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光のもとでⅠ 第七章 つながり  作者: 葉野りるは
本編
15/62

15話

 部屋に入りベッドに横になって頭のマッサージを受ける。

 見ている限りでは不機嫌には見えないのだけど、口を開くと覿面というか……。

「今日はご機嫌斜めなんですか?」

「……別に」

 学校で何か嫌なことでもあったのだろうか。でも、今日は日曜日だし……。部活で、かな?

 何か訊いたほうがいいのだろうか。それとも、何も訊かないほうがいいのだろうか。

 悩んでいると、司先輩が口を開いた。

「前にホテルで俺を見かけたって言っていただろ?」

「え? あ、はい」

「そのとき一緒だった女子……。夏休みに家庭教師をすることになった」

「はぁ……」

「夏休みからのはずなのに、今回の期末から見ろとか言われてイライラしたまま部活に行ったら、今年初――的を外した」

 恐ろしいまでの不機嫌オーラのままに話す。

「……先輩、なんだかとてもどす黒いオーラを感じるのですが……」

「あぁ、気のせいじゃないと思う。こっちはインハイ前で忙しいっていうのに何考えてるんだか……」

 相当イライラしているらしい。

 でも、そっか……。インターハイ、もうそんな時期なのね。

「先輩、そんなに忙しかったら疲れるでしょう? マッサージは今日で終わりにしましょう?」

「そしたら翠はどうするつもり? またいつ頭痛が襲ってくるとも知れないのに」

 そこを突かれると痛い……。

「でも、一応筋弛緩剤で凌げることは凌げるし……」

「それ、対症療法でしかないけど?」

 それを言われるともっと痛い……。

「……整体、通おうかな」

「……翠に通うだけの体力があるとは思えないし、通いの整体師で腕のいい人なんてそうそういない」

 痛いところをピンポイントで突いてくるのだから何も言えなくなる。

「俺のことは気にしなくていい。一度こりをほぐせばあとは毎日じゃなくてもかまわないんだ」

「……でも、気になります」

「それ以上何か言ったら古典プリント十枚の刑に処す」

「それは嫌……」

「じゃ、おとなしくマッサージを受けて」

「はい……。お手数おかけして申し訳ございません」

「ストレッチは?」

「少しずつ始めています。やっと身体を起こせるようになったので」

 湊先生にも少しずつ始めるようにと言われている。

「なら、できそうなときは弓道部に来れば? マットも端に置いてあるし、翠ひとりがストレッチやるのには十分な広さがある」

「え……?」

「家でやるのもかまわないけど、学校にいたいんだろ? 部活終わるまでストレッチしてるなら帰りは送っていく」

 あ、そういう意味……。

「体調的に余裕がある日、姉さんのところでジャージに着替えて待っててくれれば迎えに行くから」

「でも、部活の邪魔になったりしませんか?」

「部活中に神経が逸れる人間はいないから、その辺は気にしなくてもいい」

 さすが……。

「それでは機会があったら……」

 マッサージが終わり、先輩の手をマッサージしようとしたら遮られた。

「風呂に入ったら若槻さんたちと何か話すことがあるんだろ?」

「はい……」

「今日はいい。また今度やって」

 そう言うと、立ち上がって帰る準備を始めた。

 マッサージのお礼を言うと、「明日は学校で」と部屋を出ていった。

 私が玄関へ見送りに出たときにはすでに玄関のドアが閉まったところで……。

 珍しい、栞さんたちに何も言わずに帰るだなんて。

 不思議に思いつつ、若槻さんに言われたとおりお風呂に入ることにした。


 リビングでお茶をしている栞さんと湊先生に声をかける。

「お風呂に入ってきます」

「司くん、どうして機嫌が悪かったのかわかった?」

「あ……ちょっと嫌なことがあって、そのまま部活に行ったら的を外しちゃったみたいです」

「あら、珍しい……」

 栞さんは口もとに手を当てて驚いていた。

「今年初だから余計に不機嫌なのよ」

 と、湊先生。

 湊先生は不機嫌の理由を知っていたのね……。

 それにしても、本当に百発百中の人なんだ……。インターハイ、応援に行けるといいな。

 そんなことを考えつつバスルームへ向かうと、洗面台に遮光瓶が置いてあった。

 ラベルにはサイプレスとゼラニウムと書かれている。

 あ、そっか……もうすぐ生理だからだ。

 このエッセンシャルオイルのチョイスは生理前に出してくれるもの。

 婦人科系に効果があるもので、生理痛を緩和してくれる作用がある。

 その遮光瓶を開け、バスタブに数的落としてからお風呂に入った。

 ゼラニウムもサイプレスも、ちょっと青々しい香りで実は苦手。でも、この時期だけはそんなに苦手意識を感じないから不思議。

 お湯に落とした精油がところどころに油溜まりとなって浮かび、それを指ではじきさらに細かく散らす。

 そんなことをしてのんびりとバスタイムを楽しんだ。


 お風呂から上がると栞さんに声をかけられた。

「蒼くんも若槻くんも翠葉ちゃんの部屋にいるわ。蒼くんがさっきお茶を持っていったから」

 私は栞さんにエッセンシャルオイルのお礼を言って、ゲストルームでの自室へと向かった。

 若槻さんはデスクの椅子に跨っており、蒼兄がベッドを背にラグに座っていた。そして、その手にはドライヤー。

「翠葉、まずは髪の毛を乾かしちゃおう」

 蒼兄のもとまで行くと、

「さっき栞さんから電話があって、もうすぐお風呂から出てくるって言われたから先に下りてきたんだ」

 若槻さんに説明されて謎が解けた。

 どうしてこんなグッドタイミングなんだろう、と思っていたところだったから。

「忙しいのにごめんなさい」

「リィとの会話は癒しだからいいんです。さらには治療混み! なんて画期的」

 こっちが本当の若槻さんなのだろうか。

 初めてホテルで見たときの印象とものすごく変わる。

 印象というよりは、モード、だろうか。

 ホテルで見たときは若いな、とは思ったけれど、どこにも隙がないような感じがした。

 でも、今は素、というより年相応というか――なんだろう。よくわからないけれど今のほうがしっくりとくる。

 最初はスーツが普段着になったからかも、と思っていたけれど、服装とかそういうものではなく、話し方や接し方が全然違う。雰囲気が全く違うのだ。

 蒼兄の前にちょこんと座ると、いつかみたいに頭の方から乾かし始め、徐々に毛先を乾かしてくれる。

 気分はトリミングされている犬のよう。

 トリミングされている犬たちはさぞかし気持ちがいいことだろう、と思いながら、優しくて温かな風に乾かされていた。

 蒼兄の手も魔法を使えると思う。

 この手が頭にポンと乗るだけで、いつも私は落ち着いてしまうのだ。

 きっと、何かの魔法。

 十五分ほど乾かしてもらって、やっと乾いた。

「はい、完了!」

「その髪の毛、梳かしたい」

 若槻さんが控え目に挙手をしている。

「……いいですよ?」

 誕生日プレゼントで司先輩にいただいた柘植櫛を若槻さんに渡すと、

「渋いもの使ってるねぇ……」

「司先輩からの誕生日プレゼントなんです。プラスチックのものだとどうしても静電気が起きるから、ずっと欲しかったものなんです」

「あぁ、欲しかったものがプレゼントでもらえると嬉しいよね。……因みに、秋斗さんからのプレゼントはなんだったわけ?」

「あ……えと、アレです」

 デスクに置いてある陶器のケースを指すと、

「見てもいい?」

 訊かれて、コクリと頷いた。

 若槻さんは入れ物に手を伸ばし、そっと蓋を開ける。

「あの人らしいっちゃあの人らしいね」

 見た途端に苦笑い。

 すると、蒼兄と入れ替わりでベッドに腰掛け、私の髪の毛を梳かし始めた。

「で? リィのお話は?」

 蒼兄を見ると、蒼兄は苦笑を返してくる。

「あのね、さっき海斗くんたちにも同じような質問をして、それが男女間ではあまりしないお話であることはわかったの……」

 私はそんなこととは知らず、いつもと同じ気持ちで蒼兄に相談してしまったのだ。

 でも――。

 秋斗さんが望むもの。それを一番よくわかっているのは年が近くて同性である蒼兄や若槻さんなのかな、とも思う。

 立ち位置が近いというか……十六歳や十七歳じゃない人の考えを知りたいと思う。

「いいよ、話して? だいたいの予想は今の前置きで見当ついたし。なんせリィだからね。あんちゃんとのやり取りを見ていると、あんちゃんは答えられなかったってところでしょ?」

 若槻さんの勘はなんて鋭いのだろう……。

 上目遣いというか、頭ごと真後ろにいる若槻さんを見上げると、クスクスと笑っていた。

「要は男女間のことじゃないの?」

 言われて頬が熱くなり、すぐに下を向いてしまう。

「まずはお茶でも飲めば?」

 勧められてコクリと頷き、テーブルに置かれたカップに手を伸ばす。と、あたたかいラベンダーティーだった。

 栞さんはめったにラベンダーティーは私に出さない。香りも味も好きだけど、アロマを炊くこともない。

 安眠と共に血圧を下げる効果があるからだ。

 でも、今日は特別なのかな……?

「少しずつ話してみな」

 後ろから、兄とは違う優しい声が降ってきた。

 すると、肩から余計な力が抜けるのがわかる。

「あのね、海斗くんたちに訊いて少しはわかったんです。 付き合うイコール婚約や結婚と思っている人と、そうでない人がいるっていうこと……」

「くっ……」

 あ、ひどい……。

 カップを両手に持ったまま若槻さんを振り返ると、

「スミマセンデシタ」

 と謝りつつも、目にはわずかに涙を浮かべている。

 本当にひどい……。

 でも、仕方ないのかな。若槻さんは桃華さんや佐野くん側の考え、というのが今のでわかった。

「でもね、海斗くんもそうだったけれど、秋斗さんはそうなのでしょう? 付き合うイコール結婚なのでしょう?」

 下から見上げるように若槻さんを見ると、苦笑しつつ、

「今はそうとしか考えてないね」

 その答えに納得して次の話題へ写る。

「でね、たぶんここからが男女間でしない話なのだと思う」

「んー……いわゆる性行為ってやつでしょ?」

 ずばりと言い当てられる。

 カップをラグに置き、右手で頬を押さえつつコクリと頷く。

「私は……まだ、結婚とかそういうことは考えられなくて、だから、そういうのわからない……。秋斗さんが結婚まで視野に入れてそういう関係になることを求めているのだとしても、私はそこまでの覚悟がないというか……」

 小さな声でボソボソと話していると、頭にピッ、と何かが押し当てられた。

 なんだろう、と見上げると、若槻さんの右手、たぶん指が頭を突いていた。

 その指が人差し指とわかったのは、次に押されたのが額だったから。

「……何かスイッチでもついてましたか?」

「リィはそれが素だからすごいよね」

 と笑う。

 スイッチが付いているかどうかは教えてくれなかったけれど、もっと大切なこと、今私が欲している答えをくれた。

「秋斗さんが性行為を求めてくるっていうのは、一種愛情表現であり、あの人の欲望。なので、リィは何もそれを現時点で受け入れなくちゃいけない必要性もなければ、こんなに考え込まなくてもいい。逆にここまで考えて悩んでくれているっていうのは秋斗さんのことをそこまできちんと考えているってことだから、秋斗さんにとっては嬉しいことなんじゃないのかな。ま、そうとはいえ、今までの行いが行いの人だし、自分の欲をどこまで抑えられるかは不明だけど。でも、それにリィが合わせる必要は全然なし。ホントにさ、怖い行為じゃないんだよ。でも、気持ちを殺してまでする行為でもない。だから、リィはリイのままでいい。OK?」

 私は私のままでいいの? 今のままでいいの?

「でも、それは秋斗さんが我慢するということではないの?」

「……自業自得っていうかさ、どうしても欲しいものがあるとしたら、何かを我慢しなくちゃいけないことがある。そういうのって何につけてもあることなんだ。わかりやすくいうなら、欲しいおもちゃがあるなら普段の買い食いを諦めてお金を溜めなくちゃいけない――そんな感じ」

 あ……なるほど。

「私は何を諦めたら――ごめんなさい、なんでもない……」

 私、今何を口にしようとしたの?

 すごく自然に口にしてしまったけど、その先はとても恐ろしいことではなかっただろうか。

 瞬時に身体の熱が下がる気がした。

「リィの髪の毛は本当にサラッサラできれいだね」

 若槻さんが自然な動作で髪の毛にキスをした。

 びっくりしていると、

「このくらいは兄特権で許してよ」

 と、かわいく笑う。

 ……気を遣ってくれたのかな。

 すると、椅子に場所を移していた蒼兄が私の真横に座った。

「翠葉は何も諦める必要はないよ。だからといって、その体調で満足する必要もない」

 ゴツン、と蒼兄の頭が私の頭に降ってきた。

 さらに、若槻さんが蒼兄とは反対側の私の隣に身体を滑り込ませる。と、蒼兄と同じように私の頭に頭をこっつんとぶつけてくる。

「そうそう。リィは望むものを口にすることが先決。そこからリィの世界は開けていくんだよ」

 ラグの上に置いたカップが倒れそうな気がして、それをテーブルへ戻すために身体を浮かせたら、後ろでゴチ、と音がした。

 振り返るとふたりは渋い顔をしている。

 私ひとりが抜けたそこで、蒼兄と若槻さんの頭がぶつかっていたのだ。

「すーいーはー……」

「リィ~?」

 ふたりして恨めしい顔をしている。

「ごめんなさい」

 謝ったものの、私の口からは笑い声が漏れていく。

 なんだかふたりがとても愛おしくて、大切に思えて、ふたりの腕に抱きついた。

「蒼兄、唯兄、ありがとうっ」

 ふたりに抱きついたまま口にすると、

「「どういたしまして」」

 と、ふたりは抱きつかれている腕と反対側の腕を私の背に回してくれた。

 背中がじんわりとあたたかくなり、心まであたたかくなる。

「あんちゃん、俺唯兄って呼ばれちゃった」

「念願かなったりだな?」

 ふたりは私の頭の上で言葉を交わす。

「うん。若槻さんじゃなくて唯兄……今ならそう呼べる」

「強制じゃなくてさ、こんなふうに自然に呼んでもらえると嬉しいね」

 唯兄は本当に嬉しそうに笑っていて、つられて私も笑顔になる。

 栞さん、ラベンダーティーを飲んでも大丈夫だった。

 血圧が下がるどころか、ちゃんと精神安定剤の効果もあったよ。

 それは、このふたりの兄がもたらしてくれたのかもしれないけれど、でも、どちらであってもいいの。

 相乗効果かもしれないから。

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