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光のもとでⅠ 第七章 つながり  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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26 Side Soju 02話

 さて、どうしたものかな。

 とりあえず、床からは離脱、と……。

 軽く屈伸するように立ち上がり、ベッドサイドの椅子に腰掛ける。

 病室によくあるスツールではなく、背もたれ肘置きつきのきちんとした家具。

 背もたれ部分と座面にはワインレッドの布張り。フィット感文句なし。

 いい椅子使ってるな……。これどこのブランドだろう。

 部屋自体は白い壁にライトブラウンの色調でまとめられている。

 本当、ナチュラルテイストでまとめられたホテルの一室っぽい。

 照明はスポットライトが多いな。

「……そういうところ、翠葉ちゃんとそっくりな?」

 部屋の検分をしていると、意外なことに秋斗先輩から話しかけられた。

 改めて先輩を見れば、やっぱり管だらけなわけで……。

「何、オムツ男って言いたいわけ」

 やや荒っぽい口調で言われる。

 オムツっていうのはたぶんアレだ。尿カテをしているのだろう。

「いや、別にそんなこと思ってませんってば……」

「いいや、絶対に思っただろっ!?」

 だから、思ってないってば……。

 何この人、本当に秋斗先輩? 微妙にというか、非常に幼児化してないか?

「ほら、今口元緩んだし」

「いや、別の意味で笑いましたけどね。っていうか、こんなこと言ったら翠葉に怒られそうですが、翠葉だってICUに入ってたときはしてましたよ。ここは病院で先輩は病人なんですから別におかしいことじゃないでしょ」

 そんな部分にそこまで食いつかないでくれ、と言いたい。

「なので、そんなことでわがまま言って楓先輩とか湊さん困らせないでくださいよ?」

「翠葉ちゃん、やじゃなかったのかな……」

「嫌っていうか、それ以前の問題でしょ? 嫌とか言える状態じゃなければそれを選べる状況でもなかった。だから、そんなことを言ってられる先輩はまだましってことですよ」

「なるほどね……」

 そこで一度話が途切れた。

「あのさ……翠葉ちゃん、どうしてる?」

「今日、一週間ぶりに登校しました。一時間おきに保健室で休みながら、ですけどね」

「そっか……。傷は?」

 今度は俺が驚く番だった。

「なんで知ってるんだって顔?」

 秋斗先輩は言って苦笑する。

 だって、土曜日に入院したのなら、知っているはずは――ない、よな。

 湊さんから聞いた? それとも司、か?

「土曜日、病院に運び込まれて目が覚めてから、無理を言って一度マンションに戻ったんだ。もともと若槻と住居トレードする予定でいたし、仕事の書類も俺にしかわからないものが多いから。そのとき、美波さんから全部聞いた」

「……そうだったんですか」

「悪かった……。正直、こんなことになるとは全然予測できなかった」

 なんていうか、脱力だ。

「あのですね、俺、あまり人間できているつもりはないんですが、それ以前に管だらけの先輩に怒鳴れるほど無情でもないんですよね。いや、翠葉のことは非常に大切なんですが……」

 なんとも歯切れ悪い言葉たちに舌打ちしたくなる。

 でもさ、急にこんなところに連れてこられて先輩の状況知って、さらに翠葉と天秤にかけられるような相手でもないんだ。

「今、マンションに引っ越してきて良かったと思っています。これが幸倉の家だったらと思うとぞっとしますね」

 先輩は意味がわからないというような顔をした。

「幸倉の家だと俺と栞さん、時々帰ってくる両親。きっとそのくらいの人としか会わなかったでしょう。でも、今は違う。あのマンションにいれば日替わりで違う人に会うことができる。司だったり湊さんだったり楓先輩に海斗くん、クラスメイトの子たち。それらが翠葉の悩み事を緩和してくれてるんです。人と話すことで悩み事から注意を逸らせるっていうか……。だから助かっています」

「それは……?」

「確かに、擦過傷になるまでは秋斗先輩のことで頭がいっぱいだったと思います。でも、今はそこまでそのことで頭がいっぱいというわけではないんじゃないかと……。唯とも自然に、普通に話せるようになってきています。俺と唯を同等に、兄って呼ぶようになりました。相談ごともするようになりました。俺以外の人にも、悩みを相談できるようになってきているみたいです」

 それだけでも大きな変化だった。

「そっか……。俺のこと、何か話してたかな」

 気まずそうに、でも、聞かずにはいられない。そんな感じで、色男が情けない表情をして訊いてくる。

 いつもなら胸を張っている人が背を丸くして、前ばかりを見ている人が手元に視線を落として

――。

 こんなの、俺の知ってる先輩じゃないんだけどな……。

「話してました。内容は教えません。でも、翠葉は翠葉で先輩のことをきちんと考えているし、すごく真剣に悩んでいます。悩みすぎるのはあいつの悪い癖で、それがストレスに直結しているのは翠葉の問題です。そこまで先輩が背負い込む必要はありません」

 先輩は絶句して俺の顔を見ていた。

「先輩、それは年の差じゃなくて、傲慢って言うんですよ」

 俺、結構ひどいことを口にしたかも。

 でも、そういうものだと思うんだ――。

 誰が何を背負うとかじゃない。

 そんな線引きはあってないようなものなんだ。

 じゃないと、翠葉はずっとあのままだ……。

「翠葉の身体のことを考えると、余計なストレスは与えてほしくはないです。それが本音といえば本音。でも、最近気づいちゃったんですよ……。それじゃ、翠葉の世界はいつまでたっても広がらないし、翠葉自身が成長できないって……。大切すぎて囲いすぎてここまで来ちゃいましたけど、それじゃ翠葉はずっと孤独なんだろうな、って――」

 先輩を見ると、大きく見開いた目と視線が合った。

「だから、先輩は何も気負わずとっとと身体治してください。はい、翠葉の話はここまでっ。仕事の話をしましょう」

「……あぁ」

 こんな覇気のない先輩を見るのは初めてなわけだけど、なんとなくこれが見納めのような気がしなくもない。

 で、この人……なんで輸血しながら翠葉のことや仕事のことを考える余裕があるかなぁ……。

 その時点で絶対に変人決定だと思う。

 胃潰瘍って壮絶に痛いって聞くんだけど……。

 目の前にいる人間からはそれがうかがえない。

 ついつい、聞かなかったことにしようか、と思ってしまうほどだ。

 仕事に必要な資料の件を一時間ほど話すと携帯が鳴った。

「湊さん?」

 ディスプレイに表示される名前に釘付けになる。

 今度こそ翠葉に何かあったのではないか……。

 緊張は指先まで伝わる。

 震える指で通話ボタンを押すと、

『今日、蒼樹の帰り遅い?』

「……は?」

『今日の帰りは遅いのか早いのかって訊いてんのよっ』

「とりあえず、あと二時間もしたら帰れるかと思います」

 図書館で資料を少し物色してから帰るつもりだった。

『それ、なんとかならない?』

「翠葉がどうかしましたか?」

『翠葉、というよりは若槻かしらね……。若槻の探し物、妹の形見のオルゴールを翠葉が持ってたのよ』

 意味がよくわからない……。

「形見のオルゴールって……?」

 オルゴールと言われても、翠葉はたくさんオルゴールを持っているし――。

「あ……」

 曰くありげなものはひとつしかない。

 音の鳴らないオルゴールがひとつ――。

 けど、それと唯がなんだって……?

『オルゴールは栞が幸倉からこっちに持ってくる。若槻に渡すタイミングは翠葉任せだけど、正直、若槻がどういう行動に出るのかが読めない。だから、マンションに戻ってて欲しいんだけど……。私もできるだけ早くに戻るから。今、秋斗の病室でしょう? 詳細は秋斗から聞いて。私はこれから定例会議」

「わかりました」

 今日はいったいどんな厄日なんだか……。

「翠葉ちゃんどうかしたのか?」

 秋斗先輩が眉根を寄せて訊いてくる。

「翠葉が、というよりは唯が、らしいです」

「オルゴールってもしかして――」

 俺はコクリと頷いた。

「どんな因果かは知りませんが、翠葉が持っているオルゴールのひとつが唯の探しているオルゴールらしいです。で? そのオルゴールっていったいなんなんですか? 湊さんは形見だとかって言ってましたけど……」

 先輩は大きなため息をつくと、

「いったいどんな巡り合わせだよ」

 と、ぼやいた。

 そんなの、俺だって知りたい。

 唯と翠葉が出逢ったのはあまりにも偶然すぎる。

 それ以前にどんな内容なんだか……。

 唯が家族に問題を抱えているのは触りしか知らない。

 でも、唯がどんな行動に出るのかわからないという言葉には重みがあった。

 まるで、そこに命が関わるかのような重みが……。

 そんな話をさらっと話して、会議だから先輩に話を訊けって……。

 湊さん、あなたも大概変です……。

 もういいいや、藤宮の人はみんな変人なんだ、そういうことにしておこう……。

 まずは話を訊くのが先だ。


 先輩が話してくれた内容を要約するとこんな感じだ。

 家族を亡くしてから、唯がずっと探しているものがあるらしい。

 それは唯が妹に送ったオルゴールであるということ。

 けれど、遺留品の中にも遺品の中にもそのオルゴールはなかった。

 それを今でも唯は探していて、とても気にかけているというもの。

「俺が見つけたときは天使のような顔をしたハッカーだったわけだけど、俺の手元に置くようになってから、精神面の不安定さが目立ってね……。仕事をさせているときは安定してるんだけど、外に連れ出すと途端に露見する。まず、妹と同じくらいの年頃の子や背格好が似ている子を見ると錯乱する。オルゴールの音を聞くと前後不覚に陥る。茶色い四角い木製の箱を見ると必ず手を伸ばす……」

 これは本当に唯の話なんだろうか……。

 俺が普段見ている唯からは想像もできない内容だった。

「さすがに俺にはお手上げで、湊ちゃんに託したよ。で、カウンセラーをつけただけどだめだったって話は前にしただろ? ひどいときは自殺願望すらあったんだ。その頃には藤宮の病院事体がタブーってことが薄々わかっていたから、湊ちゃんの知り合いの精神科医に預けたんだけど、無理に向き合わせようとしたのが悪かったのか、若槻の自殺願望が顕著になった。あの頃は俺も蔵元も仕事どころじゃなかったな……。若槻には俺か蔵元が常についている状態だった。最終的には仕事が精神安定剤になるってことがわかって、俺の側だと接する人間が限られるうえに、俺の職場は学校だから、あらゆる年齢層と関わることができる場所、静さんのもとに置いてもらうことにした」

 そんないきさつがあったのか……。

「オルゴールはさ、若槻の一番触れたらまずい核心部分なんだ」

「……そうみたいですね。どうしてそんなものを翠葉が持ってるかなぁ……」

 頭を抱えずにはいられなかった。

「あとで湊ちゃんに頭下げないとな……。本来は俺がすべきことだけど、各方面に連絡を入れてくれたんだろうから」

 言いながら携帯に目をやると、

「栞ちゃんはともかく、蔵元に連絡を入れてさらには静さん――でも、今日じゃ無理か」

「え?」

「今日、六月十四日は静さんの産みの親、静香さんの命日なんだ。この日は決まって雲隠れだ。一族皆暗黙の了解の日」

 ……本当、今日ってどんな厄日?

「とにかく、今日はこれで帰ります。先輩、くれぐれも病院を抜け出したりしないでくださいよ? メールもらえればすぐに資料は揃えますから。……といっても、もうしばらくは唯のサポートですが」

 そう言って一度電源を切って部屋を出ようとしたら、

「蒼樹っ、俺がここにいることを知ってる人間は少ないっ。司の家族と蔵元と唯、それだけだから」

 栞さんや海斗くんにも内緒、か。

 つまりは翠葉にどうしても知られたくないってことかな。

「わかっています」


 先輩の病室を出て考える。

 唯のことも気にはなるものの、これは翠葉にとってはプレッシャーがかかりすぎじゃないだろうか……。

 不整脈の心配をしつつ駐車場へと向かっている途中、秋斗先輩から電話がかかってきた。

『蔵元がマンションのカフェフロアに待機してる。若槻には仕事を一個丸まる投げてあるみたいだから、早くても七時までは仕事をしているだろうって』

「わかりました」

 皆さん、手抜かりないことで……。

 時計を見れば六時を回っていた。

 少しだけ、少しだけ声が聞きたい。

 リダイヤルから番号を呼びだし通話ボタンを押す。

 一コール二コール三コール――。

 五コールして出なかったら切ろう。

 そう思っていると、四コール目が切れる直前で「はい」と落ち着いた声が耳に届いた。

「桃華?」

『はい、私の携帯です』

 クスクスと笑う声が耳に優しく響く。

「聞きたいと思ったときに声が聞けるのは嬉しいものだな」

『なんですか、急に……。まさか翠葉に何かありましたかっ!?』

「いや、ちょっと違う……。色んなことが一気に露見して、俺がオーバーヒート起こしているだけ」

 本当にそれだけだ……。

『蒼樹さんがオーバーヒート起こすなんて、翠葉がらみしか考えられないんですけど……』

 まぁ、確かに……。

「でも、本当。今回はとくに翠葉の体調がどうこうっていうわけじゃないんだ。桃華は何してた?」

『自室にいけるお花の水切りを済ませたところです』

「そっか……。桃華はいつなら時間が取れる?」

 次の日曜日にはドレスが必要になるから、できるだけ早くにドレスを選んで安心させてあげたい。

『そんな、蒼樹さんに合わせますっ』

 携帯の向こうで、珍しく慌てている桃華がうかがえた。

 目の前で慌てている様なんて想像できないだけに、少しもったいない気がしてくる。

「それじゃ、水曜日か木曜日。ちょっとこっちがバタバタしていて、そのどちらかになりそうなんだ」

『はい、わかりました。時間や待ち合わせ場所はどうしましょう? 直接ホテルでもかまわないのですが』

「それはまた改めて連絡する」

『はい、では連絡をお待ちしています』

「じゃ、また……」

 と、携帯の通話を切る。

「さてと、帰りますか……」

 車の中はだいぶ涼しくなっていて、外の湿度とは隔絶された空間に早変わり。

「俺には何ができるんだろうな……」

 いや、目の前に出てきたものに対処していくのみだな――。

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