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光のもとでⅠ 第七章 つながり  作者: 葉野りるは
本編
25/62

25話

 唯兄に電話をかけるのは初めて――。

 ディスプレイに表示されている名前と番号が、見たことのない文字と数字で新鮮。

 私の携帯ディスプレイには限られた人たちの名前と番号しか表示されることがないから。

 それでも、高校に通うことがなければ持たなかったであろう携帯。そして、持ったとしても蒼兄か両親からしかかかってこなかったであろう携帯。

 今は違う……。

 家族以外に桃華さんたちや湊先生、栞さんや司先輩、秋斗さんからかかってくる。

「なんなら私からかけるわよ?」

 湊先生に声をかけられてはっとした。

「違うんです、そうじゃなくて――」

 慌てて引き止めると、「ん?」と訊かれた。

「携帯のディスプレイが新鮮っていうか……。今は色んな人の名前や番号が入っていて、家族以外の人からも電話やメールが届くなぁ……って思っただけなんです」

「普通でしょ?」

 どこか含みを持った笑みが司先輩に似ていた。

 そんな表情を見てほっとしてしまう私は何かおかしいのだろうか。

 改めて携帯に向き直り通話ボタンを押す。

 二コールで呼び出し音は途切れ、「リィ?」と声が聞こえてくる。

「うん。今日はもう帰りなさいって」

『具合、悪い?』

「少し疲れたみたい。エネルギー不足だって」

『そっか。じゃ、コンシェルジュに車出してもらうからちょっと待ってて』

「ありがとう。お仕事は大丈夫?」

『うん、平気』

 そんな話をして切った。

「声、上ずってませんでしたか?」

 湊先生を振り仰ぐと、

「大丈夫だった」

 それから十分もすると保健室のドアがノックされ、唯兄が入ってきた。

 ここは一応学校で、部外者立ち入り禁止じゃないのかな、なんて思って尋ねてみたら、

「俺、藤宮警備の人間だもん」

 しごくもっともな言葉が返された。

「リィの荷物はこれで全部?」

 置いてあったかばんを見て言われる。

「はい。でも、自分で持てます」

「このぐらい持たせなさい」

 唯兄はイヒヒと笑った。

 私はこの笑顔を曇らせてしまうのだろうか……。

「翠葉、気をつけてね」

 湊先生の声に我に返り、お礼を言って保健室を出た。

 

 オルゴールを渡すとしたらどのタイミングがいいのだろう。

 唯兄は帰ってからも仕事だろうし、夕飯のあと……? それとも、帰ってからすぐに時間を取ってもらったほうがいいのだろうか。

 迎えに来るのにコンシェルジュを頼ったということは、唯兄は車の運転免許を持っていないのだろう。ならば、藤宮学園前のバス停の最終バスが終わった頃のほうがいいだろうか。

 頭の中でぐるぐると考えがめぐる。

「リィ? さっきから難しい顔してるけど……」

「え? あ、難しいこと考えています」

「……秋斗さんのこと?」

「違います」

「くっ、即答かよ」

 ……だって、本当に違うから。

 昇降口で靴を履き替え外に出ると、車の前に高崎さんが立っていた。

「翠葉ちゃん、おかえりなさい。じゃ、マンションへ帰ろう」

 後部座席のドアまで開けられてお姫様状態だ。

 唯兄も一緒に後部座席に乗り込んだ。

 唯兄の胸にはちらりとチェーンが見えている。

「何? 鍵が気になるの?」

 顔を覗き込まれ、しかも核心をつかれてドキリとする。

「なんだ、言ってくれれば見せるのに」

 唯兄は、長めのチェーンを首から外して見せてくれた。

 あまりにも簡単にひょいと渡されたものだから、慌てて両手で受け止める。

 よく見ると、細かい傷がいくつもついていた。

 なくすと深刻を極めるくらい必死になって探すのに、普段は持っているという確信があればそれでいいのかもしれない。

「それ、本当はペアキーって呼ばれるもので、対になる鍵があるんだ」

 唯兄は何気なく口にする。

「俺が持ってるのがガーネットで、対の鍵にはターコイズがはまってる」

 その言葉に心臓がピョンと飛び跳ねる。

「でも、どこにあるんだか……。きっと、もうその鍵を一対にしてやることはできないんだろうな」

 軽く笑いを含ませた明るい声が胸に突き刺さる。

 唯兄、私、それ知っているの……。その鍵、私が持っているの……。

「もし、今もう片方の鍵が俺の手元にあったらリィにその赤い石のほうをあげるのにね」

 その言葉が胸に痛い。目に涙が滲む。

「……リィ?」

 声を発せずにいると、

「もしかして、湊さんから何か聞いた?」

「あ……えと、すごく大切な鍵だって――」

 涙が零れそうで、急いでハンカチに含ませた。

 唯兄は細く長く息を吐き出すと、

「あとで昔話をしようかね」

 私の頭をポンポンと叩いてくれた。

 私は小さくコクリと頷いた。

 その話がどんなものであるのか、私は大まかにわかっているにも関わらず。

 自分をずるい人間だな、と思いながら、もう一度頷いた。


 マンションに戻ってきて車を降りると、フロントでは見たことのない人が出迎えてくれた。

「おかえりなさいませ」

 知らない人というだけで緊張してしまった私は、咄嗟に「こんにちは」と返してしまった。

 唯兄が立ち止まり、

「変じゃない?」

「え?」

「おかえりなさいって言われたら?」

「あ……」

 自分も立ち止まり、フロントを振り返る。

「ただいま、戻りました……?」

 口にすると、やけに身長の高い人が肩を震わせ始めた。

 でも、この場にはもっとひどい人がいて、その人は私が振り返って言葉を口にした瞬間に盛大に吹きだしたのだ。

 それはほかの誰でもない唯兄。

 唯兄を見てから再びフロントの人を見ると、もう一度「おかえりなさいませ」と腰を折られた。

 けれど、その人の身体はプルプル、という具合に震えていて、どう見ても笑いを堪えているようにしか見えなかった。

 そこに車のキーをチャリンチャリン音をさせて戻ってきたのは高崎さん。

「真下さん、何やってるんですか?」

 高崎さんはフロントに声をかけ、私たちに視線を向ける。

「何かあった?」

 高崎さんに優しく訊かれ、今あったことを話すと、隣の唯兄が座り込むのと同時にフロントの人の姿も見えなくなった。

 フロントの中からは押し殺したような笑い声……。

 どうしよう。これは早急に立ち去ったほうがいいのかな。

「普段は鉄火面の真下さんがこんなに笑うとは……。翠葉ちゃん、すごいね? で、真下さーん?」

 高崎さんはフロントの外側から内側を覗き込む。

「彼女、俺の親友の妹なんで紹介します。でもって、隠れて笑わなくても大丈夫ですよ。崎本さんなら今日は夕方まで戻りませんから」

 すると、高崎さんと同じくらいの身長の人が立ち上がった。

「彼女、御園生翠葉ちゃん。ゲストルームの住人。彼は若槻唯さん。秋斗先輩の家の留守番だそうです。で、この人は俺の先輩コンシェルジュで真下忍ましたしのぶさん」

「真下忍です。笑ってしまい申し訳ございません……」

 スマートに挨拶をされたものの、口元が引きつっている。

「……御園生翠葉です。笑いが提供できて何よりです」

「くっ……」

 今度は高崎さんまでもが笑いだした。

 ひどいなぁ……。

 唯兄も笑いながら、

「自分は短期滞在ですが、お世話になります」

 きっちりとお辞儀をして、私の背中に当てて歩くよう促した。


 エレベーターの中で、

「リィは時々受け答えが変な子になるよね?」

「……だって知らない人だったんだもの」

「……人見知り?」

 むぅ……。

 認めたくはないけれど、人見知りではないとは言い切れない。

「そういえば、湊さんにもそんなこと言われてたっけ?」

 それはきっと、唯兄がパソコンの設定に来てくれた日のことだ。

 唯兄とはどうして普通に接することができたのだろう。

 あの場に蒼兄と秋斗さんが一緒にいたから?

 それとも――前にお姉さんと話したことがあったから……?

「じゃ、あとでね」

「えっ?」

「……やっぱ聞いてなかったか」

 慌てて謝る。

「そんな必死に謝ることじゃないよ。俺、無事にデータ送信できてるか確認してからゲストルームに行くからって言っただけ」

 そう言われてひとりで九階に降りた。


 ゲストルームのドアを開けると栞さんが笑顔で出迎えてくれた。

「おかえりなさい」

 挨拶を済ませ、洗面所で手洗いうがいをして廊下へ出ると、

「どういう経緯があるのかわからないけど、あのオルゴール、翠葉ちゃんが持っていたのね」

 栞さんは少し困ったように笑った。

「翠葉ちゃん、私思うの。別に今日言わなくてもかまわないんじゃないかしら。もう三年も経っているのだから、今日明日、一週間先だって何かが大きく変わるわけじゃないのよ。だから、翠葉ちゃんが言えるタイミングで切り出せばいいと思う」

 それは私を気遣う言葉だった。

「ごめんね、こんなことしか言えなくて……」

 悲しそうに笑った栞さんに何を言えるはずもなかった。

 だって、三年間持っていたのは私なのだから。

 もし神様がいたとして、運命というものが実際にあるのだとしたら、これは間違いなく私の役目なのだ。

「……制服、着替えちゃいますね」

 控え目に笑みを添えると、

「ごめんねっ」

 と、栞さんに抱きしめられた。

 栞さんは優しいから、きっと心が血を流している。

 す、と息を吸い込み、

「あのね、湊先生からどんなに無理をしてもいいって言われたんです。だから、私にできることをがんばろうと思います」

「……翠葉ちゃんは時々ものすごく強いわね」

 そんな一言と共に身体を解放された。

「最近知ったんです……。支えてくれる人がいるから強くなれるのかな。それとも、がんばっているから人が支えようと思ってくれるのかな? どちらにしても、支えてくれる人がいるのだからがんばらなくちゃいけないと思うんです」

 そう言って、私は自室のドアを閉めた。

 ドアを背に思う。

 今日は色んなことがありすぎだ……。

 久しぶりの学校では生徒総会があるし、朝見つけた鍵は唯兄のもので、謎を纏っていたオルゴールの過去も判明した。

 それだけで私の頭も心もパンクしそう。

 心臓は全力疾走気味だ。

 でも、まだ終わらない。今日はまだ、終わらない――。

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