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光のもとでⅠ 第七章 つながり  作者: 葉野りるは
本編
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08話

 コンコンコン、とドアをノックする音がし、栞さんが入ってきた。

「夕飯よ」

 言われてすぐにリビングへ移動する。

 だいぶ吐き気も治まってきたので固形物でも普通に食べられそう。

 テーブルの上にはプレートに少量のパスタがよそってあった。

「トマトのパスタっ!」

「トマトの冷製パスタ、翠葉ちゃん好きでしょう?」

「大好きですっ! 栞さん、好きっ」

 よしよし、と頭を撫でられていると、栞さんが不思議そうな顔を私の後ろに向けていた。

 栞さんの腕に絡みついたままそちらを振り返ると、司先輩が驚いた顔のまま静止していた。

「どうしたんですか……?」

「……いや、翠がそんなふうにはしゃいでるところ初めて見たから」

 ……そうだったかな。

「学校でもそれだけはしゃいでいればいいのに」

「……あまり意識していないからわからないです」

「ふーん……」

「それを言うなら、司先輩がはしゃいでいるところなんで見たことないし、それ以前に想像もできません」

「……想像しなくていいし」

 栞さんがクスクスと笑って会話に混じる。

「司くんはそういうタイプじゃないわよね。子どものころから妙に落ち着き払った子だったし……。どちらかというと無表情で喜んでいたりするわ」

 私がラグに腰を下ろすと、司先輩もその隣に腰を下ろした。結果、栞さんだけがソファ座ってパスタを食べている。

「司先輩の小さい頃ってどんなだったんですか?」

 栞さんに訊くと、

「そうねぇ……。とにかくいい子だったわ。無口だけど人に何かを言われる前に自分から行動できる子。一口で言うなら手のかからない子……? それの真逆が海斗くん。あの子は目を放せば池の中に入って鯉を捕まえようとしていたり、塀を越えてお茶会を脱走しようとしていたり――とにかく、目の放せない子だったわ」

「海斗くんらしい」

 久しぶりにお腹の底から笑った気がした。

 司先輩は小さい頃からきれいな顔をしていたんだろうな。そして、海斗くんは予想を裏切らないやんちゃさん。

 湊先生や栞さん、秋斗さんの小さい頃はどんなだっただろう。いつか、アルバムを見せてもらえたら嬉しいな。

 私の小さい頃の写真は家族写真しかない。しかも、顔が引きつっているものばかり。

 知らないうちに撮られている写真しか普通に笑っているものがない。

 写真を撮られるのは苦手だけど、あとになって見られるものだし、残せるものだからいいものなのかもしれない。

 人の歴史が残る感じ……。


 ご飯を食べ終える頃、司先輩の携帯が鳴った。

 どうやらメールだったらしく、ディスプレイをじっと見ている。

「そういえば、今日は湊先生と海斗くんは……?」

「湊は病院に行く用があるから夕飯はいらないって連絡あって、海斗くんは部活の友達と食べに行くって連絡があったわ」

 そうなんだ。湊先生や海斗くんがいないと少し静か。

 今日はまだ蒼兄も帰ってきていない。

 携帯を見たけれど連絡も入っていないし……。まだ大学にいるのかな。

 携帯を見ていると着信が入った。

「蒼兄……。もしもし?」

『出るの早かったな?』

「うん、蒼兄から連絡ないな、と思って見てたの」

『以心伝心?』

「かもしれない。まだ大学?」

『そう、今ゼミが終わって片付け始めたところなんだ。あと一時間くらいで帰れる。連絡遅くなってごめんな。栞さんにも伝えてもらえる?』

「うん、わかった。気をつけて帰ってきてね」

 携帯を切ると、そのことを栞さんに告げた。

「相変らず仲いいわね」

「はい」

 そんなやり取りをしていると、

「もし御園生さんがいなくなったらどうするの?」

 え……蒼兄がいなくなったら――?

 先輩の質問に私は戸惑う。

「……御園生さんだっていつかは結婚するだろうし、翠だって結婚するかもしれないだろ」

 そんなことは考えたことがなかった。

 時々、ちら、と頭をよぎるけど、極力考えないようにしていた。

 具合が悪いとき、側についてくれている蒼兄を見ては時間を割いてもらいすぎると思うくせに、どうしてかその先を見たくはなくて――。

 いつかは自分で自立しなくてはいけないと思っていても、明確なビジョンは見えてこない。

「そうですよね……。蒼兄が結婚しちゃったらひとりになっちゃうな」

 少し笑みを添えて答えたものの、心の中にはひどく現実的で虚しい答えが浮かぶ。

 ――本当の独り、だ……。

「……翠が先に結婚するかもしれないだろ?」

「……私は結婚はしないと思います」

「どうして?」

 栞さんに尋ねられた。

 先輩も同じような顔をしている。

「どうもこうも、結婚は……重いです。私には無理……。人の支えがないと普通に生活すらできないのに、誰かの支えになるなんて無理――無理……」

「でも、親は自分より先に老いるけど?」

 司先輩の低い静かな声は的確に核心を突いてくる。

 顔を上げると先輩の涼やかな目と視線が交わる。

「そうですよね……。いつまでも両親に頼っていられるわけでもない。だから、いつかは自立しなくちゃ……」

 不安の波に心が呑みこまれる寸前、

「はいっ、ふたりともそこまで!」

 栞さんの声に遮られた。

「翠葉ちゃん、そんなに先のことを今から考える必要もないわ。司くんも、先を見据えるのはいいことだけれど、あまり先を見すぎても良くないわ」

 栞さんはそう言ってくれるけど、これはきちんと考えなくてはいけないこと。

 今は高校に入学したばかりといえど、卒業するまでにはもう三年間を切っているのだ。

 その間に高校の先のことを考えなくてはいけない。

 私にとっての三年間という時間はひどく長いもののようにも思えるけれど、このことを考え出すと時計の秒針の音すら気になる。

 私はいったいどうするんだろう――。

 以前、湊先生にやれることを探すのではなく、やりたいことを探すんだと言われたけれど、私がやりたいことはなんだろう……。

 私は――ただ、普通に暮らしたいだけ。ただ、普通に日々を送りたいだけ……。

 常にそう考えてきた自分には、何かをやりたいという欲求が少ないのかもしれない。

「やれるか」ではなく、「やりたいこと」――。

 それを見つけるのが先決だけれど、それを見つけることがとても困難なことであるとどうして気づかなかったかな……。

 思考の迷路に囚われていると先輩から声がかかった。

「手のマッサージ、してくれるんでしょ」

 ふいに大きな手が頭に乗せられる。

「悪い……考え込ませるようなことを言った」

 思い切り首を横に振る。

「……考えなくちゃいけないことだから。実のところ、中間考査のときからずっと考えていて、でも、自分の将来が見えなくて……。考えていると怖くなって目を逸らしてしまうんです」

 それは自分の弱さだ。

「……翠、中間考査のときにそんなことを考える余裕があったのか?」

「……え?」

「……ますますもってわけがわからない。それであんな高得点を採ってくるなんて」

「だって……一度悩み始めたら止まらなくて……」

「そういう問題じゃない」

「……え?」

「自分から話題振っておいてなんだけど、あと二年半以上は考える時間がある。焦って考えなくていい」

 ぶっきらぼうに言われた。

 あ、そうか……。三年を切って二年ちょっとしかないわけではなく、まだ二年半以上はあるのだ……。

 その間に見つかるだろうか……。

 その前に、私は二年半ちょっとで卒業できるのだろうか。出席日数は足りるのだろうか……。

「しばらく考えるのやめてマッサージに専念したら?」

 先輩はずい、と手を差し出した。

「……はい。そうします」

 人のために何かできるのは嬉しい。

 その線で何かなりたいものを探せないだろうか。

 それが見つかったら一番に湊先生に相談しよう……。

 私はそんなことを考えながら、先輩の片手を丹念にマッサージした。

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