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光のもとでⅠ 第七章 つながり  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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33 Side Yui 01話

「ほら、起きろっ!」

 誰の声って……蔵元さん、だよなぁ……。

「……は?」

 なんで蔵元さんに起こされてるわけ?

 身体を起こそうとしたら、身体中が痛かった。

「痛ぇ……」

「当たり前だ。床に一晩寝たら痛くもなるだろ?」

 真顔で俺を覗き込んでいるのはやっぱり蔵元さんで……。

「ほら、蒼樹さんも起きてください」

 あんちゃんはうつ伏せのまま目を開けてきょとんとしていた。

 直後、ばっと起き上がり蔵元さんを見てびっくりしている模様。

 そして、はっとしたような顔でリィが寝ていたベッドを振り返った。

 そこにはすでにリィの姿はない。

「翠葉お嬢様はすでに登校されました」

「……おはようございます」

 あんちゃん、一連の行動と今の間は何?

「十階、静様のご自宅に朝食のご用意が整っています。身なりを整えたら上がってきてください。唯、着替えはそこに置いてある」

「あざーっす」

 リィの寝ていたベッドに洋服一式が置かれていた。

 トランクスもあることからシャワーくらい浴びてこい、ということだろうか。

 微妙な体勢で転がっていると、

「俺、先にシャワー行ってもいい?」

 さっき変な寝起きを見せた人はしっかりと覚醒したようで、動きが寝起きの人じゃなくなった。

「どうぞ」

「んじゃ行ってくる」

 あんちゃんはきちんと着替えを持って部屋を出た。

 俺なら風呂上りはバスタオル一丁だけどな、などとどうでもいいことを考えてみるも、

「あぁ、そっか……」

 さすがに年頃の女の子がいる家ではそんなことはできないか、という考えに落ち着いた。

 うちはセリが家にいることがほとんどなくて、だいたいが入院だったからあまりそういうことを考えたことがなかった。

 父さんも母さんも、仕事じゃないときはいつだって病院に行っていたし。

 家ではほとんどひとりだったから、誰に気を遣うって考えはなかったんだよね。

「家に人がいるってなんか新鮮……」

 いい加減床からは離脱……。

 さっきまであんちゃんが寝ていたベッドに寝転がる。

 さて、今日はどうしようかな。いや、どうしようじゃなくて仕事が待ってるか……。

 昨夜やらなかった分があるうえに、どんどん振られてくるであろう仕事たち。どうするもこうするもない。

 しかし、俺の頭の中はまだあまり片付いていない。

 この際、自分が異常者でもいいとして、この気持ちのやり場っていうのはどうしたらいいものか……。

 両思いでした、はい終わり――。

 いや、実際にそれ以外のルートはないし、それ以上に進展もしようがないんだけど。

 今、俺が冷静でいられていることがすでに異常なわけで……。

「あぁ、秋斗さんにも連絡しないといけないんだろうな」

 そんなことをぼーっと考えていると、ジョーズのテーマ曲が俺を呼んだ。

 この着信音は秋斗さん……。

「俺、心配されたりしてたのかな……?」

 通話に応じると、

『若槻、翠葉ちゃんはっ!?』

 通話相手は秋斗さん。だが、よく状況がわからない。

「リィなら登校したそうですが?」

『血圧はいつもとそんなに変わらないんだけど、さっきから心拍が微妙な動きしてて――』

 秋斗さんがうろたえている状態がありありと伝わってくる。

 パソコンを立ち上げると、確かに秋斗さんが言うような状態にあった。

「でも、学校ってことはこの時間教室か湊さんとこでしょ?」

『あ、そうなの? なら心配いらないかな……』

「何かあれば帰ってくるだろうし、そしたら連絡入れますよ」

『助かる……』

「で、俺、なんだかとっても冷静なんですよねぇ……」

『あ? ……あぁ、そうだな?』

「ねぇ、リィのことに気取られて俺のこと忘れてたでしょ?」

『……少しだけね』

「はいはい、少しだけ、ね。ま、蔵元さんから連絡くらいは入ってたんでしょうけど……」

『ま、そんなとこ』

「……答えは出てません。でも、きっと俺は大丈夫です」

『若槻が大変なときに側にいてやれなくて悪い』

「人は心だけでつながれると思いますか?」

『は?』

「もしそうだとしたら、絶対的に必要な人たちは、いつも俺の周りにいるんだと思います」

『なんだそれ……』

「俺が出したひとつの答え」

『そっか』

「そうです」

 通話はそれで切った。


 あんちゃんがサッパリした身なりで部屋に戻ってきて、「お先」と口にする。

「俺もサッパリしてくる」

 昨日の今日で、心にしこりはあるものの身体が軽い。身体中痛いのに、なんだか変な感じ。

 気分がハイっていうのとも少し違う。でも、この不思議な感じは癖になりそうだ。

 風呂から上がりあんちゃんと一緒に十階へ行くと、オーナーと蔵元さんがコーヒーを飲んでいた。

「簡単なブレックファーストです」

 と蔵元さんが席を立ち、あらかじめキッチンに容易してあったらしきものを運んでくる。

 毎日食べていたので見ただけでもわかる。

「ホテルブレッドじゃないですか……。これ、オーナーが買ってきたんですか?」

 オーナーがホテルブレッドを持って帰ってくる様が全く思い浮かばない……。

「湊からの留守電に、ホテルブレッドを買ってこないと殺すと入っていたからな」

 オーナーにそんなことが言える人間そうそういねぇ……。やっぱ湊さんってツワモノだと思う。

 ほかにはサラダとスクランブルエッグとコーヒー。

 食べ始めようとしたそのとき、かわいい音色、鈴のような音がした。

 これが鳴るのは二度目。リィからの着信音だ。

 でも、鳴り始めてすぐに切れた。

「……ワン切り?」

 いやいやいや……。リィがそんなことをするわけがないだろう。

 不思議に思ってかけなおしてみた。

 三コール目で通話状態になったものの、通話状態になっただけ。一向にリィの声が聞こえてこない。

 そこで自分から声をかけてみることにした。

「リィ……? どうかした?」

 リィの声は数秒してから聞こえてきた。

『……唯兄、元気? ……唯兄、今、マンション?』

 とてもとても小さな声で尋ねられる。

 しかも、どうしたことか片言チック。

「マンションだよ。十階のオーナーの部屋で朝食食べてる。あんちゃんもいるけど代わる?」

『うん……』

 明らかに不安を抱えた声だった。

 こんなときは俺じゃなくてあんちゃんのほうが落ち着くだろう。

 そう思ってあんちゃんに携帯を渡した。

「翠葉? どうした?」

 テーブルのコーヒーカップを見ていた視線が俺に移る。

「……唯のことを気にしているのか?」

 俺のこと……?

「……そんなんじゃ授業受けても意味なさそうだな。湊さんに代わって?」

 リィは何を考えて俺に連絡をしてきたんだろう……。

「今日、翠葉を早退させようと思うんですけど」

 え? リィ、さっき登校したばかりでしょ? 何? やっぱ具合悪いのっ!?

「たぶん、初めての出来事なんです。人を失うかもしれないっていう恐怖は……。だから、少しそれと向き合わせるのもいい経験になるんじゃないかと思って……」

 あんちゃんと湊さんはなんの話をしているんだろう……。

「蒼樹くん、相手は湊だろ? ちょっと代わってくれないか?」

 オーナーが手を出し、携帯をよこせって素振りをする。

「今、静さんに代わってほしいと言われたので代わりますね」

 あんちゃんは素直に携帯を渡した。

「あぁ、私だ。翠葉ちゃんが歩けるようなら私が迎えに行く。ここのところ外をのんびり歩くなんてことはしてないんでね。――かわいい子のお出迎えなら大歓迎だ。もし歩けないようなら車で行くが?」

 この人が人の出迎えに行く? しかも女子高生の?

 ホテルの従業員が聞いたら卒倒するな。

 もっとも、澤村さんや園田さんあたりはリィの重要性を認知しているから不思議には思わないんだろうけれど……。

 それにしても不思議な組み合わせだ。藤宮のナンバーツーと女子高生……。

「若槻、面白そうな顔をしているな」

 電話を切りにやり、とこちらを見るオーナーは笑みを深めた。

 超怖えええええっ。

「考えてみれば、私だって彼女くらいの娘がいてもおかしくない年だ」

 なんて言葉を残し、「迎えに行ってくる」と席を立った。

 一番呆然としていたのはあんちゃんかもしれない。

 たぶん、あんちゃんの心の声的には、「それ、俺の役目なんですが……」かな。

「蒼樹さんはまず朝食を召し上がられてください」

 蔵元さんの言葉にあんちゃんは「ぐ」と言葉を呑み込んだ。

 ……で、元を正せばなんでリィが早退することになったんだろうか。

「あんちゃん、リィ、具合悪いの?」

「いや、唯のことが心配で仕方がないみたい」

「……俺?」

 寝耳に水状態だ。俺、かなりサッパリしてるけど……。

 わけがわからないって俺の心境を察したらしく、あんちゃんが補足説明をしてくれた。

「たぶんね、翠葉は唯を失うかもしれないって、どこかで思ってるんだ。……失うっていうのはさ、いなくなっちゃうっていうことと、死んじゃうっていうことと両方」

 またなんで――あ、でもそうか……。

 オルゴールが見つかったらあとはどうでもいいって気持ちは確かにあった。

 それが原因で俺は何度となく自殺未遂を繰り返していた時期があるし、自殺願望はあったから。

 でも、そんなことはリィが知るわけなくて――。

「湊様でしょう。あの方なら当時の唯がどんな状況だったかはご存知ですし、何も知らせずお嬢様にオルゴールを唯に渡させるような真似はなさらないでしょうから」

 なるほどね……。しっかし、俺、申し訳ないほどに気持ち的には結構安定してるわけで……。なのに、あんなに不安そうな声で電話に出た。

「あんちゃん、俺、わからないんだよね。どうしてリィはそんなに俺のことを気にかけてくれるのかな」

 はっきり言って、俺たちは出逢ってからそう何日も日が経っているわけじゃないし、お互いのことをよく知っているわけでもない。

 ただ、間にセリって人間がひとり関わっていただけで、兄妹ごっこだって早い話が架空だ。

 実際に血なんてつながっていない。

 ごっこ遊びとは言わないけど、そこまで心配される間柄ではないと思う。

「翠葉は人の死に直面したことがないんだ。まだ祖父母も健在だからね。だから、感じたことのない不安を抱えたんじゃないかな? それと、そんなに深い関わりがあるわけじゃないのに……ていう部分で言うなら、翠葉にとっては唯はすでに深く関わった人間のうちに入ってるんだ。翠葉が今関わっている人は全員、翠葉にとっては失いたくない人たちに含まれる」

 その答えに少し唖然とした。

「芹香ちゃんが亡くなったっていうのも、唯と絡んで初めて知ったことなんだ。だから余計に不安を煽る」

 ……そっか、そうなんだ。

「唯は翠葉がなんでバングルをしているのか聞いてる?」

「いや、理由までは知らないけど……」

「翠葉は人に迷惑をかけることを極端に恐れている。だから、親兄妹にも身体の不調をなかなか言わない。それで倒れて病院に運ばれた回数はもう数え切れない」

「なっ――だって、リィのは放っておいたら……」

「だから、そういうことなんだ。あれをつける以外の方法が今はない。でも、翠葉からしてみたら不調を口にしないことは意識してやっていることじゃないんだ」

「自殺願望じゃないってこと? でも、やってることはまるで――」

「周りにはそう見える。でも、翠葉自身にその意識はない。周りは何度となく翠葉を失いそうになる感覚を味わっているけど、翠葉自身がそういう経験をしたことはなくて、バングルをつけるとき、周りに与えている感情を知らされた。あいつ、よほど衝撃的だったんだろうな。……だから、バングルをつけることを了承した」

「そこまでは知らなかった……」

「今回のことで翠葉は逆の立場に立っているんだ。唯を失うかも知れないっていう局面にいる。それがただ姿を消すだけのものなのか、それとも死という別れなのか。わからないから、唯の側を離れているのが怖くてたまらないんだ。酷な感情ではあるけれど、いい機会だと思う」

 唖然とした。

 俺はもしかしたらひどく酷なたとえ話をリィにしたんじゃないだろうか。

 秋斗さんがプレゼントを誰かほかの人に託したとしたら……というのは、言葉にはしなかったけれど、秋斗さんがいなくなったら、っていうのとそう変わらない。

 最初は何でもないように答えていたけれど、設定を変えて自分と同じ状況に置き換えてみたら、という話をしたら、リィの表情は凍りついた。

「帰ってきても、翠葉は薬の効力ですぐに寝ることになると思う。その間、俺はちょっと大学に行って資料を集めてくるから、その間だけでも翠葉についていてもらえないか? 仕事はしていてかまわないから」

 そういうと、自分の部屋を提供すると言い出した。リィはベッドに寝かせておけばいいだけだと。

「戻ってきたら俺が見るから」

「あんちゃん、あのさ――今日は、今日は俺がリィについてる。ついていたい。ダメ、かな……」

「え……あ、いや、全然ダメじゃないし、そのほうが翠葉も安心できると思う。でも、おまえ仕事……」

 やばい、そうだった……。仕事は溜まりに溜まってる。

「唯、安心していい。彼の作る資料は無駄がない。秋斗様があのペースで仕事をできるのは、蒼樹さんが作る資料に秘密がある。だから、彼の作ってくれる資料で仕事をすればいつもよりも早くに仕事が上がる」

 そこまで言うと、蔵元さんはあんちゃんを見てにこりと微笑む。

「乗りかかった船も同然ですよね?」

「えぇ。秋斗先輩からも話はうかがっていますし……。こんな手伝いは今に始まったことでもないので」

 朝食を食べ終え仕事の話をするために一度九階へ下りた。そして、廊下に散らばっていたはずの資料がなくなっているな、などと思っていると、赤いファイルを差し出される。

「少々杜撰だけど、ひとつは資料ファイルが上がってる」

 手渡されたファイルをパラパラと見て脱帽する。

「こりゃさ、秋斗さんが欲しがるのわかるよ」

 無駄がない資料とはこのことを言うのだろう。俺の資料集めとは根本的に質が違う。

 しかも、この状態のファイルで「少々杜撰だけど」とか言ってましたよね……。これが杜撰だったら俺の作る資料はいったいなんなんだって話だ。

「あんちゃん、やっぱりうちの会社に入ろうよ」

 大真面目に言うと、

「秋斗さんの入院が翠葉にばれると強制的にそうなるらしいよ。洒落にならん……」

「おや、そうでしたか。では、翠葉お嬢様にばらしましょうかねぇ……」

 にこやかに会話に入ってきたのは蔵元さんで、

「マジで洒落になりませんからっ!」

 あんちゃんは全力で拒否を試みた。

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