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光のもとでⅠ 第七章 つながり  作者: 葉野りるは
本編
35/62

35話

「……唯兄?」

「ん?」

 背中合わせに座っているからか、言葉を口にすると背中から振動が伝わる。

「唯兄はお姉さんのことが好きだった?」

「……好きだったよ。世界で一番愛してた。いや……今も、かな」

「……それはちゃんと恋愛の意味で?」

「そう……ひとりの女の子として好きだった。妹だったけど、恋愛対象だった」

 私はその言葉に安堵する。

「……気持ち悪い? 引いた?」

 唯兄の声が少し震えているのがわかる。

「ううん、良かったな、って思ったの。それから、唯兄がお姉さんを好きなら教えてあげる」

「え……?」

「背中合わせ、やめてもいい?」

 唯兄の顔を覗き込むと、ひどく気まずそうに了承してくれた。

 どこか戸惑っている唯兄と横並びになってお話をする。

 手紙に書かれているお花の名前たち。それは私にはとても馴染みのあるものだった。

「金木犀は初恋、ハナミズキは私の想いを受け止めて、チューリップは永遠の愛、ストックは永遠の恋、セージは健康や長寿、家庭の徳。クローバーは私を思い出して、ワスレナグサは私を忘れないで、紫苑はあなたを忘れない、都忘れはまた会う日まで、カモミールは苦難に耐えてあなたを癒す。……花言葉、どれも私がお姉さんに教えてもらったものだよ。きっと、唯兄へのメッセージだと思う」

「花、言葉……?」

「うん。中でもお姉さんが好きだったのは金木犀とカモミール。病院の敷地内に咲いてるお花って言ってた」

「――リィ、見てもらいたいものがあるっ」

 唯兄はリビングから出ていくと、一分と経たないうちに戻ってきた。

 そして差し出されたのはオルゴールだった。

「この中に花が入ってて、ひとつは金木犀だと思うんだけど、もうひとつがわからなくて……」

 板をひとつ外すと木がむき出しになっているスペースに二種類のドライフラワーが入っていた。

「……金木犀とカモミール」

「もうひとつはカモミールだったんだ……」

 唯兄は嬉しそうに笑った。そして、はっとしたように私を見て、

「俺のこと気持ち悪くないっ!?」

「……どうして?」

「だって、セリと俺って血のつながった兄妹だし――」

「……でも、人を好きになるのは簡単なことで難しいでしょう?」

「……え?」

 訊き返されて、自分が何を言いたかったのか少し悩んだ。

「……つまり、誰かを選んで好きになることもあるのかもしれないけれど、私にはきっとそういうのは無理で、たぶん気づいたら好きになってるって感じだと思うの。だから……相手が誰かは好きになってみないとわからないし……えぇと……だから、しょうがない……かな?」

 唯兄は絶句したまま私を見ていた。

「……どうして黙るの? 私、何か間違ってる?」

 こんな唯兄を見てしまうと、自分が口にしたことに自信が持てなくなる。

「間違ってるっていうか……一般論から外れてる」

 一般論――それはなんとなく苦手な言葉だ。

「唯兄、持論を展開してもよろしいでしょうか」

「ぜひとも聞かせていただきたい」

「一般論がすべてだったら、自分だけの特別はなかなか見つけられないと思う。自分にとっての特別は、私は自分で決めたい。……私は『一般的』とか『普通』と呼ばれるものからは外れてると思うの。だって、私みたいな体調の人には今まで出逢ったことがないもの……。そう考えるとね、私は世間一般に混ざるのはとても難しいの」

 健康な同級生の中に混ざることができないのは粗方理解している。

 今の高校では友達がいるけれど、私は到底その人たちの基準値には満たない分野がある。

 だとしたら、自分の基準値を見つけるしかなくて、そこをプラスマイナスゼロ値にするしかない。

 人とは比べられない。比べたら、私は卑屈になる。

「価値観は、ひとりひとり違ってもいいと思わない?」

 ある意味、自分に言い聞かせるように口にした。

 隣にいる唯兄を見ると、目を見開いて私を見ている唯兄の顔があった。

「一般論に左右されなくてもいいと思う。じゃないと私は困る……」

「でもさ、倫理的な問題として――」

「倫理、かぁ……。みんなが無秩序になったら困ることはたくさんあると思うの。でも、唯兄とお姉さんくらい、だめかな? そこだけ目を瞑っちゃうのはどうだろう?」

 唯兄は黙ったままだった。

「唯兄がお姉さんのお見舞いに行けなくなったのはそういう理由から?」

 だとしたら悲しいね……。

 お姉さんはあんなにも会いたがっていたのに。

 実際にはお見舞いに来てくれているのを知っていたみたいだけれど、それでも、きっと起きているときに来てくれて、もっとたくさんお話がしたかっただろうな……。

「……リィが困るような内容の話をしてもいい?」

 そう切り出した唯兄はこんな話をした。

「俺さ、理性の歯止めが利かなくなりそうだったんだ。眠っているときはキスですんでた。でも、もし気持ちを打ち明けたり、想いが通ってしまうことがあったら、セリを抱かずにはいられなかったと思う。でも、セリは重篤な心疾患で入院してて、余命いくばくって言われてて、そんなことをしようものなら発作を起こしたと思う。だから、行けなかった……」

 確かに困る内容だ。どうしよう……。

「……唯兄、お姉さんに会いに行こう」

「え?」

「お墓参りに行こう? お盆には迎え火をして来てもらおう?」

 私にはこんなことしか言えない。

「……お墓ないんだけど。因みに迎え火って何……?」

 今度は私が絶句する番だった。

「唯兄、もしかしてまだ骨壷が手元にあるの?」

「うん。ホテルの金庫の中」

 どうして金庫の中なのかな……。

 不思議に思いつつ、もうひとつの疑問を口にする。

「お墓ってどうやって作るんだろう……」

「……蔵元さんかオーナーにでも訊いてみる。そうだよね、まずはお墓作らなくちゃ……」

「迎え火っていうのはお盆のときにご先祖様や亡くなった方をおうちに呼ぶ儀式みたいなもの。ちゃんと送り火って言って、また天国に戻るためのお見送りの儀式もあるの」

「へぇ……知らなかった。あとで調べてみよう」

 なんとなく、困った内容からは話が逸らせてほっとした。

「リィ、オルゴール聞きたい?」

 いたずらっ子みたいな顔で訊かれる。

「聞きたいっ!」

「この鍵をね、こうやって合わせてひとつにして……この鍵穴に入れる。で、回すっと」

 唯兄は目の前でやって見せてくれた。

 鳴り出した音楽はリストの「愛の夢」だった。

 フローリングの床が響板の役割を担い、澄んだ音が大きく響く。

「今まで俺が持っていたこっちの鍵、リィが持ってて?」

 差し出されたのは赤い石がはめ込まれた鍵。

「……いいの?」

「きっとセリもそれを望んでると思う」

 そう言ってにこりと笑った。

「俺ね、確かにオルゴールが見つかったら死んでもいいと思ってたし、見つかったら生きてる理由もなくなると思ってた。でも、安心して? 今はそんなに刹那的じゃない」

 唯兄は一度言葉を区切ると、再度口を開いた。

「リィとあんちゃんと話してると思うんだ。兄妹ってこういうものなのかな、って……。ほら。俺は実の妹が恋愛対象だったから、兄妹って関係が俺にとっては初体験なんだよね。……だから、まだ当分はリィの側を離れるつもりはないよ。安心して学校に通って? まだしばらくはマンションにいるし、秋斗さんが帰ってきたとしても、俺はいつでもホテルにいるから」

「……本当に?」

「うん」

「急にいなくなったり連絡取れなくなったりしない?」

「約束する。だから、多少離れていても俺が不安にならないように、リィは極力元気に過ごしてください」

「……はい」

「よし、いい返事だ!」

 ふたりで空を見ながら話していると、あっという間にお昼になった。

 突如、携帯や固定電話が鳴り出す。

 携帯は桃華さんからで、固定電話は司先輩から。

「わ……どうしよう。メール送るのすっかり忘れてた」

 攻め立てるように鳴り続ける着信音に、私はひとつのことから逃げた。

「人の死」という問題から。

 手紙を読んで一番衝撃的だったのはそこなのに、私はそのことには触れず、読まなかったことにしてしまいたかったのだ。

 人の死とはまだ向き合いたくなくて――。

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