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光のもとでⅠ 第七章 つながり  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
36/62

01~04 Side Tsukasa 01話

 玄関でドアレバーを引く音が何度かした。それは途切れることなく続く。

 翠と御園生さんが不思議そうな顔をしてはいるものの、俺と栞さんはドアの外に誰がいるのか予想がついていたと思う。

「俺が出ます」

 御園生さんが立ち上がると栞さんもそれに続く。

「翠葉ちゃん、大丈夫よ。このマンション、変な人は入ってこれないから」

 翠はというと、未だ続くガチャガチャという音に耳を傾けたままだった。

「びっくりすると泣き止むんだ?」

「あ……えと、ごめんなさい……?」

「別に謝らなくてもいいけど……」

 ただ――。

「あまり無理はしてもらいたくない」

「なんだか……全部が無理なことに思えてきてどうしたらいいのか……」

 翠は色んなことを背負いこみすぎだと思う。間違いなく超過ならぬ積載オーバー。

 普通、自分に背負える積載量くらいは心得ているものだと思うけど、翠においては定かではない。

 翠は無理に笑おうと表情を繕った。

 ……そんなこと、しなくていいのに。

 そのとき、玄関から栞さんの声が聞こえてきた。

「美鳥さん、またやっちゃったのね」

「あー……そのようだ。申し訳ない」

 ハスキーな声の持ち主――対馬美鳥、ゲストルームの階下の住人だ。

「ずいぶんとお疲れみたいですね?」

「バカ兄貴たちが急に海外へ行くとか言い出すからだっ! こっちは締め切り前だというのにっ」

「もしよかったら、今日、うちでご飯を食べていきませんか? 食材が余ってるの」

「……栞くんが天使に見える……」

「あああ、ちょっとっ! ここで寝ないでくださいっ! 蒼くん、美鳥さんを奥に運んでもらってもいいかしら?」

「……了解です」

 美鳥さんが間違えてゲストルームのドアを開けようとするのはそう珍しいことではない。

 ドアの前を御園生さんが通り過ぎたとき、翠は目を見開いて抱えられている人間を見ていた。

「対馬美鳥さん、美しい鳥って書いてミトリ。この部屋の真下、八階の住人」

 そう伝えると、翠はなんとなく状況を察したようだ。

「ロッククライマーで物書き業をしている人」

 自分が持つ情報を追加すると、翠は俺を凝視していた。

 即ち、組み合わせがおかしいとでも思ったのだろう。

 口で説明するよりも現物を見せたほうが早いかもしれない。

「翠、少し立てる?」

「……あ、たぶん?」

「手を貸すから少し立って」

 いつもと同じようにゆっくりとした動作で立ち上がる。十二分に時間をかけて。

 でも、やっぱりだめなんだな……。

 立った瞬間、手に力がこめられた。

「せ――」

「いいから。それ、毎回言わなくてもいい。視界がクリアになったら声かけて」

 もう何度もこんなやり取りをした。そのたびに同じことを言わせるな……。

「視界クリアです」

「じゃ、こっち」

 窓際へ移動し、目の前の窓を開ける。

 外は生憎の雨降りで視界良好とは言えない。が、ライトアップされている部分は問題なく見える。

「……何を見ればいいのでしょう?」

「少し見づらいけど、駐車場の壁面が見えるだろ? あそこ、クライミングができるように作られてるんだ。だから傾斜が違う」

 指で指し示すと、翠は目を細めて駐車場の壁を注視した。

 もともとは普通の壁面だった。単なる箱といえなくもない壁面でクライミングができるようにしてくれと要望が出されたのはいつのことだったか……。

 確か、美鳥さんのご主人が存命中だったはず。

 費用の一切を対馬家が負担し、それが実現された。

「あれ、美鳥さんの要望で作られたらしい」

 ポカンと口を開けていた翠が首を傾げ、

「……なんだかすごい人なのね?」

 見せるものは見せたので、そのまま翠をベッドへと誘導した。

「年は姉さんや栞さんのひとつ上。言えることは独特な世界観を持った人」

 そこへ御園生さんが戻ってきた。

「女性であの筋肉、俺負けたかも」

 それはそうだろう。あの人は日々身体を鍛えているのだらから。

 このマンションで見かける率が一番高いのはトレーニングルームだ。次に駐車場の壁面。駐車場ではなく、あくまでも壁面。

 マンションの通路や一階のカフェラウンジで見かけるほうがよほど珍しい。

「翠葉は落ち着いたのか?」

 翠は苦笑しながら答える。

「少し落ち着いた、というよりは中断しただけかな。もう、頭がおかしくなりそう……」

 いや、それは勘弁してほしい。

「……すでにおかしいから、それ以上おかしくなるのはやめてほしいんだけど」

 真面目にお願いをすると、

「……それは嫌みですか?」

「いや、真面目に」

 冗談なわけがない。むしろ、これ以上おかしくなるというほうを冗談だと言ってほしい。

 これ以上おかしな思考回路を披露されても、自分に読み解ける気が一切しない。

 玄関で新たな音がすると、

「ただいまー!」

 海斗が大声をあげて帰ってきた。

「栞ちゃんっ、今日のご飯何っ?」

「おかえりなさい。今日はハンバーグよ」

「やりっ!」  海斗は跳んだ勢いで部屋に入ってきた。

 入ってくるなり、

「翠葉無事っ!?」

「え……?」

「……おまえ、その顔泣いてただろ? 何があった? 秋兄の仕業っ!?」

 海斗が手洗いうがいも済ませずに翠に近づこうとした。

「海斗ストップ……」

「あの、えと……その、キャパシティオーバー……かな」

 先に手洗いうがいを済ませてこい、そう言おうとしたら、

「襲われたりしなかったっ!?」

 少しは言葉を選べ――そう思いつつも俺は翠の反応を気にする。

 実のところ、俺もそれが気になってここへ来たのだから。

 翠は小さく口を開けフリーズしていた。

「……実際のところ、どうだったの?」

 海斗を押さえながら訊くと、翠はパタリと布団へ突っ伏した。

 そんな翠を見たからだろうか。

 言い出した海斗が強引に腕を首に回し、

「司……こういうことはデリケートな問題だからさぁ、やっぱ言えないと思うんだよねぇ……」

 などと言う。

 そのまま突っ伏している翠を苦笑で見つめていた御園生さんが、何かに気づき手を伸ばした。

「翠葉、首どうした?」

 御園生さんが髪を一房手にとると、首に赤い痣のようなものが見えた。

 俺たちの視線が翠の首に集ると、

「「キスマークっっっ!?」」

 御園生さんと海斗が声を揃えた。

 俺は声を発することもできなかった。

 息を呑むとはこういうことを言うのかもしれない。

 うなじにキスマーク――こんなことをするのは秋兄しかいないだろう。

「やだっ、見ないでっ。みんな部屋から出ていってっっっ」

 首を押さえてベッドの上で蹲る翠の声は、絶叫に近いものがあった。

「……悪い、ふたりとも先に出ててもらえる?」

 御園生さんに言われて、俺と海斗は部屋を出た。

 後ろ手にドアを閉めるも、自分が呼吸をできているのかすらわからなかった。

「秋兄……最後まではしてないよな?」

 海斗がなんとも言えない表情で訊いてきたけど、訊かれても困る。

 むしろ、そんなことは訊いてくれるな――。

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