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光のもとでⅠ 第七章 つながり  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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11~14 Side Momoka 01話

 海斗の案内でマンションへ入り、エレベーターに乗ると九階で降りた。

 飛鳥は久しぶりに翠葉に会えるとしきりに騒いでいるし、それをのんきな顔をして眺めている佐野。海斗はいつもと変わりなく先頭を歩いている。

 海斗はポーチを開けると、インターホンは鳴らさずに指紋認証を使って玄関のロックを解除した。

 ドアを開ければ栞さんが出迎えてくれる。

「みんないらっしゃい。まずは手洗いうがいを済ませてリビングで待っててもらっていいかしら?」

 海斗は「はいはい」と答え、私たちは「お邪魔します」と中へ入った。

 洗面所で手洗いとうがいを済ませ廊下へ出ると、玄関脇にある部屋のドアが開いていた。

 翠葉が使ってる部屋かしら……。

 佐野と飛鳥はそのままリビングへ行き、一番に手洗いうがいを済ませた海斗に声をかけられた。

「あそこが翠葉の使ってる部屋。たぶん今寝てたんだと思う」

「……起こしちゃったかしら」

「いや、薬を飲むと眠くなるみたい。この時間はもうそろそろ起きる時間。そのあたりは考えてきた」

「ならいいのだけど……」

「だいぶ身体起こせるようになったっぽいから、来週あたりには学校に出てくるんじゃないかな?」


 リビングへ向かうと、

「桃華、見てこれっ!」

 飛鳥が指差したそれはグランドピアノ。それも、ただのグランドピアノではない。

「スタインウェイ!?」

 刻印がそう語っている。

 いくらピアノの知識がなかろうと、その名を知らない人はそうそういないだろう。

 それにしても、どうしてそんなに高価なピアノがここに……?

「桃華は知らない? 静さんのお母さんがピアニストだったんだ」

「そこまでは知らなかったわ」

 ピアニストが使っていたピアノ、というのなら、これほど高価なピアノであってもおかしくはないだろう。

 そのピアノと同じフロアに翠葉の家で見たアイリッシュハープが置かれていた。

 そのふたつだけを見れば、音楽に特化した部屋に見えなくもない。

「翠葉にとったら申し分ない環境ね」

 以前、翠葉の家に行ったときに思ったことがある。

 この子には音楽が必要なのだ、と……。

 きれいに収納された楽譜はどれも使いこまれており、その冊数は目を瞠るものがあった。そして、ハープの演奏を聴いたとき、見たこともない表情をする翠葉を目の当たりにした。

 すごく自然に穏やかに笑むその姿を――。

 先日のピアノリサイタルでは、感情をすべて注ぎ込むような演奏をしていた。

 感情の向かう矛先――それが音を奏でるという行為そのものであることに気づいたのはそのときだった。

 翠葉にとって必要なツールがここにもある。それがわかると、どこかほっとした。


 栞さんがリビングに戻ってくると、

「お部屋のほうが楽みたいだから、玄関脇のお部屋に行ってもらえる?」

 その言葉にはじかれたように飛鳥が駆け出す。

「翠葉ーっっっ! 会いたかったよおおおっっっ!」

「あのバカっ、マンションで走るな」

 常識人佐野がすぐに飛鳥のあとを追う。海斗はホームグラウンドだからか、妙にのんびりと構えていた。

 三者三様すぎる状況に頭を抱えたくなる。

「騒がしくしてすみません……」

 私は栞さんに一礼してから翠葉の部屋へ向かった。

 案の定、飛鳥は翠葉に抱きついているし、翠葉は驚いた顔でフリーズしてるし……。

 飛鳥を手早く引き剥がし、

「飛鳥、相手は病人。OK?」

「うぅぅぅ……翠葉、ごめん」

「あはは、飛鳥ちゃんの充電は少し予想してたから大丈夫。想定内」

 翠葉は枕に背を預けた状態でベッドに座っていた。

 一週間前より確実に痩せている。そして、左手首には点滴のあとが見て取れた。

「思ったより元気そうで良かったよ」

 佐野の言葉に反応しそうになる。

 どこをどう見ても「元気そう」には見えないし、痩せてしまったのも明らかだ。

 佐野の目は節穴なのだろうか、とは思ったものの、本人を前には言えないわよね、と思い直す。

「ちょっと前までは貞子状態だったらしいよ」

 海斗の言葉に条件反射で睨みつける。

 それこそ女の子に向かって言う言葉ではない。すると、

「あ、翠葉が怒ったっ!?」

 飛鳥の声に、「え?」と思い、翠葉に視線を戻す。と、確かに翠葉がむくれているように見えた。

 珍しいものを見たと思いながら、実際の体調がどうなのかを訊くことにした。

「それで、身体は?」

 ベッドの近くに腰を下ろすと、

「ここ二、三日でようやく身体を起こせるようになったの。二週間は覚悟していたから意外と早いかな?」

 そう答えた翠葉は、翠葉らしい控え目な笑顔を浮かべていた。

 それを聞いた飛鳥が、

「じゃ、明日からは学校に来れるっ!?」

「湊先生の許可が下りれば、かな。もし行かれるようになったとしても、しばらくは一時間出席したら次の一時間は保健室、っていうのの繰り返しかも」

「クラスのみんな、御園生に会いたがってるよ」

 佐野が教えると、翠葉はびっくりしたように目を見開き、そのあとは嬉しそうに目を細めた。

「これ、外してもらえるかな」

 何かと思えば、タオルケットに隠れていた翠葉の手は、タオルをぐるぐると巻かれていた。

「何これ……」

 すぐに反応したのは飛鳥。私はびっくりしすぎてすぐにはアクションが返せなかった。それは佐野と海斗も同じらしい。

 こんな状態では手の自由はきかないだろう。まるで、拘束されているといっても過言ではない状態だ。

 私が左を、飛鳥が右のタオルを外しにかかった。

 タオルを外すと、白く華奢な手が現れた。が、とくだん怪我などはしていない。

「ありがとう」

「で、これの理由はなんなのかしら?」

 私が訊くと、翠葉は苦笑いを返してきた。そしてなぜか海斗を見る。

 話を振られた海斗自身も意味がわからないようで、「何」と翠葉に訊き返す。

「みんなに話したのかな」

「あぁ……どう話したらいいものかと」

 翠葉の質問に海斗は曖昧に答えた。

 私たちは翠葉が休んでいた一週間、一切連絡を取っていなかった。けれど、海斗ひとりが唯一翠葉と会っていたのだ。きっとその間に何かがあったのだろう。

「あのね、一から話し始めるとすごく長くなるのだけど、みんな時間は大丈夫?」

 翠葉は私たちの顔を心配そうに代わる代わる見る。

「……御園生、どんだけ話すことあるんだよ」

 苦笑しながら佐野が突っ込むと、

「大丈夫! みんな午前で部活終わってきているし、桃華が洋服っていうことはこのあとの予定はなし!」

 飛鳥の言葉に翠葉は私の服装に目を移した。

 今日は洋服。とくに家の用事もなければそれ以外の予定もない。

「大丈夫よ」と視線を返すと、翠葉は少し躊躇いがちに話し始めた。



「……実は、数日前に秋斗さんと付き合うことになってね――」

「ついにかっ!」

「えーーーっ!?」

 佐野と飛鳥がわかりやすい反応を見せる。

 私はというと、なんとも言えない気分だった。海斗も乾いた笑いを漏らしている。

 たぶん、海斗は私と同じような心境なのだろう。

 藤宮司の想いも知っていて、なおかつ翠葉の気持ちも秋斗先生の気持ちも知っている。

 まさか、藤宮司を不憫に思うことがあろうとは……。

 私にとっては不覚とも言える事態だ。

 でも、問題はそこじゃないわね……。

「で、どうしてコレなのよ……」

 タオルを片手に話を基軸へ戻す。

 翠葉は「うーん……」と少し唸ってから窓を指差した。

「この部屋からだと空が見えないでしょう?」

 翠葉の指差したものは部屋に唯一ある窓。

 曇りガラスの窓からは確かに空は見えない。けれども、それがなんだというのか。

 私たちの疑問が解消されていないことに気づいたのか、翠葉は次々と言葉を足し始めた。

「私、幸倉の家では空と緑が見えるのが当たり前だったから、空がどうしても見たくて……。リビングまで這っていってソファの裏側に転がって寝ていたの。そこに秋斗さんが来たのだけど、部屋にはいないしリビングを見回してもいないしで、かなり探させてしまって……。挙句、ソファの裏で寝ていて、倒れているのと勘違いされてしまって……」

「なんとなく話は見えてきたけれど、でも、コレにはつながらないんだけど……」

 要はこの部屋じゃない場所へ移動するいきさつがあったということよね?

「栞さん、午後からは予定があるから、午後は秋斗さんのおうちに預けられることになったのだけど……」

 移動先が秋斗先生の自宅、ね。心中穏やかじゃないのはなぜかしら……。

 その先がどうにもこうにも言いずらいようで、翠葉は口を噤んでしまった。すると、

「その先は俺が話すよ」

 翠葉の代わりに海斗が言葉を継いだ。

「どういう経緯かは知らないけど、秋兄が翠葉の首にキスマークを付けたんだ」

 なんですって……? 今、なんて言ったのかしら?

 途端、「きゃーっっっ! 幸せ者っ」と飛鳥が絶叫する。

 いや、そういう話でもないでしょう? それがどうしたらこの手につながるのよ……。ますますもって意味不明じゃない。

「でも、そのキスマークがどうしてこの手につながるの?」

 再度尋ねると、翠葉はまた苦笑いを返した。

 ひとつ呼吸をしてから、

「実はね、私もよくわからないの……」

「「「「はっ!?」」」」

 皆一斉に同じ言葉を口にする。

「……一番最初は、気づいたらお風呂で首をウォッシュタオルで内出血するほど擦っていたのを栞さんに止められて、二度目は寝てる間に自分で掻き毟っちゃったみたいで……」

 私はすぐに翠葉の髪の毛を持ち上げた。

「何、これ――」

 私の一言に皆が腰を上げる。

 襟足から二センチくらい下。そこら中が真っ赤に内出血していた。半透明のフィルム越しには出血した痕が見て取れる。

「だから……わからないの」

 翠葉はあからさまに困った顔をしていた。

「翠葉……俺、こんなの聞いてないよ?」

 海斗も動揺を隠せないようだ。

「うん、昨日の出来事だから……」

「嫌だったの?」

 佐野の質問に、

「実はね、それすらもわからないの。ただ……消したいとは思った。それだけしかわからないの」

 そんなのっ――。

「気持ちが追いつかなかったのね」

 もともと線の細かった翠葉を抱きしめると、さらに華奢になってしまったことがわかる。

 それだけでも切ない気持ちでいっぱいになるのに、こんな傷まで作って――。

 肩口で翠葉がすすり泣く。

「翠葉……ごめん。キスマーク付けられたからって嬉しいとは限らないよね」

 飛鳥がしゅんとした声で言うと、

「小説の中だと女の子は喜んでいるのに、どうして私は違うんだろうってずっと考えていて、でもまだ答えは出ないの……。私、今は恋愛無理なのかも……」

 その言葉を聞き終わると、私は翠葉から離れた。

「どうして?」

 口にしたのは佐野だけだったけど、そう思ったのは佐野だけじゃない。

 私も飛鳥も海斗も、この部屋にいる翠葉以外の人間は皆そう思っただろう。

「余裕がないの。今は体調を安定させて学校に通いたい。そのふたつで精一杯。それ以上は許容できそうにないの」

 佐野は「そっか」とすぐに納得したけど、私はどうしてか納得できなかった。

「それならなおのこと秋兄を頼ればいいのに。学校の送り迎えとか全部してくれると思うよ?」

「海斗くん、違うの。私、自分で通いたいの。だからここにいさせてもらってるの」

 涙に濡れる目で笑顔を作ろうとするから、余計に切なくなる。

 そんな顔でそう言われてしまったら、もう誰も何も言えない。

「あのね、四人に訊きたいことがあるのだけど……」

 翠葉がものすごく訊きづらそうに、けれどもどうしても訊きたい。そんな感じで口を開いた。

「付き合うって何? 彼氏彼女恋人って何? ただ、お話したりどこかへ一緒に出かけたり、それだけじゃだめなの? キスとか性行為とか、しなくちゃいけないものなの? みんな結婚を前提に付き合っているの?」

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