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光のもとでⅠ 第七章 つながり  作者: 葉野りるは
本編
14/62

14話

 五時半を回ると、「そろそろお暇するわ」と桃華さんが切り出した。

「身体、やっと起こせるようになったんでしょう? 長居して疲れさせたんじゃお見舞いに来た意味ないじゃない」

 サラリと言われてしゅんとしていると、にっこり笑顔の飛鳥ちゃんに手を取られる。

「名残惜しいけどっ、でも早く学校に出てきてほしいしね」

「何かあったら悩んでないで連絡してこいよ」

 佐野くんを見上げると、にっ、と笑みを見せてくれた。

 みんなが帰ってしまうのは寂しいけれど、どうしてか心はあたたかいまま。

「俺、今日はこっちに泊りだからまだいるし」

 海斗くんの言葉に少しほっとする。

 全員が一気にいなくなってしまうわけではない……。

「なんだか嬉しいわね?」

 桃華さんがクスリと笑い、

「うんうん、これは後ろ髪引かれそうになるな」

 佐野くんが笑みを深めた。

「この顔が見られればメールの件も許せちゃうよね?」

 最後の飛鳥ちゃんの言葉に首を傾げると、

「すっごく寂しそうな顔してくれたじゃない」

 桃華さんに指摘され、なんとなく恥ずかしくて髪の毛で顔を隠す。

「また欠席が続いたら、そのときこそ遠慮せずにメールしてこいよ」

 佐野くんに言われてコクリと頷いた。

 本当は何か言葉を口にしたかったのだけど、なんて言ったらいいのかわからなくて、嬉しさをただひたすらに噛みしめた。

「あ、ちょっと待って?」

 咄嗟に蒼兄に連絡を入れたほうがいいのかな、と思って携帯を手に取った。

 リダイヤルから発信すると、

『どうした?』

「みんなが帰るって言うんだけど……」

『わかった、そっちに行くからちょっと待ってな』

 通話を切るとすぐ蒼兄がやってきた。

「久しぶりです」

 声をかけたのは桃華さん。

「久しぶり」と返した蒼兄はとても穏やかな顔をしていた。

 次の瞬間には「立花さんもね」と飛鳥ちゃんにも声をかける。

「もう帰るんだって?」

 蒼兄が問いかけると三人が一斉に立ち上がった。

「はい。これ以上いたら翠葉を疲れさせるだけですから」

 桃華さんが答えると、蒼兄は目を細めて微笑む。

「じゃ、三人とも送っていくよ」

 蒼兄の申し出に佐野くんだけが断りを入れる。

「俺、バスの中では勉強するって決めてるんで」

 意味がわからず私と蒼兄は顔を見合わせ首を傾げる。

「俺が駅まで送ったらその分早く帰れないか?」

「いや、家に帰ったらもう寝たいので……。だから、バスの中だけは勉強しようって決めてるんです。たかだか二十分くらいなものなんですけどね」

 夏場の部活は大変なのだろう。直射日光のもとでスポーツをすることを考えると過酷そうだな、と簡単に想像ができる。

 それだけ疲れているところを来てくれたのが嬉しくて、あたたかなものは少しずつ身体中に触手を伸ばし始めた。

「わかった。じゃ、バス停まで乗せていくよ」

 それには佐野くんも笑顔で了承する。

「でも、女の子ふたりは家まで送るの強制ね? 夏は変な人が出る率も高いから」

 蒼兄は私に視線を移し、

「翠葉、ちょっと行ってくるな」

 突如海斗くんが立ち上がり、

「シスコンっ」

 と、蒼兄の腰辺りに軽い拳を一発。

「……さすが先輩の弟」

 蒼兄は脇を押さえて苦笑した。

 みんなが笑い出したところで、

「じゃ、またね」

 それぞれに声をかけられて部屋から出ていくのを見送った。


 玄関の閉まる音がして帰ってしまったことを実感する。

 視線を感じて海斗くんを見ると、

「あいつらは翠葉が寂しいって口にすればいつだって駆けつけてくれるよ」

 少し苦笑が混じる笑い方。

「……私、また変な顔してた?」

「変っていうか……寂しそうに見えた。みんなさ、翠葉には笑っててほしいんだけど、こういうときのそういう表情は別かな? 必要とされてるっていうか、別れを寂しいって思ってもらえることが嬉しいっていうのは変な話だけど。相手が翠葉だと拍車がかかって貴重なんだ」

 ……意味がわからない。でも、突き詰めて考える必要はなさそう。

「今度からは困ったり寂しくなったらすぐに連絡する……」

「うん、そうしてやって。もちろん俺にもね。俺、翠葉からメールもらうのなんてまだ五本の指で数えられるから」

 海斗くんは意地悪な顔で指折り数えて見せる。

 ひどいなぁ、とは思う。

 でも、あまり自分からはメールしないし、海斗くんは用事があるとメールではなく電話で用件を済ませることが多いから、メールという機能をあまり使わない相手だった。

「ほら、結構長い間起きてたんだから、夕飯まで休めば?」

「うん、そうする。栞さんを呼んでもらえる?」

「いいけど、どうした?」

「あ、具合悪いとかじゃないよ? ただ、寝るときは……」

 と、視線を手元に落とした。

 手にタオルを巻かなくてはいけない――。

「本当にごめんな……」

「え? 海斗くんが謝ることじゃないよっ!? 私が自分で傷つけただけだからっ」

「でも、秋兄がキスマークなんてつけなければ起きなかったことでしょ?」

 要点をつかれると何も言うことができなかった。すると海斗くんは、

「栞さん、呼んでくる」 

 部屋から出ていく背を見て申し訳なく思う。

 私の行動ひとつでこんなふうに人を謝らせてしまのね……。

「あっ――」

 頭をよぎったのは、海斗くんが秋斗さんにこのことを話してしまうことだった。

「翠葉ちゃーん。じゃ、手、やろうね」

 栞さんが来てくれたけれど、少し待ってもらった。

 携帯を手に、短いメールを送る。



件名 :お願い

本文 :お願いだから秋斗さんには

    言わないで?

    絶対に知られたくはないの。

    だから、お願い……。



 返信はあってもなくてもどちらでもいい。

 きっと海斗くんは私の気持ちを汲んでくれると思うから。

 携帯を置くと、栞さんにタオルで手をぐるぐると巻いてもらって少し休むことにした。

 そういえば、今日は日曜日だけれど司先輩は来るのだろうか……。

 うとうとしながらそんなことを考えていた。



「翠葉、起きられる?」

 ん……。

「湊先生……?」

 目を開けると、湊先生が私を覗き込むようにして立っていた。

「お友達の手術は……?」

「無事に終わったわ。ま、殺したって死にそうにないやつだから問題ないわ。少しは顔色いいんじゃない?」

「……本当ですか? ……友達効果かな」

「何それ?」

 先生が不思議そうな顔をした。

「今日ね、桃華さんたちが来てくれたんです。それで、色々と相談に乗ってもらったり、学校のお話をしてもらったらとても楽しくて……」

 桃華さんたちに会ってお話しをしたら、とても元気になった気がした。

「あぁ、海斗がそんなこと言ってたわね」

 思い出したように言いながら、手に巻いてあるタオルを外してくれた。

「今日の夕飯は結構面白い顔ぶれよ?」

 湊先生から曖昧な情報をもらってリビングへ向かうと、本当に奇妙なメンバーだった。

「翠葉お嬢様、お邪魔しております。お加減はいかがですか?」

 一番に声をかけてくれたのは蔵元さん。

「蔵元さん、こんばんは。今日は少し体調がいいみたいです」

「それは良かったです」

 蔵元さんは穏やかに笑い、座る場所をソファに移しラグを開けてくれた。

 私は譲られた場所に腰を下ろし、左側のソファにお昼と変わらず転がっている屍――もとい、若槻さんを見る。

「若槻さん……生きてますか?」

「……かろうじて」

 言って、むくりと起き上がる。

「そんなに今忙しいの? 俺、珍しく秋斗先輩に何も頼まれてないんだけど」

「たぶん、その内何か頼まれるんじゃないかなぁ……ははは」

「なんだそれ。予告なしのびっくり箱みたいで全然ありがたくないんだけど……」

「あんちゃん、びっくり箱っていうのは総じて予告はないものなんだよ」

 と、もっともなことを若槻さんが口にした。

 それにしても……。

「蔵元さんはどうしてこちらに……?」

 不思議に思っていることを尋ねると、

「秋斗様のお使いで唯のところへ来ていたところ、栞様から夕飯へお誘いをいただきました」

 なるほど……。

 そこに海斗くんと司先輩、栞さんがそれぞれトレイに夕飯を載せてやってきた。

 今日はカレーだった。

 みんなはカレーとサラダ。人数が多いときはこういうご飯のほうが作るのは楽なのだろう。

 それでも栞さんのことだから、ルーから手作りに違いない。

 今日は八人もいるうえに、そのうちの五人が男の人。

 その面々を見回していると、均整に筋肉のついた腕が伸びてきて、目の前にフルーツサンドが差し出された。

「翠はこっち」

 司先輩の腕だった。

「それね、さっき司くんが作ったのよ」

 と、栞さんが教えてくれる。

 思わず司先輩の顔を見ると、

「そんなの誰でも作れる。生クリーム泡立てて中に缶詰のフルーツ入れるだけ」

「……あの、私まだ何も言ってないのですが……」

「言われた気がした」

「いえ、まだ何も……」

 そんな会話をしていると、

「ねぇ、ふたりっていつもそんな会話してるわけ?」

 海斗くんに訊かれた。

 そんなって……どんな?

「そうだな……基本、翠葉が何か話す前に司がその答えを言うな」

 答えたのは私でも司先輩でもなく、海斗くんの隣に座っていた蒼兄がだった。

「そうね、司くんは翠葉ちゃんの表情を読むのが上手よね」

 言いながら栞さんがクスクスと笑う。

「普段は人のことなんてどうでもいいって感じのくせにね」

 湊先生は口端を上げてケラケラと笑った。

 蔵元さんはその場の会話をじっと聞いているのみ。

「翠、今日は夕飯のあとになるからマッサージは頭のみね。じゃ、いただきます」

 先輩はきちんと手を合わせてからスプーンを手に取った。

 まるで今までの会話がなかったように、それはそれは見事に自分のペースを守る。

「ある意味すごいよね……」

 若槻さんの言葉に海斗くんが、

「でも、基本はいつもあんな感じですよ」

「……若槻さんと海斗くんもお知り合いなんですか?」

「「いんや、さっき自己紹介済ませたばかり」」

 ふたりは見事なシンクロを見せてくれた。

 まるで双子のように息がぴったりと合う。

 いつもとは違うメンバーに少しそわそわしつつの夕飯。

 サンドイッチを口に入れると、ふわりと甘い香りが広がった。

 バニラエッセンス? ビーンズ?

 手元のそれに視線を落とすと、

「バニラオイル」

 左に座る司先輩から答えが提供される。

「すごくいい香りがしました」

「栞さんが揃えてるものだから有名なメーカーなんじゃない?」

 司先輩って料理だけではなく、お菓子作りもできてしまうのだろうか……。

「……やったことはない。でも、本を見れば誰でも作れるだろ」

 素っ気無く答えてくれるけど……。

「あの……だから、私まだ何も言ってません」

「顔にうるさいくらいに書いてある」

「勝手に読まないでください」

「だったら仮面でもかぶってろ」

 今日の先輩は虫の居所が悪そうだ。

「翠葉、明日から学校に行っていいわよ。ただし、二限からね」

 ソファに座る湊先生に声をかけられて視線を移す。

「はい。……でも、どうして二限から?」

「薬飲むと眠くなるでしょ? だから一限は保健室で休んで二限に出たら三限を休む。四限に出てお昼を食べたら薬を飲む。だから五限は休んで六限に出る。七限は休んで八限に出る。OK?」

「……はい」

「今までどおり、行きは蒼樹と一緒に登校しなさい。帰りは……そうね、コンシェルジュにでも頼めばいいわ」

「自分が迎えに行けるときは行きますよ?」

 若槻さんが申し出てくれる。

「でも、すごく忙しいのでしょう?」

「忙しくても気晴らしは必要なんですっ」

「ま、そこは若槻とコンシェルジュチームで連携しておいて」

「了解でーす!」

 和やかに食事は進むというのに、いつもとメンバーが少し違うだけで、こんなにも落ち着かないものだろうか。

 けれども、そう感じているのは私だけみたいだった。

 蒼兄は隣に座っている蔵元さんと話をしているし、湊先生は真正面に座っている栞さんと来週の日曜にショッピングに行かないか、と話をしている。

 若槻さんと海斗くんはスポーツの話をしているけれど、私の隣に座る司先輩だけは無言でカレーを口に運んでいた。

 私も黙々とフルーツサンドを口にし、一緒に出されたミックスジュースを飲む。

 ジュースはオレンジ色をしていて、果物と野菜のジュースだった。

「リィ、少し蔵元さんと仕事の打ち合わせしなくちゃいけないから、先に彼のマッサージ受けちゃいな。で、相談ごとが終わったらすぐに眠れるように先にお風呂に入ること。準備ができたら電話くれればいいから」

 若槻さんはお皿を持って立ち上がりキッチンへと入っていった。

 その背中に向かって栞さんが声をかける。

「食洗機の中に入れておいてくれればいいわ」

 続いて、

「次にこちらへうかがう際にはアンダンテのタルトを持参いたしますね」

 と、にこやかに笑った蔵元さんが若槻さんのあとを追った。

 海斗くんも明日の数学があたるとかで早々に離脱。

 蒼兄も若槻さんが来るまではレポートを片付けるようで自室に戻っていった。

 残るは四人。

 湊先生と栞さんは食後にお茶を楽しんでいる。私と司先輩は私の部屋に場所を移してマッサージを始めることにした。

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