第60話:少年たちは、世界へ
どれほど歩いただろうか。
様々な生物が生息し、特殊な植生を持つ鬱蒼と茂った森を歩いていた。
「ねぇ、いつになったらこの森を抜けられるのかしら」
馬を引きながら悪態を吐くルビンを宥めるように、俺は言った。
「もうすぐだ。多分、日が落ちる頃には抜けるんじゃないかな?」
「セアの多分は絶対信用出来ないってここ最近ようやく分かったわ。それにしても1日森って」
そんなルビンを景気づけようとしたのか、サクヤがくるりとルビンの方へ振り向いた。
「ほら、よく言うだろ?苦しい道のりの果てに必ず明るい明日があるって。けど、確かに苦しい道のりは辛いよな。ってことでオレと話さない?楽しく、さ」
「サクヤと話すと余計疲れる」
「そんなこと言わないでたまにはさぁ」とルビンに歩調を合わせ出したサクヤを追い抜いて、スレイアが俺の隣に来る。
「どうだ?森、抜けられそうか?」
「そうだな。今まで何度も抜けて来たから大丈夫だと思うよ」
「だな。ただあの二人が限界そうだ」
「もう少し歩いたら休憩にしよう」
そう言ってから、黙々と前へ進む。
旅をすることは楽な事ではない、という者もいれば、辛い人生の逃げ道だと言う者もいる。
このご時世、旅をする人間なんてほとんどいないが、旅をしていて分かったことがある。
それは、さっきサクヤが言ったこと、そのものだ。
苦しい道の先に、必ず明るい未来がある。
そんな聞き飽きたような言葉を、痛感していた。
歩くことをやめなければ、必ず終わりがくる。そして、その終わりからまた、新しい道が始まるのだ。
一歩一歩、前に進んでいると、まるで妖精に誘われたように道が開けた。
しばらく足取り悪く歩き、脳がそれを理解した時。
「森を、抜けた!」
そう、口にしていた。
スレイアは安堵の息を漏らし、サクヤとルビンはハイタッチをした。
森を抜ける。
風に吹かれて飛んでいく葉を横目に見ながら、先を見ると、そこには赤い大地が彩られていた。
足をついたのは大きな崖だ。前へ進めばそのまま落ちる。だけど、見下ろすと広い世界が燦々と視界を焼く。
「私たち、山を登っていたのね」
「あぁー。こりゃ降りれねぇわ。ったく逆戻りかよ」
「そうかもしれないな。だが、それでも」
三人の言葉を継ぐように、俺は口にした。
「――いい、景色だ」
俺たち四人はとても清々しい気持ちでいっぱいだった。
落ちかけた太陽は山肌を縫うように差し込み、紅葉を浮かばせる。
光の円環の先に見える大地の果てがオレンジ色の空と重なっている。
風が心地がよく吹き、この場の空気一体が景色一面と同調し、独創的な色彩が鮮やかに映えていた。
「今日はここで野宿をしよう」
そう言うと俺たちは腰を下ろした。
そしてしばらくその景色を眺める。
「本当に、綺麗な眺めだ」
ふと。スレイアがそう言った。
「こんな景色が、この世界にはたくさんあるんだな」
スレイアは、水色の瞳に映った夕日を瞬きして閉じ込める。虜になった景色を、心に投影するように。
「俺、もっと見てみたいな。こんな綺麗な景色を。旅の中で、この世界を巡る中で。色んな風景を、世界の形を見ていきたい。
……あいつ達が見れなかったモノを、俺が代わりに見るんだ。そして、あの世に行った時に。あいつ達へ、この世界は素晴らしかったと伝えたい」
そう、独白する。
「それは、スレイアの旅の目的?」
「あぁ」
「なぁんだ。私、旅の目的って、もっと大きなものを想像していたけれど、そんな些細な事でもいいのね」
「ルビンは何かあるのか?」
俺の問いに、ルビンは「今、決めたわ」とそう言いながら俺の方へ向く。
風に靡く赤い髪が一度その顔を隠し、再びルビンの顔を見せるとその表情は笑っていた。
「私ね。ずっと思ってたの。セアに救われたこの命をどう使って行こうかって。最初はセアの隣にいて、守って行こうと思ったけど、今では少し違う」
「ルビンちゃん、それ告白?」
「サクヤは黙ってて!」
ルビンは俺の方を向くのをやめ、沈んでいく夕日を眺める。
「私、人間って。ただの欲の為に生きる少し知能を持った生物だと思っていたの。ずっと昔――。私がまだ紋章だった時は、そんな人間が素材欲しさにモンスターを殲滅している姿を見て、少し怖かった。きっと、あの人たちは種族の事しか、自分の事しか考えていない野蛮な生きものなんだって」
一息ついて、ルビンは言葉を紡ぐ。
「でも、訪れた街で色んな人と出会って、私の中にあった人に対するイメージがどんどん変わって行ったの。人間には色んな人がいて、色んな思いがあって、色んな物語がある。それに触れていると、温かくなって。人の生きている姿に魅せられていた」
話すルビンの声はいつもより小さい。だけどいつのまにか風は止み、音は消えていた。
ルビンの独白は、とても澄んだ声だった。
「だからね、私。これからもっと色んな人と出会いたいの。中には悪い人もいるかもしれないけれど、でもその人にも色んな過去があって優しい時だってある。そんな未知の人間。そんな、一つの生命体を私はもっと見て生きたい。
同じ時間を生きる、一人の人間として」
言い終わると、満足そうにしながら、そっと空を見上げた。
「あれ、これもしかして旅の目的言い合う感じ?んじゃっ、次はオレの番な」
サクヤは陽気にそう言うと、楽しそうに口にした。
「オレの目的はただ一つ!世界中の可愛子ちゃんをこの目に留めてあわよくば彼女にする!その為に旅をするのさ!
博打して金稼いで女と遊ぶ。これ以外の生き方はオレにはないね」
「サクヤ……、お前なあ」
「え、なんかダメだったか?」
「雰囲気ぶち壊しよ。それにまた頭の悪い目的ね」
「えー。でもオレ他にやりたいことなんてないしなぁ」
サクヤは腕組みをして、しばらく考え何かを思いついたのか口にした。
「んー、そうだなぁ。でもまぁ……、一度くらいはちゃんと愛して、ちゃんと愛されて。付き合って、結婚して……、家族ってのを作ってみてぇな」
「家族……」
「あぁ。んで、出来た子供に言われるんだ『強くなりたい、稽古してくれっ』てな」
「あら、まともなこと言うじゃない。でも、この四人だと結婚するの、サクヤが一番最後になりそうよね〜」
「何でだよ、オレが一番に決まってんだろ!」
そう言いながらも、何かを思いついたらしく、いじらしくルビンに言う。
「そーだな。そうだろうな。スレイアさんはほっといても出来そうだし、セアとルビンが結婚しちまったら確かにオレが最後になっちまうなー」
「は?!」
「ちょっとサクヤ、馬鹿なこと言わないで!」
「いやいや。だって言ってたじゃねえかさっきも。私はセアの隣にいるー、とか何とか」
「あれはそう意味じゃなくて……って、スレイアも何笑ってるのよ。ちょっと、セアも何か言い返なさいよ!」
「いや、それ俺に振るなよ」
「まあまあお二人さん、まだお互い距離はあるだろうが、それもカップルの壁だ。二人で乗り越えて行けよ、未来のふう――」
「――やめろ!「やめて!」」
突然のサクヤの発言に頭は真っ白になっていた。つい思考が停止していたが、今は顔を赤らめているルビンの顔をもう一度見る勇気はない。
「結婚式はオレとスレイアさんの二人で教会の最前列座ってるからな」
「まあ、セアとルビンがくっ付くのも面白いかもな」
「スレイアまで……」
愕然と声に出す。
恐る恐るというようにルビンの方を見ると。
「何よ……」と、夕日も陰るほど赤く染まった頬を膨らませながらルビンが言った。
「言っとくけどセア、私。セアにそういうの全然ないからね!私と結婚なんてまだまだ未熟すぎるし!」
「それは言い過ぎ……」
「ちなみにセア。貴方は私のことどう思ってるのよ?まさかそういう風に見てないわよね?!」
「ルビンはその……、好きな人というより、家族みたいな感じだから」
「……そ。まあ、結婚なんてセアが世界を救うくらいの器の大きな人になってから言いなさいね」
そのルビンの一言に、俺は何か。強く背中を押されたような気がした。
「世界を救う、か」
「どうしたの、セア?」
俺は意味もなく立ち上がる。
そして、今こみ上げてきた感情と思いが、どこかへ消えてしまわないうちに。一つ一つ、言葉を紡いでいく。
「俺も決めたよ。旅の目的」
ゆっくりと拳を握る。
「俺の母さんにもらった手紙に書いてあったんだ。今まで、全然自覚がなくて。触れることをしなかったけど、向き合わないといけないなって。
紋章器を集めて世界を救う。その為に旅に出たはずなのにどこか心の片隅に追いやっていた。自分には無理だと、分かっていたからかも知れない。
でもそれはきっと、不安だっただけなんだ。そして、この世界のことを知らなかっただけだった。
だから、俺はこの世界のことをもっと知りたい。旅をしながら少しずつだっていい。強くなりながら、世界を知っていきたい。迫り来る危機があるなら、俺はそれから世界を救って、勇者に――。いや、英雄になる」
言い終えてしばらくすると、遅れてやってきた恥ずかしさが俺の心臓を無闇に叩いた。
何を言っているんだ自分は、と。そう思う前に仲間の声が聞こえた。
「なかなか壮大だな、セア。だが、その理想は、どこか懐かしい。随分前に、ルナートも同じ事を言っていたよ。国を変えて、世界を変えるって。俺は、どこまでもついていく」
「ったく、セアのくせに大した目的じゃねえか。でもま、面白そうなこと考えるな!なら、オレも最後までその傍にいるぜ。んでもって英雄譚の、勇者の仲間に俺の名前が載るんだ」
「私もついて行くわよ、その旅路。そして、ずっと支え続ける、支えられるように、私も一緒に強くなる。そして、もしもそれを成し遂げたら。さっきの話、考えてあげなくもないわっ」
その三人の声が、強く、ゆっくりと。俺の心に響いていた。
生きる目的。生きる意味。
そんな不確かで曖昧な不鮮明なものは、口にだして、いつも隣にいてくれる大切な人に聞いてもらうと。こんなに鮮明なものになるなんて、思いもしなかった。
世界を救う――。確かに余りにも抽象的で難しい目的かも知れない。達成するのは遥か遠い未来の話かも知れない。
それでも、ルビンと、スレイアと、サクヤと。この三人といれば成し遂げられるかも知れない。
そう思うと、俺は。どうしようもなく、生きる意味を教えてもらえたような、生の活力を与えられたような気がしたのだった。
互いの生きる目的を語り終えた俺たち四人はずっと、落ちて行く夕日を静かに並んで見ていた。
⌘ ⌘ ⌘ ⌘
――揺り椅子が揺れている。
風が通る、広い部屋だ。
机の上には書きかけの本があった。
これはまだ、始まったばかりの旅のお話。
世界の片隅で始まった、少年たちの物語。
これから紡がれていく芽は、様々な人に詩われていくだろう。
そして、彼らの旅路の結末は。受け渡された、どこかの少年少女が旅立つ、葉になる。
風が吹くと頁がめくれ、まだ白紙の紙が顔を出す。
少しずつ鮮やかになっていくその本を見届ける部屋の住人は――。
――ここにはもう、いない。
――「メダリオンハーツ」完――
これにて、「メダリオンハーツ」という作品は幕引きです。
仲間の死を背負いながら、四人は旅立つ。
これは一つの物語の終わりであり、一つの旅の始まりでもあります。
一年と8ヶ月。高校生の半分を費やした「メダリオンハーツ」。この作品に触れて下さった皆様に感謝をっ。
活動報告を更新しているので、よろしければ是非♪
(2017.1.1更新)




