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光のもとでⅠ 第七章 つながり  作者: 葉野りるは
本編
32/62

32話

 ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ――。

 基礎体温計のアラームが聞こえるのと同じタイミングで、どこかでバシッバシッ、とあたりを叩く音が聞こえた。

 その音にびっくりして起きると、目に飛び込んできたのはラベンダー色のカーテンで、自室ではないことがわかる。

 あ……そっか。唯兄と寝るために蒼兄のお部屋に来たんだ……。

 そんなことを考えている間もアラームは鳴り続け、バシバシと叩く音も途絶えない。

 基礎体温計を口に咥え部屋に視線をめぐらせると、唯兄はデスクの前で小さく丸まっていて、引き出しベッドには蒼兄が横になっていた。

 蒼兄は何もかけずに寝ていて、唯兄はフローリングの上にタオルケットを敷いて寝ていたようだ。

 さっきのバシバシ、と言う音は蒼兄が目覚まし時計を止めようとそこら中を叩いていた音かもしれない。蒼兄は目覚ましの音が鳴ると瞬時に止める癖があるから。

 でも、それで起きないなんて珍しい……。

 ピピッ、と計測が終わったことを告げる音が鳴ると、見事に蒼兄の手がバシッと頭の上あたりを叩いた。

 蒼兄の目覚まし時計は頭の上なのね……。

 そんなことを考えながら、改めて部屋を見回す。

 どうしてこの部屋に三人いるのかな。

 不思議に思いながら洗面を済ませに行くことにした。

 私の基礎体温計が鳴ったということは七時を回ったことを意味するのだから、そろそろ学校へ行く支度を始めなくてはいけない。

 ゆっくり起き上がると部屋のドアがそっと開いた。

「……翠葉お嬢様おはようございます」

 ドアを開けたのは蔵元さんだった。

「……おはようございます」

 蔵元さんは気まずそうな顔をして、

「人を探しておりましたらこちらの部屋へたどり着きまして……。寝起きのお顔を拝顔するつもりはなかったのですが……」

 まるで次には、「無礼をお許しください」という言葉が続きそうなかしこまり具合だ。

「あ……えと、唯兄ならそこで丸くなって寝ています」

「そのようですね」

 蔵元さんは唯兄を視界に認めると目尻を下げた。

「十階の、静様のご自宅に朝食のご用意が整っております。身支度が整いましたら十階へと上がられてください」

「わかりました。兄たちは……」

「私が引き受けます」

 蔵元さんは一度部屋から出ると、私が通るスペースを開けてくれた。

「昨日はお疲れのところ唯が大変お世話になりました。頭を壁にぶつけられたとうかがいましたが大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です。でも、唯兄には内緒です。それと……たぶん、私は何もできませんでした。すみません」

 頭を下げると、目の前の空気が動くのがわかった。

「翠葉お嬢様、唯がこの部屋で寝ているだけで十分です」

 声が下から聞こえてきたことを不思議に思って頭を上げると、蔵元さんが私の前に膝を付いていた。

「さ、学校に遅れますよ」

 そう言って、次の行動へと促してくれた。


 この日のびっくりは蔵元さんだけでは終わらなかった。

 蒼兄の部屋部屋から廊下へ出ると、玄関までの通路に紙が散らばっている。

 何枚ずつかに重なってはいるけれど、かろうじて足の踏み場がある程度。

 それは私の部屋の中まで続いていた。

 しかもでかでかと社外秘と書かれたダンボールまでもが置かれている。

「……見なかったことにしよう」

 思いなおして、髪の毛をまとめて洗面を済ませに行く。

 顔を洗ってサッパリすると、部屋に戻って制服に着替えた。

 この頃には幾分か頭が回り始めていた。

 廊下の資料らしきものを踏まないように歩くと、蔵元さんがリビングから顔を出した。

「先に十階へ上がられてください。靴もすでに十階へ運んであります」

 お礼を言ってから部屋の突き当たりにある階段を上り始める。

 最後の一段を上り終え、ドアを目の前にして少し悩む。

「……やっぱりノックかな」

 考えていると、ドアが内側から開かれた。

「おはよう」

 ドアを開け出迎えてくれたのは静さんだった。

「おはようございます……」

「さ、入って? せっかくのホテルブレッドが冷めてしまう」

 ダイニングテーブルにはサラダとスクランブルエッグ、パンが用意されていた。

 ガラス製のピッチャーにはオレンジ色の液体。

 きっとオレンジジュース。

 テーブルに着いていたのは湊先生と司先輩。

「翠葉、おはよう。早く食べなさい。今日は学校まで私が送るから」

 司先輩はどうしているのだろう。朝練は……?

「……寝坊した」

 司先輩は朝の挨拶をするでもなくそれだけを口にした。

 この場合は答えるという言葉は使えない。だって、私はまだ何も訊いていないのだから……。

「……そうですか、珍しいですね?」

 そんなふうに言葉をつなぐ。

 グラスにジュースを注ごうとしたら、静さんにピッチャーを取られた。

「あ、すみません……」

「静さん、それ半分まで」

 咄嗟に司先輩が声を発した。

 そして席を立ち、キッチンへ入るとミネラルウォーターを片手に戻ってきた。

「なんで半分?」

 尋ねる静さんに、

「原液のまま飲めないっていうわがままな嗜好の持ち主だから」

 ……私、そこまで詳しく話したことあったかな? 少なくとも、私は話した記憶はないのだけど……。

「御園生さんから聞いてる」

 答えを得ることはできたけれど、相変わらず私は何を口にしたわけでもない。

 端整な顔をじっと見ていると、司先輩はため息をついて私の方へ向き直った。

「何か疑問に思うとき、首を右に傾げるのをやめてみたら? 二割くらいは駄々漏れ回避できるんじゃない?」

 司先輩はそう言うと朝食を再開した。

 静さんは手にピッチャーを持ったまま、湊先生と一緒に私と司先輩の顔を交互に見る。

「あんたたちって超音波か何かで会話してたりしないわよね」

 そんなあり得ないことを口にしたのは、らしからぬ湊先生だった。


 当たり障りのない話をしながら朝食を終えると、

「じゃ、また学校で」

 司先輩は席を立ちかばんを手にした。

 え……一緒に登校しないの?

「……なんで朝から姉さんと登校しなくちゃいけないんだ」

 先輩はボソリと零し、そのまま「いってきます」と部屋を出ていった。

 わからない……どうしてそこまで湊先生を毛嫌いするのだろう。

「あんなの放っておきなさい。ほんっとにかわいくないんだから」

「……司先輩がかわいかったらその時点で司先輩じゃない気がします……。むしろ怖いかも。雹とか降ってきそう」

「……それ、言えてるわね」

 真顔でそんな話をしていると、静さんはクスクスと笑っていた。

 コーヒーのいい香りがしてくると、静さんが立ち上がりキッチンへと入っていく。

 少ししてから戻ってくると、その手にはメタルレッドのタンブラーが握られていた。

「ほら、コーヒー」

 湊先生に差し出すと、

「あら、一族のナンバーツーにコーヒーを淹れてもらえるなんて光栄だわ」

 先生は皮肉っぽく返したけれど、

「湊にならいつでも淹れるさ」

 静さんは皮肉をものともせず返した。


 時間になると私と湊先生は席を立つ。

「静さんは今日、お休みなんですか?」

「午前は半休にしてあるんだ」

「あの……今度、間宮さんにお線香を立てさせていただけますか?」

 戸惑いながら口にすると、静さんの表情がふっと柔らかなものへ変化した。

「ぜひお願いしたいね。翠葉ちゃんにはここの鍵も渡しておこうかな」

 静さんがキーケースに手を伸ばしたのを見て慌てて止める。

「あのっ、静さんがご一緒のときで大丈夫ですっ」

 玄関から出てしまわないと強引に鍵を渡されてしまいそうだったから、私はバタバタと玄関を出た。

 湊先生の車に乗ってふと思う。

 唯兄は大丈夫かな……?

 蒼兄も大学に間に合うのだろうか。

 学校に着いたら一度連絡を入れよう――。

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