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光のもとでⅠ 第七章 つながり  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
39/62

01~04 Side Tsukasa 04話

 あのあと、少し翠の勉強を見て、血圧が下がってきたところを見計らって切り上げた。

 それにしても海斗のやつ……。

 相変わらず読解不能なノートの取り具合だ。いくら速読速記が備わっているからとはいえ、人に見せるノートにあれはないだろう。

 ゲストルームを出ると、隣のポーチに明かりがついていた。

「くあぁ~……今日は楓くん家にいるんだ?」

 さっきまで寝ていた海斗が大あくびをしながら言う。

「そうらしい」

 姉さんはカレンダーに大まかなスケジュールを書いているため、だいたいの行動が読めるけど、兄さんに関してはノータッチだ。

 基本、ポーチに灯りがついているかついていないかで在宅と不在を判別する程度。

 ここにいなければ藤山の家か病院だろうから、連絡がつかないこともなければ困ることもない。

 海斗と十階で別れ姉さんの家に入ると、時刻は九時前だった。

「コーヒー淹れて……勉強するか」

 携帯を見れば発熱した翠の体温が表示されている。

 血圧が低いといえば低いものの、翠の通常値からすればさほど悪い数値ではない。

 熱もしばらく見ていて上がらないようであれば、これ以上上がることはないだろう。

 そんなことを思いながらキッチンへ向かい、コーヒーメーカーをセットした。

 ふと思い出しすのは翠の身体。

 妙に力が入っていた。

 あくまでも普通に振舞っていはいたが、気がつけばシャーペンを握る手に必要以上の力が入っていたり、その右腕を抑える左手にも過分な力が入っていた。

 指先が白くうっ血するほどの力なのだから、相当だろう。

 間違いなく、過緊張状態にあった。

「……身体に力を入れすぎた状態はあまり良くないんだけどな」


 コーヒーをカップに注いでいると、カウンターに置かれた卓上カレンダーが目に入った。

 今日は救急のヘルプ……ということは、明日は間違いなく姉さんのマッサージをやらされるのだろう。

 救急にヘルプで入った翌日は毎回のことだった。

 たまには俺のマッサージをしてほしいと思わなくもない。でも、あの姉がしてくれるとは露ほどにも期待しない。頼るなら兄さんかな。

 兄さんの専門は麻酔科。手術室勤務でない限りは外来で神経ブロックなどの治療をしている。

 神経を扱う分野ということもあり、以前から東洋医学におけるツボも勉強している。

 俺がマッサージをする際にはそのあたりの知識を教えてくれていた。

 おかげで気脈経路にはかなり詳しくなったと思う。

 今度はその手の本を読んでみようか……。兄さんに言えば何かしら本を出してくれるだろう。

 コーヒーを持って自室へ戻り、再度翠のバイタルに目をやる。

 なんら変化のない数値に安堵する。

 携帯はあってもなくてもさほど困らない。ただ、こんな機能が備わってしまうと手放せなくなりそうだ。

 秋兄が片時も携帯を話さない理由はほかにもあるだろう。けれど、今はこの機能がついているから、と言っても過言ではないと思う。

 そう思えば俺も秋兄も、御園生さんとなんら変わりはないわけで……。

 気を取り直してルーズリーフを取り出す。

 さっき見た分だと、翠は授業に出ていなくても教科書とノートさえあればなんとかなりそうな感じだった。

 出席日数はネックになるが、テストに響きそうなものはないように思える。古典と英語、世界史さえカバーできればいい。

 そこまで考えてため息をつく。

「これの逆が海斗だ……」

 ふたりとも足して二で割るとちょうどいい気がする。

 どうせ教えるなら苦手科目がかぶってるほうが楽なんだが……。

 海斗には俺が使っていた問題集からピックアップしたものを解かせればいい。

 翠には要点と見落としがちな部分を織り交ぜた問題集で対応できるだろうか。

 必要事項を紙にメモり、パソコンのソフトを立ち上げた。

 翠と海斗のテスト問題を作り始めて二時間半がたち、ふと携帯に目をやった。

 携帯はすでに日付が変わったことを伝えており、その下にはあり得ない数値が並んでいた。

「百二十四の八十八って何……」

 俺は携帯を手に姉さんの家を飛び出した。

 エレベーターの到着を待つのももどかしく、階段で九階へ下りる。

 表通路から御園生さんの部屋に電気が点いているのは確認ができた。

 御園生さんが起きているなら、鍵は指紋認証と暗証番号で開くはず。

 しかし、なぜ翠の部屋には電気が点いていないのだろうか……。

 疑問に思いながら、玄関のドアを開けるとすぐに翠の部屋のドアを開けた。

 そこには、ベッドの上で蹲っている翠がいた。

 すぐさまベッドに近寄り声をかける。

「翠、どこが痛い?」

「頭……」

 翠は涙を流しながら答えた。

「すぐに兄さんを呼ぶから」

 兄さんに電話をかけると二コールで出た。

『こんな時間にどうした?』

「俺、今ゲストルームにいるんだけど、翠を診てほしい。頭が痛いって泣いてる」

『わかった、すぐに行く』

 携帯を切り、翠に声をかける。

「大丈夫だから。兄さんがすぐに来る」

 翠は目を瞑ったままボロボロと涙を流す。

 眼精疲労と同じようなものだろうか。

 俺も頭が痛くなると目を開けられなくなる。そんなときはちょっとした光ですら脅威になり得る。

 思い立って翠の目に手をかざす。

 御園生さんがここにいないことを考えると、部屋で寝ているのかもしれない。

 呼びにいったほうがいいのだろう。けれども、兄さんが来るまでは側についていたい。

 表通路に人が通る気配がすると、すぐに玄関が開いた。

 兄さんが入ってくると、その音で目が覚めたのか、遅れて御園生さんもやってきた。

「翠葉ちゃん、頭はどんなふうに痛い?」

 兄さんが訊くと、翠は途切れ途切れに答えた。

「締め付けられるみたい。……すごく痛い。目、開けられない。光も痛い」

 ここ最近の翠の生活を考えれば眼精疲労はあり得ないだろう。だとしたら、考えられるのは片頭痛……。

「わかった。少しうつ伏せになれるかな?」

 翠が体勢を変えると、兄さんは触診を始めた。

 身体に触れて少しすると、

「力抜けるかな?」

 兄さんが声をかけても状態は変わることはないようだ。

「司、姉さんの家に輸液と筋弛緩剤のアンプルある?」

「輸液と点滴セット一式はある。筋弛緩剤は見てみないとわからない」

「じゃ、そっちは俺が行くから司は翠葉ちゃんの首元のマッサージ頼める? それからアイスノンは取って」

「了解」

「蒼樹くんは蒸しタオル作って翠葉ちゃんの目に乗せてあげて」

 指示を出すと、兄さんはすぐに部屋を出ていった。

「翠、首元――マッサージするから触れる」

 首といえば、つい数時間前のやり取りがある。

 不用意に触れていいものかは躊躇われた。が、そんなことを気にしていられないくらいにひどい頭痛らしく、翠はコクリと頷いた。

 首筋の筋肉に触れると、あり得ないほど張っていた。

「どうしたらこんな硬くなるんだか……」

 零しつつ、凝りをほぐそうと力を入れると、

「痛いっっっ」

「少し我慢しろ」

 これだけ張っていれば痛くもなるだろう。でも、これをほぐさないことにはどうにもならない。

 筋弛緩剤を入れたとしてもそれが効くのは一時のことだ。

 あまり力を入れて揉んでも苦痛なだけか……。

 少し力を緩め、痛がる寸でのところでやめる。何度か繰り返すうちに、ようやく加減がわかってきた。

 マッサージで大切なのはツボはもちろんのこと、力加減にも重きを置く。

 人によって肉や筋肉の付き方は異なる。それによって力の加減を変える。

 それは兄さんと姉さんの違いでわかってはいたけれど、翠は姉さんよりはるかに筋肉がついていないし肉も薄い。

 力加減には最大の注意を要す。

 兄さんが戻ってくると、すぐに場所を譲った。

 うつ伏せになっていた翠も仰向けになる。

「翠葉ちゃん、点滴を入れるのにどうしても電気を点けなくちゃいけない。蒸しタオルを目の上に置くから少しの間電気点けさせてね」

 確認したうえで、御園生さんが手にしていた蒸しタオルを顔に乗せた。

 点滴の準備をしている兄さんが、

「司、どんな具合?」

「あり得ないほど硬い」

「やっぱりねぇ……。今から点滴で筋弛緩剤って筋肉を弛緩させる薬を入れるから、五分から十分くらいで楽になると思う。もう少しの我慢だからね」

 翠に声をかけると消毒を始めた。

 兄さんが何気なく手にした消毒薬に目を瞠る。

 ヘキシジン……? 消毒にアルコールも使えないのか?

 ――そういえば先日、栞さんがアルコール負耐症と言っていたか……。

 血管に針が入り、ラインを紙テープで固定すると、兄さんは腕時計を見ながら滴下速度を調整する。

 この速度なら二時間半ってところだろう。

 処置が終わるとすぐに照明を消した。

 兄さんが振り返り、

「司、頭のマッサージしてあげて」

 無言で頷くと、翠の頭が右に傾く。

 即ち、「どうして先輩?」というところだろうか。

 それに気づいた兄さんが説明を加えた。

「翠葉ちゃん、司は俺と姉さんのマッサージをやらされているからポイントは心得ているし、割と腕はいいと思うよ」

「……必然と上達するくらいには注文が多かった、の間違いじゃなくて?」

 注文が多いのは主に姉さんだけど……。

 翠の脇に腰を下ろし、こめかみのあたりから徐々に指圧を加える。と、

「気持ち、いい……」

 呟くような声が聞こえた。

「それは何より……」

 もっとほかに答えようがあるだろう。でも、俺には思いつかない……。

 人間関係において、どうしてこんなにも不器用なのか。

 どんなことでもそつなくこなす自信はある。それに、相手が翠でなければこんなに悩むこともないのに――。

 悩んでいるのは、本当は違うことを伝えたいと思っているからなのだろうか……。

 翠が絡むと自分の感情と向き合う羽目になることが多い。多すぎる――。

「痛み……引いてきたみたいです」

 点滴を始めて十分くらいで翠が口にした。

 俺はマッサージをやめて兄さんに場所を譲る。と、

「そう。良かった……でもね、長くはもたないんだ」

 兄さんは申し訳なさそうに口にした。

 通常、薬がどのくらいもつかなんて患者には話さない。けれど、あえて話すのには理由があるのだろう。

「翠葉ちゃんも知っている言葉でいうなら、これは対症療法に過ぎない。一時的に痛みが和らいでもまた痛くなる可能性はある。そしたら、普段翠葉ちゃんが使っている筋弛緩剤を飲めば今くらいには楽になる」

「……痛みが起きなくなるのには何か方法はないんですか?」

「そうだな……今の所見からなら肩や頭のコリをほぐせば頭痛の回数は抑えられるかもしれない。ほら、入院中にストレッチ教えてあげたでしょう? あぁいうの、今できてるかな?」

「いえ……」

「そうだよね。身体起こすのも難しいって聞いてたし……。あぁいうストレッチを定期的にして肩回りや首回りをほぐしてあげるのが一番かな。あとは今司がやったようなマッサージを受けてコリをほぐす方法もある。ほかには予防的に薬を服用する方法もあるけれど、今の投薬量に増やすのはちょっと気が引けるかな……。頭痛が頻繁に起こるわけじゃないなら少し様子を見よう?」

 自分の名前が出てようやく口を開く。

「俺でよければ部活から帰ってきたあとにやるけど?」

「司先輩……。でも、勉強や読書の時間――」

「三十分や一時間くらい問題ない」

「でも……」

 翠は戸惑った表情で御園生さんを見た。指示を仰ぐような、そんな目。

 困ると御園生さんを見るのは翠の癖なのだろう。

「甘えたら?」

 御園生さんの言葉を聞いて、翠は再度俺を見た。

「翠が決めていい」

「さっきも言ったけど、司の腕は保証するよ?」

 兄さんの受け売りに、

「本当に……いいんですか?」

 不安そうに訊いてくる。

「問題ない」

「……お言葉に甘えます。お願いします」

「了解」

「それからっ……具合悪いの、気づいてくれてありがとう」

「それ、俺からも感謝」

 翠と御園生さんふたりにお礼を言われた。

 でも、そういうのにも慣れてない……。

 素直に言葉を受け取れない。結果――。

「いや……ただ何時か確認するのに携帯見たら血圧の数値が高かったから」

 そんなふうにしか答えられない自分がいる。そんな自分にも苛立ちを覚えていた。

「さ、もういい時間だ。蒼樹くんと司は休んで?」

「翠の点滴は?」

「俺、明日夜勤だから点滴が終わるまでついてるよ。……翠葉ちゃん、余計なこと考えてない?」

 兄さんが翠の顔を覗き込むと、翠は少し表情を和らげた。

「翠葉ちゃんも休もう?」

「……はい」

「よし、いい子だ」

 御園生さんと同じ――兄さんも翠に警戒されずに近づける人間……?

 そんなことが頭をよぎった。


 姉さんの家に戻ってきてもなお、翠のことが頭から離れなかった。

 きっと始めは御園生さんに助けを求めたのだろう。けれども、御園生さんは寝ていて気づかなかった。

 御園生さんらしくはないけれど、この人も疲れていたのかもしれない。

 俺が気づけて良かったけど、あんなに泣くほどの頭痛をいったいどれくらいの間我慢していたのだろうか。

 そんなことが気になる。

 それと、兄さんに見せる顔――。

 あんな表情は御園生さんに向けたところしか見たことがない。

 少し癪だけど、これは兄さんが医者として翠に接してきた時間がものを言うのだろう。

 その人間と自分を比べるのは違う……。

 ――早く医者になりたい。

 翠の助けになれるよう、少しでも翠に必要だと思ってもらえる人間になりたい。

 どうして俺は十七歳なのか……。

 ――否、問題はそこじゃない。そんなことは問題じゃない。

 今の俺にだって何かできることはあるはずで、翠にかける言葉ひとつとっても未熟としか言いようがない。

 どうしたらこんな自分を変えることができるだろう。

 自分の内へ内へと向かう思考を繰り返していると、携帯が鳴った。



件名 :まだ起きてる?

本文 :今日何があった?

    翠葉ちゃんのこの緊張具合、

    ちょっと普通じゃないんだけど。



 あったとしたら、秋兄の件以外には何もないだろう。

 一番ネックになったのはキスマークだと思うけど……。

 ほかにも怒らせた要因を気にしていたとすれば、秋兄がゲストルームを出ていってからずっと気にしていたのかもしれない。

 夕飯のとき、あえて誰もその話題には触れなかったし、翠も普通に振舞ってはいた。

 でも、時折見せる力の入り具合を見ていると、あくまでも普通に振舞っていただけなのだろう。



件名 :起きてる

本文 :俺が知ってることは少ない。

    秋兄がキスマークをつけたことくらいしか

    知らない。

    翠にはすごく衝撃的な出来事だったらしい。

    それ以外にも気になることはあったみたい

    だけど……。

    勉強を見ているときも身体に無駄な力が入ってた。

    あとは夕方から発熱してる。

    (三十七度六分 アイスノンで経過観察、薬の服用はなし)

    翠の携帯を見ればバイタルが表示される。



 兄さんとのやり取りはそれだけで終わった。

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