶は続ける。

「量によっては後宮にお届けに上がりますわ? 割増料金なしで特別に」

「ご商売がお上手ですこと」

「結果を出さなくちゃいけませんからね」

 そのためにはどんな些細に見える売込みの機会も逃せないのだと玉晶は笑った。


「じゃね天香、また来てね」

「ええ、何かあれば是非」

「えー、何かなくても話に乗ってよ」

「私も後宮でおつとめがあるから……」

「じゃあ手紙でもいいか」

「そうね、それくらいなら」

 などと名残惜しげに話していると、

「そういえば玉晶、さん? さっきは褒めていただいたけれど――」

「はい?」

「わたしの懐って、天香のことに関しては国で一番狭いのよ?」

 天香の首に後ろから手が巻きついて、いつものように頬に唇が。

「――っ、ひ、人前ですよ殿下」

「天香? 名前は?」

「……麗瑛、さま、人前でむぐ」

 唇をふさがれた。

(卑怯だ……)


 そんな光景を前に。

「……肝に銘じておきますわ」

 玉晶は深く頭を下げた。

 ちょっと試してみただけだったんだけど、と思う。

 すぐさま対抗して口付けを見せびらかすくらいには狭いらしいね、と。




チョーカーを二人で付け合うのとかいいよねって思って書いたけれど、何度書き直してもしっくり来なかったのでこうなりました。そこだけで3日くらいずっと書き直してたとか言えない。言っちゃったけど。

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