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光のもとでⅠ 第七章 つながり  作者: 葉野りるは
本編
13/62

13話

「さて、本題だけど……」

 桃華さんが口にすると、先ほどと同じ位置にふたりは腰を下ろした。

「私は付き合うことと結婚は分けて考えるタイプ。だって、付き合って一緒に時間を過ごしたうえで結婚ができるかどうか吟味したいもの。ある意味、お試し期間? だから、婚約も別として考えるわ。で、キスや性行為だけど……。もし好きな人と付き合うことになったらキスはしたい、かな……」

 桃華さんは陶器のような肌をほんのりと赤く染めた。

「性行為はちょっと別……。なんていうか、相手と自分しだいじゃないかしら。子どもができるかもしれない行為はそう安易にしていいものとは思えないの。中絶とか嫌だし、かといって産んで育てるのも今の私には無理だわ。高校だってやめたくないもの。だからするなら避妊は絶対って思う。でも、その場の雰囲気に流されて……とかそういうのは嫌。軽率なことはしたくない」

 桃華さんらしい答えだと思った。

「いつも思うんだけど、桃華って責任感強いよね?」

 飛鳥ちゃんの言葉に同意するように私が頷くと、

「自分の頭はどうもこういうふうにしか物事を考えられないのよ」

「私はねぇ……わっかんないんだなぁ……」

 と、飛鳥ちゃんが話し始める。

「好きな人とは喋りたいし一緒にいたいし手だってつなぎたいよ? でも、性行為はちょっと……」

 と、言葉を濁す。

「だって、怖くない?」

「……飛鳥ちゃんも怖い? それ、おかしいことじゃない?」

「怖いよ。だって、雑誌に初めては痛いとか書いてあるしっ」

 飛鳥ちゃんは顔を真っ赤に染めていた。

「桃華さんは? 桃華さんも、怖い?」

 桃華さんを見ると、桃華さんはいつの間にかベッドに顔を突っ伏していた。そして、そのままの状態でコクリと一度頷いた。

「あのね、もうひとつ訊いてもいい?」

 ふたりに声をかけると、桃華さんは顔を上げ、飛鳥ちゃんには「なぁに?」と訊かれる。

「性行為が怖いって思ったら、好きな人も怖くなるの?」

 ふたりは顔を見合わせてから私に視線を戻す。

「「なんで?」」

 あれ……?

「そんなの、こっちの気持ちが固まるまで待たせておけばいいのよ」

 一蹴したのは桃華さん。

「性行為自体は怖くても、好きな人は好きな人でしょう?」

 そう答えたのは飛鳥ちゃん。

 そっか……これは私だけなんだ。

「あのね、私は……意識した途端に秋斗さんも怖くなっちゃったの……」

 それはもう、どうしたらいいのかもわからないくらいに。

「秋斗先生だけ?」

 桃華さんに訊かれた。

「うん、ほかは海斗くんも佐野くんも司先輩も大丈夫。でも、秋斗さんは同じ空間にいるだけで身体が硬直しちゃうくらいで――どうしたらいいのかわからないの」

 視線を手元のグラスに落とすと、

「まずはそれを飲んじゃおうよ」

 飛鳥ちゃんに促されてグラスに口をつけると、少しぬるくなった酸味のあるお茶が口いっぱいに広がる。

「翠葉は体調も大変なのに恋愛も大変ね」

 桃華さんの言葉になんて答えようか悩んだけど、悩んだところでまともな答えは出てはこない。

「本当に……。どうしたらいいのかな」

 どんな顔をしたらいいのかわからなくて、一生懸命笑顔を作ろうとする。でも、それは苦笑にしかなりはしなかった。

「そのままでいいんじゃないかしら」

 桃華さんのカラ、とした一言に顔を上げ、

「……そのまま?」

「秋斗先生はそんな翠葉だから好きになったんじゃないかしら?」

「あぁ、ある意味そうかもー……。だって秋斗先生だったら苦労しなくても女の人よりどりみどりだろうし。なのに翠葉なんだよ?」

 そんなふうに考えたことはなかった。

 どちらかと言うと、何も許容できない私に呆れてしまったのではないだろうか、とそのことばかりが気になってしまって。

 それに、どうして私を好きになってくれたのかもわからなかった。

「どうして私だったのかな……」

「それは本人に訊かないとわからないわよ。……ね、今のその気持ちを秋斗先生に話すことはできないの?」

 桃華さんに訊かれてドキリとする。

「あ――あのね、秋斗さんとこういう話をするのも怖いの」

「それじゃ前に進めないじゃん」

 飛鳥ちゃんの言うとおりだ。このままでは前には進めない。

 飛鳥ちゃんは飲み終わったグラスをトレイに戻すと、私が持っているグラスを置くかどうか訊いてくれた。

 私は何か手に持っているほうが落ち着く気がして、持っていることを伝える。

「ま、なんにせよこのご時世、私たちの年で結婚まで考えて付き合ってる人なんて少ないわよ」

 と、桃華さんがひとつの答えをくれた。

「秋斗さんはね、結婚まで視野にい入れて付き合うことを考えていて、でも、私にはそれができなくて……。なんていうか、覚悟ができている人とできてない人……? それでいいのかなって……。覚悟できているからこそ性行為まで求められているとして、覚悟できていない私は受け入れられないっていうか――怖い」

「……全部が怖いにつながっちゃうんだ」

 飛鳥ちゃんに言われて心の中でコトリ、と何かが音を立てた。

「ねぇ、ここまで話したから男ふたり中に入れない?」

 桃華さんの提案に私と飛鳥ちゃんは頷いた。

 桃華さんが立ち上がり、ドアを開けてふたりを呼ぶ。

「話終わった?」

 海斗くんと佐野くんが入ってくる。

「終わってなくて続行中?」

 飛鳥ちゃんが返すと佐野くんが固まった。

「主に翠葉の悩み相談よ」

 佐野くんは桃華さんに小突かれてほっとした顔になる。

「なんかね、全部が『怖い』につながっちゃうみたい」

 飛鳥ちゃんが説明すると佐野くんが、

「あぁ、さっきの話ね」

 海斗くんだけが、「何?」って顔をした。

「あのね、海斗くんもそうだけど、秋斗さんも同じ考えの人だよね? 付き合うなら結婚を前提に……って」

 私の言葉に海斗くん意外の三人が海斗くんを凝視する。

 けれども海斗くんはそれをものともせず、

「そうだろうね。それが何?」

 とても普通に答えた。

「私はね、そこまで考えられないの。というよりは、そんな覚悟を持ち合わせてはいないの。もし、そのうえで性行為を求められているのだとしても、やっぱりそんな覚悟はないの」

「……待たせておけばいいんじゃね?」

 とても短い一言で、さっき桃華さんが言ったことを口にする。

「ま、秋兄には酷っちゃ酷だけど、そうまでしても手に入れたいのなら我慢するのが筋だろ?」

 海斗くんは、「それが本当の覚悟だと思うけど」と首を捻った。

「でも、どうやら御園生は求められて困ってるっぽいよ」

 佐野くんが簡潔に補足してくれた。

「……なるほど。それで『怖い』につながるわけね。でも、怖いのは行為のみでしょ?」

 訊かれて言葉に詰まり俯いてしまう。

「……まさか、秋兄そのものが怖かったりするの?」

 小さく頷くと、盛大なため息が三つ聞こえた。

 そっと海斗くんを見ると、問いかけた状態で固まっていた。

 申し訳なくて再度視線を落としてしまう。

 海斗くんはものすごく秋斗さんのことを慕っていると思うから、余計に申し訳なく思う。

 さっき、気持ちだけは理解してほしいと言われたのに……。

 頭ではわかっているつもりでも心が真逆に傾く。

 それでも、好きな人、という認識はあるのに――。

「秋兄にそのまま伝えてみたら?」

「……海斗、もうそれも無理っぽいわ」

 桃華さんが代弁してくれた。

「なんで?」

「翠葉、秋斗先生と同じ空間にいるだけでも体が硬直しちゃうみたい」

「マジっ!?」

 私は何も答えることができなかった。

「翠葉、悪い……。秋兄、そんな怯えさせるようなことしたんだ?」

「っ……違うっ。あのね、私が許容できないだけで、たぶん――きっと、そんなひどいことをされたわけじゃないと思う」

 秋斗さんが悪いみたいに話が進んでしまうのは嫌で、でも、どう説明したらいいのかもわからなくて、最後は声がとても小さくなってしまった。

「そっか……ありがと。秋兄のことかばってくれて」

 海斗くんがふわりと笑った。

「でも、やっぱり翠葉を好きなら秋兄が我慢するべきだと思う」

「……え?」

「ほらー……やっぱりそうだよー」

 と、飛鳥ちゃん。

「どう、して……?」

 なんとか言葉を口にすると、

「だって、こういう御園生を好きになったんだったら、御園生の意思を尊重しないと。……だろ?」

 佐野くんが当然のように話す。

「ほら、だから待たせておけばいいんだってば」

 言いながら、桃華さんはにこりと笑った。

 どうやら四人の意見は一致しているようだ。

「あぁぁぁ……でもなぁ、恐怖感持っちゃってるのはなかなか拭えないよなぁ……。これは秋兄の失態だな」

「そこよね……。秋斗先生を怖いって思っているのだけでもどうにかできるといいんだけど」

 桃華さんは何かいい方法はないか、と額を手で押さえる。

「また少しずつ一から慣らすしかないんじゃない?」

 佐野くんの一言に私以外の三人が頷いた。

「翠葉、おまえはさ、おまえの速度で歩けばいいんだ。何も秋兄に合わせることないよ。こういうのって人に合わせるものじゃないし。むしろ自分のペースを守ったほうがいいと思う」

 海斗くんのその言葉が胸にストンと落ちてきて、心の本棚に言葉がおさまった気がした。

 その本棚の中、海斗くんの言葉の隣にはおさまったばかりの言葉がある。

 ――『翠は翠のペースでいいと思う。どうしてそこで人に合わせる必要がある? ……それで許容量を超えてたら翠がもたない」

 数日前に司先輩に言われた言葉。

「えっ!? なんで泣くのっ!?」

「あ……」

 慌てて右手で涙を拭う。

「バカね……。誰も翠葉が悪いなんて思ってないし、翠葉の気持ちがおかしいなんて思ってないわよ」

 桃華さんがハンカチを貸してくれた。

「ただ、すごく新鮮ではあったけど」

 佐野くんが頭を掻きながら苦笑を見せた。

「翠葉、好きーっ! 早く学校に出てきてね」

 飛鳥ちゃんに抱きつかれてグラスを落としそうになると、それを桃華さんが咄嗟に受け止めてくれた。

 海斗くんも佐野くんも立ち上がりベッドサイドまでやってくる。

「あーぁ。こんな悩んでるんだったらもっと早くに来るんだったよ」

 そう口にしたのは佐野くん。

「本当……翠葉、全然メールくれないんだもん」

 急に飛鳥ちゃんがむくれ、

「いつになったら連絡くるのかと思って携帯が片時も離せなかったじゃない」

 桃華さんに軽く睨まれる。

「……え?」

 海斗くんだけが面白そうに笑っていて、

「こいつらさ、お見舞いに来たくて仕方なかったんだ。でも、いつまでたってもお呼びがかからないから連絡くるまではメールしないとか、電話かけないとか意地になってたバカども」

「そうだったの……?」

 三人は罰が悪そうに頷く。

「ごめんね……。こういうの初めてで、誰にどうやって相談したらいいのかわからなくてずっといっぱいいっぱいだったの」

「翠葉らしいっていったら翠葉らしいけど」

 桃華さんは中途半端な言葉を口にして佐野くんに振る。

「俺らのこと眼中なかったよな?」

 佐野くんは佐野くんで飛鳥ちゃんに振った。

「すごく寂しいよねぇ……」

 最後には三人の視線が自分に集った。

「ごめん、なさい……。こういう相談も乗ってもらえるの?」

「「「「当たり前っ!」」」」

「だから、俺らの相談にも乗ってよ」

 海斗くんの手が髪の毛に伸びてきてツン、と引っ張られた。

「乗れるものなら……」

 自信なく答えると四人に笑われた。

 そのあとは、この一週間の学校での出来事や他愛もないクラスメイトの話を聞いて過ごした。

 こんなに和やかな時間を過ごすのはひどく久しぶりな気がして、雁字搦めになっていた何かが少しずつほどけていく感じがした。

 海斗くん、桃華さん、飛鳥ちゃん、佐野くん――この四人は私にとってかけがえのな人たち。宝物だ……。

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