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光のもとでⅠ 第七章 つながり  作者: 葉野りるは
本編
27/62

27話

「翠葉、起きれるか?」

 蒼兄の声に意識が浮上する。

「……今、何時?」

「六時。司がマッサージに来てる」

 六時……もうそんな時間なんだ。

「ん、起きる……」

 まだ眠り足りない。まだまだ眠れる。

 そう思うくらいには身体は疲れているのだろう。

 学校復帰一日目で早くも根を上げそうだ。

「オルゴールの話、湊さんから聞いた」

 その言葉にパチリ、と目を開く。

「でも、俺もいるし、湊さんちに蔵元さんも待機してるから」

 マンションのカフェラウンジから湊先生のおうちに変更になったんだ……。

「翠葉、ひとりで抱え込むなよ?」

「……湊先生にも蔵元さんにもそう言われた。自分に何ができるのかはわからないから、だから、とにかくがんばりますって伝えてあるの」

「そっか……。おまえらしいな」

 頭をくしゃくしゃとされる。

「じゃ、司呼んでくる」

 ……蒼兄?

 心なし、蒼兄から薬品ぽい香りがしたのは気のせいだろうか……。

 でも怪我をしているような動きではなかったし、具合も悪そうではなかった。

 なんだろう……。

 コンコンコン――。

 ノックの音がしてすぐにドアが開いた。

「具合は?」

「大丈夫です」

「大丈夫って言葉禁止。それ以外の言葉で答えるように」

 ……え?

「翠の大丈夫ほど当てにならないものはないってわかってたけど、今日のでさらに信頼度マイナス値突破」

 あ、ステージで倒れたから……?

「あの……今はふらつきはないです。それから保健室に運んでくれてありがとうございました。ごめんなさい……」

「……あまり俺の寿命を縮めるな」

「え……?」

「突然横で倒れられると寿命が縮む。しかも二連発」

 あ……地下道の階段でのが一発目ですね……。

「本当にごめんなさい……」

 ベッドの上で正座して謝ると、先輩の口元がふっと緩んだ。

「はい、懺悔終了。これ、胸の下に入れてうつ伏せになって」

 手渡されたのは毛布ではなく枕だった。

「御園生さんのところから借りてきた。低反発枕のほうが楽だから」

 枕をベッドに置くと、いつもの儀式。

 手を差し出され、その手に自分の手を乗せて軽く握る。

 ちょっとした確認作業。

 先輩は、手を差し出すとき少しだけ緊張した顔になる。

 今まで、何があっても司先輩がだめだったことはないのに。

 腰のあたりからマッサージが始まり、しだいに背中へと移り、最後に頭をマッサージしてくれる。

「先輩、蒼兄が病院へ行ったなんて話は聞いてないですよね?」

「聞いてない。なんで? 具合悪そうには見えなかったけど?」

「そうですよね……。ならいいんです」

「……なんで、って訊いたんだけど」

「え? あぁ……なんとなく蒼兄から薬品っぽい香りがしたような気がしたから。でも、全然元気そうだし、怪我をしているようにも見えなかったから気のせいかな、とは思っていたんですけど」

「そう、気のせいじゃない? それより、授業は?」

「大丈夫です。みんなが取ってくれてたノートと、先輩のご指導の賜物かな?」

 授業でわからなかったところを訊いたり、体育館の設備に驚いたこと。

 そんな話をしているうちにマッサージは終わった。

 声がかからないところをみると、まだご飯までは時間があるのだろう。

「先輩、手っ」

 起き上がってすぐに先輩の腕を掴んだ。

「……必死すぎ」

「……だって、引き止めなかったら先輩すぐに離脱しちゃいそうなんだもの」

「それはどうかな」

 言いながら、先輩はおとなしく手を差し出してくれた。

「先輩、向き合うんじゃなくて、隣に座ってくれたほうがやりやすいの」

 すると、先輩は私の右隣に腰掛けた。

 マッサージを始めると、

「翠はツボを知っているのか?」

「……申し訳ないくらい何も知りません」

「そこは合谷ごうこく。全身における万能ツボって言われているポイント」

 私の手が移動すると、

「そこは労宮ろうきゅう、ストレスや自律神経に効くツボ」

 先輩は本当に物知りだ。そんな意味をこめて先輩を見ると、

「本当に知らないのか?」

 知らないものは知らない……。

 コクリと頷くと、呆れたような顔をして「信じられない」と言われた。

「やっぱり素人のマッサージは危険?」

 掴んでいた先輩の手を離すと、

「そうじゃない。手の平から肘下にかけて、翠が押すポイントやさするラインは東洋医学に順ずるものだ。これ、誰かに教わった?」

「ピアノの先生……」

「じゃ、その人はちゃんと知識があったんだろうな。つまりはそういうこと……。知っててやってるのかと思うほど、ツボが的確に押されてる」

「……本当?」

「こんなことで嘘はつかない。これ、やってもらうとかなり楽」

「……良かった」

「――そろそろご飯じゃない?」

「あれ? 誰かの声聞こえましたか?」

「いや……そんな気がしただけ。ちょっと見てくる」

 そう言うと、司先輩は部屋から出ていってしまった。

「……マッサージ途中だったのに」

 ベッドサイドの時計は七時半前だった。

 少しして外でポーチの開く音がして誰かがゲストルームへやってきた。

 玄関の閉まる音がすると、ノックの音と共に唯兄がなだれ込んでくる。

「リィ、終わらせてきたよぉ~……」

 半死人。まるで屍のようだ。

「……唯兄、大丈夫?」

「なんだって急にあんな仕事を振られるんだかっ。ってか何かっ!? 秋斗さんっていっつもあんなの片付けてんのっ!?」

「……え?」

「あ……」

「唯兄、秋斗さんのお仕事しているの?」

 ……蔵元さん、仕事を振ったというのは秋斗さんのお仕事だったのでしょうか。

「……そうそう、今秋斗さん別件で出張に行ってるから、普段秋斗さんがやってる仕事がこっちにいくつか振られてるの」

 ……そうなのね。

 でも、唯兄もお仕事ができる人だと秋斗さんから聞いている。

 その唯兄がこんなにヘロヘロになっているのだ。秋斗さんはいつもどのくらいのお仕事をこなしているのだろう。

「そろそろご飯だよね?」

 時計に目をやれば七時半を回ったところだった。

 いつもよりも遅い。

 いつもなら六時から七時の間には声がかかるのに……。

「たぶん、そろそろだとは思うけど……」

「じゃ、ご飯のあとに内緒話をしよう?」

 唯兄は少し困った人の顔に笑みを添えた。

「……唯兄、私はずるい子なんだよ」

「リィ……?」

 唯兄の顔を見ることができなかった。でも、向き合うと決めた。

 顔を上げて唯兄の目を見る。

「だからね、唯兄のお話を聞いたら私のお話を聞いてね」

「……よくわからないけど、いいよ」

 ごめんね。こんなふうにしか話せなくて。

 ごめんね。先に唯兄のお話を聞いてから話すなんて言って。

 本当は聞く前にだって言えるの。

 でも、そうしたら、唯兄の話そうとしていることを聞くことができなくなりそうだから……。

 だから、先にお話を聞かせてほしいの。

 ふたり揃ってリビングへ行くと、そこはそこで不思議な雰囲気だった。

 海斗くんがソファで寝ているのはいつものことだけど……。

 視線をキッチンへ向けると、なぜか司先輩が料理をしていて、栞さんはキッチンの隅でスツールに腰掛けていた。

「……栞さん?」

 キッチンに入って近寄ると、ものすごく顔色が悪かった。

「翠葉ちゃん……ごめんね。生理痛がちょっとひどくて」

 栞さんは力なく笑う。

「……横にならなくて大丈夫ですか?」

「うん、平気よ。薬も飲んだから」

「栞さん、ご飯食べたらすぐに帰って休んでください」

「うん、そうさせてもらうわね。ごめんね、こんなときに……」

 明確な言葉は発せず、ただ、このあとに起こることを指していた。

「大丈夫です。蒼兄もいるから……」

 すると、背後から声がかかった。

「翠、サラダ作るの手伝って」

 司先輩の声に立ち上がり、冷蔵庫の野菜室を開ける。

「司先輩、ご飯は……この匂い、カレー?」

「そう、時間ないから手抜き。翠には煮込みうどんか何か作る」

「あ……えっと、サラダだけで大丈夫で――」

 言い終わらないうちに鋭い視線が飛んできた。とても冷たい一言と共に。

「それ以上痩せてどうするつもり?」

「それじゃ、自分で作ります」

「却下」

「なっ――」

「翠を立たせておくとろくなことがない」

 またしても人が言い返せないようなことばかり言う……。

「ははっ! リィと司くんの会話ってなんだか面白いね?」

 会話に入ってきたのは唯兄だった。

「栞さん、そこじゃなんだからあっちに行こう」

 唯兄は栞さんを支えてリビングのソファへと向かった。

「サラダ、トマトサラダでもいいですか?」

「なんでもいいけど極力短時間でできるもの」

 先輩はじとりと視線を向けてくる。

「十分以内で作ります……」

「七分死守」

「……努力します」

 キッチンで同じ作業台に向かいながら黙々と作業をしつつこんな会話。

 そこへ唯兄が戻ってきて、

「俺が煮込みうどんを担当するよ」

「……唯兄、お料理できるの?」

「……リィ、俺、これでも家事全般はオールマイティよ?」

「じゃ、若槻さんお願いします。調味料一式はそこの引き出しで、にぼしと鰹節は上の戸棚」

 司先輩は的確に調味料の場所を教えた。

「それにしてもさ、この状況で起きない海斗っちは大物になるよね」

 話をしつつ手を動かす唯兄の言葉に、

「あれは単に神経が図太くできてるだけですから」

 司先輩は淡々と答えた。

「翠、あと三分だけど?」

「あっ、はいっ。あとドレッシング作るだけだから大丈夫です」

「大丈夫禁止……」

「三分以内に作り終えます……」

 もう、なんだかなぁ……。

 唯兄はクスクス笑ってるし……。

「なんかさ、司くんて秋斗さんに少し似てるよね?」

「「はっ!?」」

 私と先輩の声がかぶった。

「俺さ、藤宮警備に入って最初の三ヶ月で秋斗さんに仕込まれたんだけど、そのときに『んなこと無理ですっ』っていうと、『無理禁止』って言われてた。挙句には『無理って言ったらペナルティ』とか言い出すから本当にひどいんだ」

 ペナルティ……。それ、私も言われたことあります……。

「性格というか、雰囲気は全然違うのに」

 私が口にすると、

「あぁ、だって秋斗さんは基本女の子には笑顔だからね。男にはそうでもないよ? 容赦なく言葉が飛んでくる。ま、笑顔で言われても怖いもんは怖いんだけど」

 司先輩を真ん中に挟んで会話していると、凍えそうなオーラをひしひしと感じたので黙ることにした。

 ドレッシングを作り終わり、お皿の準備をしようとしたら、

「あとは俺がやる。翠はあっちで座ってろ」

 その一言でキッチンから追い出された。

 有無を言わさずの状態は、司先輩とのやりとりにおいてあまり珍しいことではない。

 そのほとんどにおいて理に適ったことが多いのだけれども、私が悔しいと思うか思わないかは別の問題で……

 リビングのラグに座ると、左のソファには海斗くんが寝ていて右のソファには栞さんが横になっていた。

「栞さん、大丈夫? お腹痛い……?」

「んー……ちょっと気持ち悪くてね」

「ご飯食べられそう? 一緒におうどん食べる?」

「……今日はちょっと遠慮しようかな」

 珍しいと思った。

 栞さんは三食きっちりと食べる人だから。

 そのくらい具合が悪いのだろう。

「ここじゃなくておうちの方がゆっくり休めますよね」

「そうね、今日は帰らせてもらおうかな」

「少し待っててください。蒼兄呼んできます」

 すぐに立ち上がろうとしてやめた。

 ここで私が眩暈を起こしている場合じゃない。

 逸る気持ちを抑え、ゆっくり立ち上がって蒼兄の部屋へ行った。

 ノックしてからドアを開けると、恐ろしいほどの資料と本が積み重ねられていた。

「どうした?」

「あのね、栞さん具合悪くて……。ご飯食べずに帰って休みたいって言うんだけど、ひとりでは歩けないの」

「わかった」

 蒼兄はすぐに立ち上がり、床に散らばっているものを器用に避けて出てきた。

 リビングへ戻ると、

「栞さん、家まで送ります」

 栞さんの手を取ると、蒼兄の表情が固まった。

「手、かなり冷たいですけど……」

「貧血かな……。今回、生理痛がちょっと重くて」

 栞さんは少し恥ずかしそうに笑った。

「とりあえず、こんなときくらいはおとなしく抱っこされてくださいね」

 蒼兄は栞さんを横抱きにして立ち上がった。

「翠、少しだけ鍋見てて」

 司先輩がキッチンから出てきて、そのまま栞さんたちと一緒に玄関を出ていった。

 私は言われたとおり、キッチンでカレーのお鍋が焦げ付かないようにかき混ぜる。

「彼、とても十七歳とは思えないよね?」

「はい。同い年だけど先輩で、でもそうじゃなくてもすごく頼りになる人だと思います」

「……リィは彼が好き?」

「はい。意地悪だけど優しいし、とても頼りになるから。一緒にいて緊張しない人っていうのかな……? 最初はすごく怖くて隣にも並べなかったのに。おかしいですよね?」

 クスクスと笑うと、唯兄もにこりと笑った。

 唯兄とそんな会話をしながらキッチンに立っていると、このあとに起こることなんて何も考えずにいられた。

 それはただ、私が考えたくないだけだったのかな……。

 でも、ふたり並んで料理をするのなんて初めてのことなのに、まるで日常のことのように思えたの。

 本当に、なんの違和感も覚えない穏やかな時間に思えたの。

 唯兄は……唯兄はこのとき何を思っていたのかな。

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