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光のもとでⅠ 第七章 つながり  作者: 葉野りるは
本編
11/62

11話

 お昼になると蒼兄に呼ばれリビングへ行く。

 キッチンの前を通りかかったとき、栞さんに声をかけられた。

「昨日の残りでごめんね」

 申し訳なさそうに言うけれど、私は全然問題ないし、蒼兄は昨日のお昼は大学で食べているのだから全く問題ない。

 それ以前にとても美味しいから数日続いても嬉しいとさえ思う。

「美味しいからあと数日続いても大丈夫です」

 私が答えたと同時にインターホンが鳴った。

「あ、蒼くん出てもらえる? たぶん若槻くんだから」

 ……若槻さん、夜までは仕事詰めじゃなかったのかな?

「どうせだから、お昼と夜は一緒に食べましょうって誘ったの。じゃないと、彼夕飯しか食べそうにないでしょう?」

 言われて納得した。

 どれほど忙しくても三度のご飯は食べたほうがいいに違いない。

 リビングへ姿を見せた若槻さんはすでにぐったりとしていた。

 入ってくるなりソファに横になる始末。

 いったいどれほど仕事を片付けてきたのだろうか……。

 ただただ寝ているだけの自分が申し訳なくなってしまう。

「若槻さん、大丈夫ですか?」

 しゃがみこんで視線を合わせると、目を瞑ったまま口を開く。

「あぁ……リィの声って癒しだよねぇ……」

 うーん……相当きている気がする。

 そこへ蒼兄と栞さんが丼を持ってやってきた。

 栞さんの手には丼とご飯茶碗より少し大きめのボール。きっとそれが私の分だろう。

 だし汁のいい匂いに鼻をヒクヒクと反応させた若槻さんは、「讃岐うどん……」とボソリと口にしてむくりと起き上がる。

「今の俺には超嬉しい食べ物。もう消化にすら体力使いたくない」

 いろんな意味で理解できる言葉だけれど、仕事をしているならそれはだめだと思う。

「ねぇ、蒼兄……蒼兄のレポートと若槻さんのお仕事はどちらが大変?」

 訊くと蒼兄が即答してくれた。

「そりゃ、仕事してお金もらってるんだから唯のほうが大変だろ。責任の重さからして違う」

 あ……そっか。比べるものを間違えた気がした。

 お昼を食べ終わると、若槻さんはフラフラしながら十階へと戻っていった。

「あれ、大丈夫なのかね?」

 口にしたのは蒼兄。

「うーん……どうだろう?」

 思わず首を傾げてしまう。

「彼、腕と頭と顔がいいらしいわよ? なんでも秋斗くんと同等に仕事をこなせるって話だから」

「それはすごいかも……」

 と、蒼兄が口にした。

「さ、翠葉ちゃんはお薬飲んで少し休みなさい。海斗くんたちが来たら起こしてあげるから」

 そう言われて薬を飲むと、また朝と同じように手をグルグルに巻かれた。

 季節的に少し暑いとは思う。でも、仕方がない。これは自己防衛の一環だから。

 今が冬だったらあたたかくて良かったのに。

 そんなことを思いながらベッドに横になる。と、部屋に蒼兄が入ってきた。

「今日って誰が来るの?」

「海斗くんと桃華さんのふたりは聞いているけど、飛鳥ちゃんと佐野くんは未確認」

「ふーん」

「……どうかしたの?」

「いや、とくに何があるわけじゃないんだけどね」

 それだけを確認すると部屋を出ていった。

「なんだったのかな……?」


 横になって二時間くらいしてからだろうか。

 栞さんに起こされた。

「海斗くんたちが来たわよ。どうする? リビングにする? それともこの部屋でいいかしら?」

 少し悩む。

 まだベッドの上の方が楽だし安全。

「あの、この部屋に通してもらっていいですか?」

「わかったわ。じゃ、今連れてくるわね」

 そのあとすぐに部屋へ入ってきたのは飛鳥ちゃんの声だった。

 そう、飛鳥ちゃんが入ってきたのではなく、飛鳥ちゃんの声が入ってきた。

「翠葉ーっっっ! 会いたかったよおおおっっっ!」

 その声に少し身構える。

 実物が入ってくると、予想どおりに勢いがあり余った飛鳥ちゃんに抱きつかれた。そしてすぐに桃華さんに引き剥がされる。

「飛鳥、相手は病人。OK?」

「うぅぅぅ……翠葉、ごめん」

「あはは、飛鳥ちゃんの充電は少し予想してたから大丈夫。想定内」

「思ったより元気そうで良かったよ」

 そう言ったのは佐野くん。

「ちょっと前までは貞子状態だったらしいよ」

 海斗くんが口にした言葉を不思議に思う。

 それ、蒼兄と栞さん、秋斗さんしか知らないはずなのに……。

 ……情報源はもしかしなくても秋斗さんではないだろうか。キスマークのことも若槻さんに話しちゃうし……。

 そう思うと少しむくれてしまう。

「あ、翠葉が怒ったっ!?」

 まるで珍しいものを見るような目で海斗くんが言う。

 別に海斗くんを怒ってるわけではないし、秋斗さんに対して文句を言うほどに怒っているわけでもない。

 訂正しようか少し悩んで、勘違いしたままでいてもらうことにした。

「それで、身体は?」

 私の真横、ベッドに腰掛けた桃華さんに尋ねられる。

「ここ二、三日でようやく身体を起こせるようになったの。二週間は覚悟してたから意外と早いかな?」

 桃華さんの隣に腰掛けた飛鳥ちゃんが、

「じゃ、明日からは学校に来れるっ!?」

「湊先生の許可が下りれば、かな。もし行かれるようになったとしても、しばらくは一時間出席したら次の一時間は保健室、の繰り返しかも」

「クラスのみんな、御園生に会いたがってるよ」

 そう教えてもらえたことがとても嬉しかった。


 タオルケットからタオルがグルグルに巻かれた手を出して、

「これ、外してもらえるかな」

「何これ……」

 すぐに訊いてきたのは飛鳥ちゃん。

 でも、みんながみんな同じことを思っている顔をしていた。

 これを説明するのには秋斗さんと付き合うことになったいきさつから話さないといけないだろうか……。

 秋斗さんは海斗くんに話してくれると言っていたけれど、みんなには伝わっているのだろうか。

 とりあえず、左手を桃華さんが、右手を飛鳥ちゃんが自由にしてくれた。

「ありがとう」

「で、これの理由はなんなのかしら?」

 桃華さんがきれいに微笑む。

 この笑顔の桃華さんには逆らってはいけないと刷り込まれている。

 思わず海斗くんを見ると、「何?」と訊かれたので、

「みんなに話したのかな」

 私はごく間接的に尋ねてみた。

「あぁ……どう話したらいいものかと」

 海斗くんは言葉を濁す。

 つまりは話していない、ということなのだろう。

「あのね、一から話し始めるとすごく長くなるのだけど、みんな時間は大丈夫?」

「……御園生、どんだけ話すことあるんだよ」

 苦笑しながら呆れたように佐野くんが口にする。

「大丈夫! みんな午前で部活終わってきているし、桃華が洋服っていうことはこのあとの予定はなし!」

 確かに、桃華さん以外はみんな制服だった。

 そして、家の用事がないときは洋服で過ごす、と以前桃華さんから聞いたことがある。ならば、話す時間は存分にありそうだ。

「……実は、数日前に秋斗さんと付き合うことになってね――」

「ついにかっ!」

 そう言ったのは佐野くん。

「えーーーっ!?」

 と、発狂に近い声を出したのは飛鳥ちゃん。

 無言でごくり、と唾を飲んだのは桃華さんだった。

 海斗くんは、「ハハハ」と乾いた笑いでその場をやり過ごす。

「で、どうしてコレなのよ……」

 あくまでも路線をきちんと確保しようとする桃華さんが頼もしい。

「うーん……この部屋からだと空が見えないでしょう?」

 私の言葉に、みんなが窓の方を見る。

 そして頷くも、それが意味することを理解できないようだった。

「私、幸倉の家では空と緑が見えるのが当たり前だったから、空がどうしても見たくて……。リビングまで這っていってソファの裏側に転がって寝ていたの。そこに秋斗さんが来たのだけど、部屋にはいないしリビングを見回してもいないしで、かなり探させてしまって……。挙句、ソファの裏で寝ていて、倒れているのと勘違いされてしまって……」

「なんとなく話は見えてきたけれど、でも、コレにはつながらないんだけど……」

 そうだよね……。私もまさかこうなるとは思っていなかったし。

 要点をかいつまんで話せたら良かった。でも、私にはそれが少し難しかった。

「栞さん、午後からは予定があるから、午後は秋斗さんのおうちに預けられることになったのだけど……」

 そのときのことを話さないと首の傷は説明がつかない。

 恥ずかしい思いもあってどうしようか言葉に詰まっていると、

「その先は俺が話すよ」

 海斗くんが話を引き継いでくれた。

「どういう経緯かは知らないけど、秋兄が翠葉の首にキスマークを付けたんだ」

 みんな、その言葉に絶句する。

 でも、間を置いて飛鳥ちゃんが「きゃーっっっ! 幸せ者っ」と口にした。

 ほかの三人は黙ったまま。

「でも、そのキスマークがどうしてこの手につながるの?」

 桃華さんはきちんと話の主軸を戻してくれる。

 それに、首の傷やこの手の理由までは海斗くんだって知らない。

「実はね、私もよくわからないの……」

「「「「はっ!?」」」」

 一斉に同じ言葉を口にする。

「……一番最初は、気づいたらお風呂で首をウォッシュタオルで内出血するほど擦っていたのを栞さんに止められて、二度目は寝てる間に自分で掻き毟っちゃったみたいで……」

 すぐに桃華さんの手が首筋に伸びてきて髪の毛を避けられた。

「何、これ――」

 その一言にみんなが腰を上げる。

「だから……わからないの」

「翠葉……俺、こんなの聞いてないよ?」

 海斗くんが厳しい顔を私に向けていた

「うん、昨日の出来事だから……」

 そう、キスマークを付けられたのは二日前だ。

「嫌だったの?」

 眉間にしわを寄せて訊いてきたのは佐野くんだった。

「実はね、それすらもわからないの。ただ……消したいとは思った。それだけしかわからないの」

 途端、桃華さんにぎゅっと抱きしめられた。

 耳元で囁くように、

「気持ちが追いつかなかったのね」

 その言葉にじわりと涙が浮かぶ。

 本当にそうなのかもわからないのに。

「翠葉……ごめん。キスマークつけられたからって嬉しいとは限らないよね」

 飛鳥ちゃんが眉尻を下げる。

「小説の中だと女の子は喜んでいるのに、どうして私は違うんだろうってずっと考えていて、でもまだ答えは出ないの」

 ゆっくりとそう話す。

「私、今は恋愛無理なのかも……」

「どうして?」

 佐野くんに訊かれた。

 言葉にしたのが佐野くんだけど、みんな同じような表情をしていた。

「余裕がないの。今は体調を安定させて学校に通いたい。そのふたつで精一杯。それ以上は許容できそうにないの」

 佐野くんは「そっか」とすぐに納得してくれた。逆に海斗くんは、

「それならなおのこと秋兄を頼ればいいのに。学校の送り迎えとか全部してくれると思うよ?」

「海斗くん、違うの。私、自分で通いたいの。だからここにいさせてもらってるの」

 涙と笑顔が混じったような顔で答えると、海斗くんは口を噤んだ。

「あのね、四人に訊きたいことがあるのだけど……」

 私の問いかけにみんなが、「何?」という表情をする。

「付き合うって何? 彼氏彼女恋人って何? ただ、お話したりどこかへ一緒に出かけたり、それだけじゃだめなの? キスとか性行為とか、しなくちゃいけないものなの? みんな結婚を前提に付き合っているの?」

 私が言い終わる頃には四人ともフリーズしていた。

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