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光のもとでⅠ 第七章 つながり  作者: 葉野りるは
本編
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01話

 会話をどこに着地させたらいいのかわからないでいると、玄関で音がした。

 ガチャガチャ、という音が何度となく響き、部屋にいた四人は顔を見合わせ玄関の方へ目を向ける。

 この部屋に出入りできる人間ならドアノブをガチャガチャとさせることなく入ってこれるはずなのだ。

 このマンションではエントランスに入る際に指紋認証をパスし、五分以内に自宅のドアにたどり着き、再度指紋認証を通せばロックは解除される。

 たとえ五分以上経過してしまったとしても、指紋認証に追加して暗証番号を入力すれば解除することができる。

 このマンションにおける物理的な鍵というアイテムは、より厳重にするために備わっているにすぎない。

 そして、現時点でこのゲストルームは指紋認証と暗証番号のみでパスできる仕様となっている。

 ……誰?

「俺が出ます」

 蒼兄が立ち上がると、

「翠葉ちゃん、大丈夫よ。このマンション、変な人は入ってこれないから」

 そう言うと、栞さんも蒼兄に続いて部屋から出ていった。

 廊下を見ていると、

「びっくりすると泣き止むんだ?」

 司先輩に言われて泣いていたことを思い出す。

「あ……えと、ごめんなさい……」

「別に謝らなくてもいいけど……。あんまり無理はしてもらいたくない」

「……なんだか、全部が無理なことに思えてきてどうしたらいいのかわからないです」

 すると、玄関から栞さんの声が聞こえてきた。

美鳥みとりさん、またやっちゃったのね?」

 ミトリさん……? 美波さんではなくて……?

 それにしてもミトリとはどういう漢字を書くのだろう。

「あー……そのようだ。申し訳ない」

 ハスキーな声が聞こえてくる。

 ……女の人?

「ずいぶんとお疲れみたいですね?」

「バカ兄貴たちが急に海外へ行くとか言い出すからだっ! こっちは締め切り前だというのにっ」

「もし良かったら、今日、うちでご飯を食べていきませんか? 食材が余ってるの」

「……栞くんが天使に見える……」

「あああ、ちょっとっ! ここで寝ないでくださいっ! 蒼くん、美鳥さんを奥に運んでもらってもいいかしら?」

「……了解です」

 会話だけが次々と聞こえてきて、ドアの前を蒼兄が通るときに声の主が見えた。

 黒いタンクトップに黒いスリムなジーパン。こんがりと焼けた肌に、引き締まった筋肉の人。長い髪の毛はきっちりとポニーテールでまとめられていた。

 脱力したように下を向いていたため、顔のつくりまでは見ることができなかった。

対馬美鳥つしまみとりさん、美しい鳥って書いてミトリ。この部屋の真下、八階の住人」

 先輩の説明に、間違えて九階へ来てしまったのだろうか、と推測する。

「ロッククライマーで物書き業をしている人」

 ロッククライマーって岩とか岸壁登る人のこと……? 物書きというのは小説やエッセイを書く人という認識で合っているだろうか。

 それにしたってすごい組み合わせだ……。

「翠、少し立てる?」

「……あ、たぶん?」

「手を貸すから少し立って」

 言われて、いつもと同じようにゆっくりと立ち上がった。立った直後は眩暈に視界を奪われる。

「せ――」

「いいから。それ、毎回言わなくてもいい。視界がクリアになったら声かけて」

 私が全部言う前に言葉を遮られてしまった。

 同じことを何度も繰り返していて、何度も同じことを口にしているからだろう。

 そんなことを考えていると、徐々に光があふれてくる。

「視界クリアです」

「じゃ、こっち」

 私は窓際に誘導され、先輩は窓を開けた。

 こちらの窓は開けたとしても表通路があるだけ。

 その通路の向こうには土砂降りの雨しかない。

 それでも先ほどよりは小降りになっただろうか。

「……何を見ればいいのでしょう?」

 先輩の顔をまじまじと見ると、

「少し見づらいけど、駐車場の壁面が見えるだろ?」

 先輩が指しているのはライトアップされている駐車場の壁面だった。

「あそこ、クライミングができるように作られてるんだ。だから傾斜が違う」

 ライトアップされているからこそわかる傾斜の陰影。それに加えて、ゴツゴツとした突起物があちらこちらについている。

「あれ、美鳥さんの要望で作られたらしい」

「……なんだかすごい人なのね?」

 窓を閉めベッドに腰掛けると、

「年は姉さんや栞さんのひとつ上。言えることは独特な世界観を持った人」

 どんなだろう、と思っているところへ蒼兄が戻ってきた。

「女性であの筋肉、俺負けたかも」

 ポツリと零したあと、

「翠葉は落ち着いたのか?」

「少し落ち着いた、というよりは中断しただけかな。もう、頭がおかしくなりそう……」

「……すでにおかしいから、それ以上おかしくなるのはやめてほしいんだけど」

 司先輩に真顔で言われた。

「……それは嫌みですか?」

「いや、真面目に」

 真面目に言われることのほうがいただけない気がする……。

 司先輩にはいったいどんなふうに思われているのだろう。

 こんな会話ばかりだと不安になってしまう。

 そこへ、「ただいまー!」と元気な海斗くんが帰ってきた。

「栞ちゃんっ、今日のご飯何っ?」

 玄関を開けてすぐの質問がそれだった。

 まだ玄関でガサゴソ音がしているから、きっと靴を脱いでいるのだろう。

 出迎えにきた栞さんが、

「おかえりなさい。今日はハンバーグよ」

「やりっ!」  海斗くんは元気良く飛び跳ねて部屋に入ってきた。

「翠葉無事っ!?」

 入ってくるなり今度はそんな言葉がかけられる。

「え……?」

「……おまえ、その顔泣いてただろ? 何があった? 秋兄の仕業っ!?」

 矢継ぎ早に聞かれ、驚いて身を引く。と、

「海斗ストップ……」

 司先輩が猪突猛進気味の海斗くんをセーブしてくれた。

「あの、えと……その、キャパシティオーバー……かな」

 司先輩に押さえられたままの海斗くんに答えると、

「襲われたりしなかったっ!?」

 お、襲うっ――!?

 その言葉にパタリ、とベッドに突っ伏す。

 蒼兄は「ははは」と乾いた笑いを発していた。

 そして、次に聞こえてきた声に絶句する。

「実際のところ、どうだったの?」

 そう口にしたのが司先輩だったからだ。

 すると、今度は海斗くんの態度が百八十度変わった。

「司……こういうことはデリケートな問題だからさぁ、やっぱ言えないと思うんだよねぇ……」

 海斗くんは気を遣ってくれているんだろうか。それとも……なんなんだろう。

 わけのわからないことが多くて頭の中は手のつけようがないほどにごった返している。

 ベッドに突っ伏したままでいると、蒼兄の手が首元に伸びてきた。

「翠葉、首どうした?」

 と、髪を取られる。

「え?」

 髪の合間から蒼兄を見ると、部屋にいた三人の視線が私の首に注がれていた。

「「キスマークっっっ!?」」

 蒼兄と海斗くんの声が見事に重なり、司先輩は目を見開いていた。

「やだっ、見ないでっ。みんな部屋から出ていってっっっ」

 首を手で押さえ、その場に蹲る。

 恥かしくて、顔を上げてなんていられなかった。

「……悪い、ふたりとも先に出ててもらえる?」

 蒼兄の静かな声が聞こえると、ドアがパタンと閉まる音がした。

「蒼兄も、やだ……」

「……翠葉、ごめん。でも、ひとつだけは確認させて。ほかは? ……何も嫌なことされなかった?」

 キスマークをつけられたのはここだけだ。ほかと言われても……。

 たくさんキスをされただけ。それは別に嫌なことではなかった。

 自分の中で確認を済ませ口を開く。

「これだけ」と。

「そっか……。ならいいけど、栞さん呼ぶ?」

「……ううん、いい。今、ご飯の用意をしていると思うし、栞さんが来てくれてもこれは消せないのでしょう?」

 蒼兄は最後の問いに答えてはくれなかった。

「じゃぁ、とりあえず俺もリビングへ行くけど……。何かあれば携帯鳴らしてくれればいいから」

 と、部屋を出ていった。

 明るい部屋にいることが怖くてベッドサイドに置いてあるリモコンで照明を落とした。

 明るくなければ見られることもない。そもそも、キスマークとはどんなものなのか……。

 そうは思っても首の後ろでは自分で確認しようにもできない。鏡がふたつは必要になる。

 キスマーク――赤い痣と言われるくらいだから、要は内出血と同じだろうか。

 普段、腕や足に内出血ができると一週間近く痕が残る。

 いったいどの程度の内出血が首につけられたのだろう。

 わかることといえば、くっきりとついているのなら一週間は消えないということ。

 来週からは学校に行けるようになるのに……。

 後ろの席の桃華さんにはすぐに見つけられてしまいそうだし、前の席の海斗くんにはすでに知られてしまっている。

 どうしたらいいんだろう……。

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