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光のもとでⅠ 第七章 つながり  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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10 Side Tsukasa 02話

 弓道場には先客がいた。

 笹野健太郎ささのけんたろう――俺と同じ二年。中学まではバスケ部所属だったのに、何を思ったのか高校から弓道を始めた男。

 この間の球技大会では全種目同じものに出ていた。実際、バスケはケンがいなければ勝てなかっただろう。

 クラスではムードメーカー的な存在で、部活でも後輩に慕われる男だ。先輩たちの受けもよく、普段は軽いのりだがここへ来ると人が変わったように神経集中に身が入る。

 神拝を済ませ、ケンの矢を射るように見ていた。

 足踏み、胴造り、弓構え、打起こし、引分け、会、離れ、残心――すべて型は悪くないのに一向に的にあたらない。

 ここへも俺が来る前から来ているくらいだ。練習量も相当なものだろう。

「あぁ、司来てたのか。声くらいかけろよなー」

 話題が的に中らなかったことにならないよう、どうしようか、といった感じだ。

「型はきれいだと思う」

「マジっ!?」

「八節を逆行する練習もしてるんだろ?」

「してる……。前に司に言われたからさ。でも、中んないんだよねー」

 ほかに何の問題が……? 重心か?

「もう一度射形見せて」

「うん、悪いけどちょっと見てよ」

 すぐに腹式呼吸に入るあたり、堂に入っているとは思う。

 左右のバランス、縦横十文字も悪くはない。一連の動作を見ていて気づいたことと言えば……。

「ケン、マッサージやってる?」

「は? やってないけど」

「ちょっと弓置いてこっちに来い」

 あれはたぶん、重心に問題がある以前の問題だ。バスケをやってきているから脚力に問題があるとは思えない。

 ケンをマットの上に座らせ、腰から足にかけての筋肉に触れる。

「……やりすぎ」

 一言漏らす、「は?」と寝とぼけた顔で訊き返される。

「腰から足にかけて筋肉が張ってる。これじゃ重心がうまく取れなくてもおかしくない。離れのとき、腰が浮いてる」

「あ、それはなんとなく気づいてた。でも、下半身は結構走りこみもしてるし――」

「だから、無暗やたらとやりすぎ。今日、放課後に整体行ってくれば? 明日には的に中るんじゃない」

 ケンは不思議そうな顔をして自分の足を手で触り始めた。

「なぁ、司って触っただけでわかるのか?」

「それっぽいことを姉さんと兄さんにやらされてる」

「じゃ、俺もっ!」

「無理」

「ケチっ! ってもしかして生徒会か何か?」

「それもある」

「なんだ、また家絡みか?」

 訊かれたことに返事はせず自分の弓を取りに立ち上がった。

 少し貧血っぽいか……?

 めったに感じることのない眩暈を感じつつ、道場を横切り立てかけてある弓に手を伸ばす。

 これを手にすると落ち着くのはいつの頃からだっただろうか――。

 秋兄が弓道を始めたのが中学のとき。つまり、俺が三、四歳の頃だ。

 紅子さんは頻繁に家を空けていて、秋兄が学校から帰ってくるのがうちであるのは当たり前のことだった。

 幸い、家は並んで建っており、どっちに帰るのにも時間、距離共に差は生じない。何か差があるとしたら、灯りが点いている家に帰ってくるか点いていない家に帰ってくるか。

 そのくらいのものだろう。

 秋兄はなんでもそつなくこなす人間だけど、意外と努力家でもある。

 部活から帰ってきても、花が咲き乱れる庭で延々と射法八節を繰り返しては逆行の練習をしていた。そして、終わりには必ずストレッチ。

 五歳くらいになったとき、一緒になってストレッチをやるようになり、見よう見まねで射法八節を覚えた。その頃を懐かしいと思う。

 姉さんと兄さん、秋兄に海斗、俺と母さん。祖母が生きていた頃は、祖母もその中にいた。

 祖母が亡くなってからは祖父が加わるようになった。そして、徐々に紅子さんが加わるようになり、秋兄が高校に上がる頃にはうちへ帰って来る回数がだいぶ減った。

 それでも、海斗は学校から帰ると当たり前のようにうちにかばんを置いて遊びに出かけていた。

 考えてみれば、大勢で過ごした時間はかけがえのないものとも言えるけど、それが秋兄や海斗にとって幸せな時間だったのかは不明だ。海斗にいたっては、母親がふたりいるのが普通だと思っていたくらいだ。

 藤宮という家は本当に煩わしい家だが、せめてこういう部分くらいは普通であってもいいと思う。

「おい……おーい!」

 ケンに声をかけられ、我に返る。

「司、的外したぞ?」

 ……俺、今何をやっていた?

 悠々と幼少のころを思い返しているうちに、日常と化している八節をそのまま行動し、矢を放っていたらしい。

「最悪――」

「おまえ、これが今年初の的外しじゃね?」

 ケンの言うとおりだった。

 今日は朝から会いたくない人間には会うは、考えたところで建設的な答えが出てくるものではないことを考えたり、本当にどうかしている……。

 気を取り直して弓を起こし、矢を持った。が、すぐに力を緩める。

「悪い、先に上がる」

 こんなに気が散っている状態でやってもなんの意味も成さない。

「司、何かあったか?」

 ケンに訊かれるも、何をどう話したらいいのかもわからない。

「いや……」

「おまえさぁ、昔っからだけど自分の中に溜め込みすぎなんだよ。たまには吐け吐け」

 ケンらしい言葉が道場に響く。

「ケンに吐いたら学校中の噂になる……」

「ひでぇ言いようだなぁ……。ま、間違いはないけどな」

 ケンはニィ、と口角を上げて笑った。

 弓を置いて道場に一礼し、戸を閉めようとしたとき、

「でもさ、本当にっ! 何かあったときは言えよな? 俺だってそんなときくらいはお口にチャックできるんだぃっ!」

 どうしてか腰に手を当てて威張って言う。

 それに軽く手を上げて答え、道場をあとにした。


「ありがとう」の一言でも言えばいいのだろう。

 けど、俺という人間は気を許せば許すほどにそういうことを口にしなくなるらしい。

 ケンといつから話すようになったかと訊かれたら、俺は間違いなく高等部に上がってからと答える。

 ケンが弓道部に入ってこなければ、こんなふうに話すこともなかったはずだ。

 朝陽とも中等部で生徒会が一緒にならなければ言葉を交わす仲ではなかった。

 ふたりとは幼稚舎から一緒だが、これといった会話をした記憶はない。

 ただ、ふたりは三人で写っている写真を持ち出しては幼馴染だと豪語する。

 同じクラスになったことがある――たったそれだけで幼馴染というふたりが理解できない。

 そんな理由ならば、幼稚舎が一緒だった人間は皆幼馴染という枠に入るのではないだろうか。

 冗談じゃない……。

 けれども、このふたりはクラスが変わっても声をかけてくる人間だった。

 高等部に上がってから、同じクラスになった友達だとケンに紹介されたのが優太だ。

 だから何、と思った記憶なら今でもある。

 そのニヵ月後、優太とは生徒会で関わることになった。今では生徒会のほか、クラスも同じだ。

 わからないものだな……。人の出逢いやつながりなんて。

 翠だってそうだ。翠が留年しなければ、藤宮に来ることはなく俺たちが出逢うことはなかったのかもしれない。

 もし藤宮に入学したとしても、俺と翠が同じ学校で同学年だったとしても、こうやって話すことなどなかったかもしれない。

 それは翠と秋兄も同じく――。

「もし」という言葉は好きじゃない。けれど、それを考えた途端に周りにあるものすべてが当たり前ではなくなる。

 当たり前とは、「普通」に「当然」に「自然」にあってしかるべきこと。ならば、その逆は「奇跡」か……?

 ……奇跡なんて言葉を俺が思いつくなんてな。それこそあり得ない。あるとすれば偶然か必然か……。

 考え出せばきりがない。

 けど、俺は間違いなく「今」のこの「時間」や「境遇」を大切にしたいと思っている。

 思っている、というよりは、願っている――。

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