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光のもとでⅠ 第七章 つながり  作者: 葉野りるは
本編
19/62

19話

 身体を起こして授業を受けているだけ。それだけでも、板書をノートに取ったり頭を使うからか、私の身体はひどく疲れていたようだ。

 保健室のベッドに横になると、睡魔はすぐに訪れた。


 ――「あなたはいつまでここにいるの?」

 ――「私は検査入院だから、明後日には退院します」

 ――「そう……。検査、何もないといいわね」

 ――「お姉さんはいつまで……?」

 ――「退院する日は決まっていないの。まだ当分はいると思うわ」

 ――「……通院日に会いに来てもいいですか?」

 ――「あら、来てくれるの?」

 ――「はい。お姉さん、お花は好きですか?」

 ――「好きよ。でも、お花屋さんで売っているものではなくて、お庭に咲いているハーブのほうが好きだわ」

 ――「どうして……?」

 ――「だって、強いじゃない。どんなに風が吹いても雨が降っても、陽が当たればリセットされるくらいには強い。水に挿しておけば発根するものだってあるのよ? その生命力の強さに憧れるの」

 ――「……じゃ、おうちに咲いているハーブを持ってきます」

 ――「楽しみにしているわ」

 ――「私、御園生翠葉です」

 ――「あら、きれいな名前ね? どういう字を書くの?」

 ――「翡翠の翠に葉っぱの葉!」

 ――「緑っぽい名前ね」

 ――「お姉さんのお名前は?」

 ――「私の名前は秘密……」

 ――「どうして……?」

 ――「翠葉ちゃんにも一緒に願掛けをしてほしいから」

 ――「願掛け……?」

 ――「そう……。ユイちゃんが来てくれるように一緒に祈って? ユイちゃんが来てくれたら翠葉ちゃんに名前を教えてあげる」

 胸の中ほどまである長いネックレスのチェーンに通された何かを握りしめる手に力がこめられていた。

 ――「ユイちゃんはお姉さんのお友達?」

 ――「いえ、違うわ」

 ――「それじゃ、家族?」

 ――「そうね、家族でとても大切な人」

 ――「どうして来てくれないの?」

 ――「うーん……家族だから、かな?」

 ――「家族なのに来てくれないの?」

 ――「あなたはいいわね? 優しいお兄さんがいつも来てくれて」

 そう口にしては寂しそうに微笑んだ。そのお姉さんの顔は――。


 少し前にも見たことのある夢。懐かしい、昔の記憶。

 でも、このまま懐かしいで終わらせてはいけない気がした。

 一生懸命お姉さんの顔を思い出そうとしていたら目が覚めた。

 お姉さんの顔……。

 全体的にとても線の細い人で、色も白くて髪の毛は少し茶色っぽくて、肩よりも少し長くて――。

 なんで……どうして唯兄の顔なの?

 脳裏にはっきりと浮かび上がったその顔は、唯兄の顔がそのまま当てはまってしまった。

 私の勘違い?

 ……ずっと思い出せないでいたけれど、お姉さんの顔は唯兄とそっくりだ。

 間違いではないと思う。

 お姉さんが胸元で握りしめていたものが何かは知らない。でも、あのチェーンは……。

 ――鍵?

 ふとオルゴールの中に入っていたものを思い出す。

 そして、さっきまでポケットに入っていた鍵を思い出す。

 それには赤い石がついていた。

 大きさ的には変わらないのではないだろうか。

 でも、私がお姉さんに会ったことがあるのは数回で、しかも三年も前の話だ。

 三年――?

 確か、唯兄の妹さんが亡くなったのも三年前……。

 お姉さんが言っていた家族のユイちゃんは唯兄なの……?

 まさか――。

 感情に伴わない笑みを作り、そんなことはないと思おうとする。

 あり得ないと思う。思うのに、どうしてか心臓の鼓動は速くなる一方だった。


「翠葉?」

 カーテンが開いた。

「眠れないの? ちょっと脈見せて」

 と、先生に手を取られる。

「湊先生……。唯兄の妹さんって藤宮病院に入院していましたか?」

「あんたどうして――」

 だめだ、声が震える……。でも、確認しなくちゃ――。

「……そうよ。三年前、彼女は確かに藤宮病院にいたわ。でも、翠葉がなぜ知ってるの?」

「私……会ったことがあるかもしれません。 検査入院していたとき――私、あの鍵を知っているかもしれない」

「どういうこと?」

「お姉さんと会わなくなってしばらくした頃に、看護師さんからオルゴールを渡されたんです。その中に唯兄が持っていた鍵と似たものが入っていました」

「っそれ、今も持ってるっ!?」

「家の引き出しに……」

「栞に言えばわかる場所?」

 栞さんならわかる。

 コクリと頷くと、先生はすぐに電話をかけ始めた。

「栞、ちょっと翠葉の家に行って取ってきてもらいたいものがあるの。待って、翠葉に代わるわ」

 先生に携帯を差し出され、

「栞さん? あの、私の部屋の引き出しに……」

『本棚の中の?』

「そうです。一番左の引き出しにオルゴールが入っているんです。蓋を開けると鍵が入っているのですぐにわかると思うんですけど……」

『それを持ってくればいいの?』

「はい、できれば唯兄に届けてもらえますか?」

「ちょっと待って。若槻ひとりに渡すのは怖いから、翠葉、あなたが帰ってから渡しなさい」

『オルゴールってまさか――。……とりあえず、取ってきたら翠葉ちゃんの部屋のデスクに置いておくわ。それでいい?』

「はい、お願いします……」

 電話を切ると、冷え切った指先に気づく。

 震える手で携帯を返すと、

「眠れないならあたたかいお茶でも飲もう」

 と、湊先生の大きな手で右手を包まれた。

 先生を見上げると、労わるような、どこか困惑した顔が私を見下ろしていた。

「たぶんそのオルゴール、若槻がずっと探しているものだと思う。それを手にした若槻がどんな行動に出るのかは保証ができない。でも、目の前に翠葉が入ればそう突飛な行動は取れないはず。だから、翠葉には若槻のストッパーになってほしい」

 そう言ってカーテンから出ていった。


 何度も手をさすった。何度も深呼吸を繰り返した。

 そうしている間もずっと、鍵と唯兄、お姉さんと鳴らないオルゴールが頭をチラつく。

 向き合わないとだめだと思った。

 カーテンの向こうではお湯の沸く音がし始めている。

 もう少し、きちんと話を聞こう。

 湊先生が知っていること、話してもらえることを聞こう。

 そうしないと、迎えに来てくれる唯兄と会っただけで動揺してしまいそう――。

 ゆっくりと起きてカーテンから出る。

「先生……」

 振り返った先生に、

「まぁ、座んなさい」

 言われて椅子に掛けた。

「……私たち、若槻の周りにいる人間が彼について知っていることはごくわずかなの。それは若槻が話さないから。ただ、妹にあげたオルゴールをずっと探していることはみんな知ってるわ。そして、あの小さな鍵を肌身離さず持っていることも」

 だから、私が鍵を持っていると知ったとき、すぐに唯兄に連絡したのね。

「知っているといってもそのくらい。でも、そのオルゴールがどれほど若槻にとって大切なものなのか、それは数年間若槻を見てきて知ってる。たぶん、アキレス腱みたいなものだと思ってる」

「……アキレス腱?」

 湊先生の真っ直ぐな目が怖い。

「そのオルゴールに執着しているから生きている。……そんな節があるのよ。だから、オルゴールを渡した直後に若槻をひとりにするようなことは避けたい」

 視線を逸らさずにそう言われた。

「先生、怖い……そんなの怖すぎる」

「わかってる……。すごく重いわよね。でも、翠葉にとって若槻はもう大切は人じゃないの?」

 まだ知り合って数日。普通に話せるようになって数日。

 でも、大切か大切じゃないかに時間は関係ない。

 私の中ではすでにもうひとりのお兄ちゃんになっている。

「大切だから……怖いです」

「その怖いって気持ち、よく覚えておきなさい。大切な人を失うのは怖いものよ。だから、最悪な事態は翠葉が止めてあげて」

「私にはそんな力……ないです」

「翠葉、翠葉にとって若槻は何?」

「……もうひとりのお兄ちゃん?」

「だとしたら、若槻にとっても翠葉はもうひとりの妹のはずよ」

 怖い――。

 そんなに大切なものを自分が三年間も持っていたことも、唯兄にそれを渡すことも。

 渡したあとの唯兄を目の当たりにすることも、すべてが怖い――。

「大丈夫……。栞もついているし蒼樹にもなるべく早くに帰るよう言っておく。蔵元にはすぐマンションへ来るように話しておくから。……最悪な状況にしないために翠葉にお願いしたい。若槻の側にいてあげて?」

「私に何ができるんですか? 私には何もできないのに……」

「あのね、翠葉……。若槻はカウンセリングをずっと拒絶してきたの」

 カウンセリング……?

「心が不安定なのよ。でも、治療を受けることを拒んでる。そんな若槻が始めて自分がからリハビリするって言い出して翠葉に近づいた。自分よりも年下の女の子に近づくなんて初めてなのよ……。それだけ、若槻にとって翠葉は特別なの。ただ一緒にいるだけでいい。それだけでいいから。……私たちにはできなことなの」

「……本当にそれだけでいいんですか?」

「いいわ。第一、ほかにできることなんてないでしょ?」

「それはそうなんですけど……」

「私たちでは若槻に寄り添うことはできない。でも、翠葉ならできると思う。根拠はないけど――でも、そうだと思いたい……」

 ただ一緒にいるだけ――。

 それだけのことをこんなにも重く感じたことはあっただろうか。

 ……ない。

 でも、秋斗さんが言っていた。這い上がってくる人だと。

 私もそれを信じていいだろうか。

 信じることで最悪の状況が避けられるのなら、強く強く信じる。

 自分に何ができるかなんてわからない。

 でも、もし唯兄の助けになれるのなら、その役は引き受けたい。

 ……唯兄、ひとりにはなろうとなんてしないで。私と蒼兄がいるから……。

 だから、お願い。ひとりにならないで――。

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