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光のもとでⅠ 第七章 つながり  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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31 Side Yui 02話

 リィからセリの話を聞くのは昔のセリを思い出させてくれて、とても新鮮で懐かしいと感じた。そして、俺が話す小さい頃の話をリィはとても嬉しそうに聞いてくれた。

 でも、話をオルゴールの話題に振られるとちょっとつらかった……。

 そりゃ、鳴りもしないオルゴールを持っていたんだ。ましてや音楽が好きなリィにとったら、なんの曲が聴けるのかはとても知りたい項目だろう。

 そうは思っても、俺はその曲名を口にすることすらできなかった。

 代わりに、ちょっとした秘密を打ち明けた。

 オルゴールにカラクリがあることと、そのオルゴールを使って手紙交換をしていたこと。

 今はそこまでしか話せない。

 リィは、どうして俺がオルゴールを開けられないのかが不思議なようだったから、たとえ話に秋斗さんと秋斗さんからもらった誕生日プレゼントを使った。

 けれど、あっさりと「開けられると思う」と言われてしまう。

 そこで、俺と同じ状況だったら、という付加を加えた。

 すると、リィの表情は固まり、「怖くて開けられない」と答えた。

 リィ、その怖いはどこからくる怖いかな? その怖いはほかの誰であっても変わらない?

 いつか、ゆっくりと考えてみるといいよ。

 俺の意識は気がつけばオルゴールへと飛んでいて、中に入っているかもしれない手紙で頭がいっぱいになった。そんなとき、リィがするりと俺の隣に座って左手を握る。

「唯兄……大丈夫だよ。お姉さんはユイちゃんが大好きだったもの。すごく大切な人って言ってたもの。たとえ手紙が入っていたとしても、唯兄が傷つくような言葉は並んでいないと思う。それにね、時間はたくさんあるよ。明日も明後日も明々後日も。一週間後も一ヵ月後も一年後も。……どうして私に託されたのかはわからない。でも、唯兄が言ったとおり、壊したくなかったんだと思う。とても大切なオルゴールだったのだと思う。だってね、傷は二ヵ所にしかついていなかったの」

 俺は、リィの「大丈夫だよ」という言葉に掬い上げられた。

 リィの言葉すべてを信じたいと思い、最後の一言にはちょっと笑った。

 リィは変だ。普通、傷の数までは数えないと思う。

 しかも、この様子だと傷の場所までしっかりと覚えていそうだ。

 なんていうか……こういうところがリィなんだろうな。

 秋斗さんが惹かれたのも今なら少しわかるかも。

 俺はリィを女として見ることはないだろう。でも、この子はとても魅力的な子だと思う。

 世間知らずかもしれない。身体が弱いかもしれない。

 それでも、それ以上のものをこの子は持っている。

 それは俺にだってわかる。

 左手を握ったまま静かに寝息を立てる女の子。

「完全に無防備なんだよなぁ……」

 こんなことが秋斗さんに知れたらぶっ飛ばされそうだ。

 俺の今後の行く末を心配しつつ、しばらくリィの寝顔を見ていた。

 あとは――あんちゃんのデスクの上。

 オルゴールとどう向き合うか、だ。

 リィやあんちゃんが言ったとおり、時間はある。

 三年も見つからなかったんだ。中身を見るのにあとどのくらいの時間を要しても大差ないと思う。けど、それじゃ俺って人間はいつまでもこのラインの先には進めないんだよね。

 きちんと向き合う必要がある。

「腹、据えるか……」

 リィ、お願いだからもう少し――もう少しだけ俺の左手を握っててくれないかな。


 二十分もリィの寝顔を見ていると、小さなノック音と共にあんちゃんが入ってきた。

「やりかけのものだけ持ってきた。今日はこれ片付けたら唯も寝ろよ? 明日からは俺がサポートにつく分、少しは楽になるはずだから」

 言うと、静かにドアを閉めて部屋を出ていった。

 俺の手はというと、まだつながれたまま。

 寝てるのに、どうしたらこんなにしっかりと掴んでいられるんだか……。

 そう思った次の瞬間、それまでの力が嘘のように抜けた。手が、放された――。

 少し汗ばんでいた手の平に、空気が触れて清涼感を感じる。それとは別に、心が心許なさを感じていた。

 エアコンが入ってはいるものの、設定温度は二十八度とさほど低くはない。

 外気温との差が開きすぎると、リィの身体が適応しきれず学校に通うのが難しくなるからだそう。

 エコとかそういうのが理由じゃないところがまたおかしい。

 世間ではエコのために設定温度を上げましょうとか言われる時代なのに。

 リィにはタオルケットがかけられていて、足元だけに夏用の軽い羽毛布団がかけられている。

 横になっているときはまだいいようだけれど、夏でも末端冷え性の症状は改善されないのだとか……。

 どれだけ気をつけて生活すればいいんだか。

 それはセリも変わらなかったな……。

 どんなに気をつけていても発作は起きるし、迫りくる死は避けられないものとして受け入れざるを得なかった。

 けれど、その迫り来る死を待たずしてこの世からいなくなってしまったわけだけど……。

 放された手で、今度は自分から握った。人の体温が恋しくて。

 セリとそう変わらない白くて華奢な手。ついセリのパーツと錯覚しそうになる。

 今、少しだけならそれも許されるだろうか。

 一年は三百六十五日で三年で千九十五日。一日は二十四時間だから、二万六千二百八十時間。でもって一時間は六十分だから――。

 だめだ、そこまで数える忍耐力は持ち合わせていない。俺の忍耐力をかんがみて三年止まりの千九十五秒。

 いや、延々と数を数えてオルゴールと向き合うのを先延ばしにしたいのは山々なんだけど、それじゃ意味がないし……。

 期限があることに意味があるのだとしたら、千九十五秒がいいところ。

 リィの手にセリを重ねつつ、目を瞑って数を数え始めた。


 暗闇の中でひたすらに数を数える。

 何も考えないように、何も思い出さないように、何も感じないように。

 ただ、淡々と数を数える。

 すでに心の中に思い入れなんてものは多すぎるほどに存在している。それらがあったままではこのオルゴールは開けられない。

 ならば、一度すべてを追い出そう。

 真っ白にできればいいけれど、残念ながら俺は黒く塗りつぶすことしかできそうにない。

 だから、目を瞑って数を数えた。

 無心――。

 今度、禅寺にでも行ってみようかな。

 あぁ、こういうことを考えた瞬間にバシって叩かれたりするんだろうな、なんて思いつつ、ひたすら数を数えた。

 ……一〇九四、一〇九五――。

 目を開け、そっとリィの手を離した。

 全く起きそうにないその寝顔を見て少しほっとする。

 オルゴールが置かれたデスクにつき、紙袋から木箱を取り出した。

 凝った細工はなく、中学生だった俺が彫刻刀で彫り、色をつけてニスを塗っただけの木箱。中にはビロード生地に似た布でそれっぽく内装を施してある。

 これを作ったときばかりは手先が器用で良かったって思ったっけか……。

 開けると、中にはしばらくぶりに見るトルコ石の鍵が入っていた。

 トルコ石の鍵とガーネットの鍵は磁気があり、プラスマイナスで引かれ合う。そうしてくっついた状態で底板の下に隠れる鍵穴に入れるのだ。

 底板を開けると、何か乾燥した花が二種類入っていた。

「なんの花……?」

 ひとつはなんとなくわかる。

 小さい花でセリが好んだものといえば金木犀しか思い浮かばないからだ。

 鼻に近づけ匂いを嗅いでみたけど、残念ながらなんの匂いもしなかった。

 もうひとつの花は検討もつかない。

 ひとつになった鍵を鍵穴に差し込むものの、次の作業――回す、という行動に移れない。

 ここで止まってどうする――。

 自分を叱咤してようやく鍵を回すと、鳴るはずのオルゴールは鳴らなかった。

 不思議に思いながら、鍵を差し込むことで開かれる最後の板を外すと、丁寧にたたみこまれた白い紙が入っていた。

 その存在に心臓が暴れだす。

 感情が及ぼす人の行動はすごいと思う。気づけば自分はデスクから少し身を引いていた。

 けれど、視線は折りたたまれた紙から離すことをできずにいる。

 色褪せてもいない紙はつい最近入れられたんじゃないか、と思わせる。

 間違いなく三年以上の月日が経っているにも関わらず、時の経過を示すものは乾燥した花のみだった。

 指先の感覚に驚き、俺は手に持った紙をまじまじと見つめる。

「俺、ちゃんと起きてるよな……」

 いつ手紙を手に取ったのか記憶にない。たぶん、自然と手が伸びたのだろうとは思うけれど、これを俺は開くのだろうか……。

 また気がついたら開いていた、とか気がついたら読み終わってた、とかそういうのはごめんだ。

 きっちりとデスクにつきなおし、手紙を広げることにした。

 宛名は「唯へ」というとてもシンプルなもので、書き出しも軽快なものだった。


 唯は元気?

 唯は今いくつ?

 唯はどうしてこの手紙を読むことができたの?

 唯は翠葉ちゃんに出逢えたの?


 最初から疑問符ばかりだ。

 思えば、「どうして?」はセリの口癖だった。

 そんなことを思い出すと、心がふわりとあたたかくなる。

 のちに続く内容など全く匂わせない書き出しだった。

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