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メダリオンハーツ  作者: 紡芽 詩度葉
第二章;世界追憶編
58/61

第57話:世界を泳ぐ魚群。殺せない蛇。解剖されない蛙。飛べない烏。死ねない羊。

長いです、ですがラストスパートのクライマックスですっ。


(ごめんなさい、文字数一万オーバーです。

眠いですよね、私もです。。。)

―――――――― 聖体拝領誦(コンムニオ) ――――――――





 瞳だ。

 黒い……、暗い……。


 ユリハヌスの瞳から動向を伺うも、その黒さに深淵を覗き込むんでいるかのような錯覚に陥る。

 幻覚か……?

 そう思うほどに自我が盲目してゆく。

 

 構えた短刀に写っていた月光が少しずつ黒い雲に隠れてゆき、反射していた光が完全に消え去ったその瞬間。

 俺は大地を蹴り、心の中で「アサシンスキルXI、道氣刺(どうけし)」を起術する。

 短刀そのものを霞ませ、さらに暗器刀(ナイフ)を裾に仕込ませる。

 もちろん、源素力に精製されたものなので時間制限があるも地をかけるスピードは馬の比にもならない。


 ユリハヌスは構えていた剣を上段から下段へと下げ……、起術。


「キャメロットスキルIX、キューワ・ロマンツィーレ!」


 そのスキルを発動させると同時、振りかざした短刀がユリハヌスを貫かんとする――が

 汗雫が零れるのを視界に捉える。

 時間が止まったかのように、ゆっくりと残像すら残さずユリハヌスは横に身体を逸らす。

 その動きがゆっくりと視界で捉える。交わされた……っ、と気付いた時、止められた時が元に戻りスローモーションだった短刀が勢いよく虚空を裂く。


 だが、それに戸惑うことなく左足を軸に身体を捻りながら短刀を振り上げる。

 ユリハヌスは基本の構えを崩さず見事な剣さばきで短刀の軌道を逸らすが、軸にしていた左足を浮かせ、空中で体勢を変える。


 そのまま重力に従い落下しながら右足で蹴りを繰り出す。

 打撃音と共に手応えを感じるが、それに怯む間もなくユリハヌスは水魔法(シュプラス)を無詠唱で纏い防御層を張りながら水圧弾を連射。

 一弾一弾を距離を取りながら交わし弾くが、見切り損ねた水圧弾が付着すると同時に細胞が圧迫され筋肉弛緩を引き起こす。


 そして、ユリハヌスが再び俺へ向かって駆け出し、剣先を俺へと向ける。

 (きっさき)は右からの袈裟斬り――


――僅かな機敏と視線からユリハヌスのレイピアの軌道を予測し、俺は短刀で弾かんと逆方向から袈裟斬り。

 だがユリハヌスは振るう最中にレイピアを持つ角度を僅かに変え、先ほどまで(かげ)っていた月光を、黒い雲が晴れるのと全く同じタイミングでピンポイントに俺の双眸へ向かって反射させる。


 反射した月光の目眩しによって俺の思考は停滞。

 目を開くと先ほど予測していたユリハヌスのレイピアの軌道との誤差で短刀は再び空を斬り、レイピアは俺の肩から横腹にかけ一直線に斬り下される。


 猛烈な痛み。

 吹き出る血に痺れと盲目。

 だが……、この程度なら何度も受けてきた痛みだ。


 今更……っ!! と自分を振るい立たせ短刀を強く握りなおし振るう。


 そこから互いの剣戟を読み合い、ぶつかり合い、白と緑の火花を散らし、摩擦音と衝突音が何度も鼓膜を震わせる。

 月下に生えた二人の狩人が、両者の獲物をしっかりと見定めながらまるで舞うかのように剣舞を繰り広げる。

 視界が何度も切り替わり、立ち位置が何度も入れ替わりする。

 だが、その中で明確な実力差が克明していき、俺の身体に刺突痕が次々と刻まれ吹き出た血が互いの服を汚し、草を濡らす。


……ダメだっ。

……このままでは、勝てない。


 心の隅に流れ込む負の言葉が、勝利への疑惑の連鎖を生み出す。

 圧倒的な実力差……。そして、経験の差。

 臨機応変とは正にこのことか、ユリハヌスは自分の癖を見せず、俺の癖を暴き出していく。

 それが完全に見抜かれれば俺に勝ちの星はない。

 本能的な戦いの癖。

 それさえも自らで把握しコントロールしているというのか?!


 ユリハヌスの剣さばきは一つとして同じものはなく、幾つもの遍歴を経て掴み取った剣術の波が洪水のように押し寄せる。

 閃きと第六感では受けきれない。


 頭、心臓、足、局部。

 分散する意識、その中でも特に戦闘に最も害を為す部位への警戒レートを最大限にまで高め、上限ある注意力を身体中に張りめぐらせる。


 すると、ユリハヌスが剣戟を一度止め、青眼に構えながら、息を一つ置き、問うた。


「一つだけ聞かせてくれ、少年。どうして……。どうして、マリサを殺した?」


 その問いに……。俺は、再び迷うことなく言葉を紡ぐ。


「俺が……、殺すべきだと判断したからだ」

「そうか……。幼き精神であるのにその判断を下し、今なお”殺人”たるものの意義を混迷し定めてはいないのか。君は……、後の世の為に殺しておかねばなるまい。このような冷酷無比な人種が、世界に邪を撒く」


 世界に邪を、か――


「――確かに、そうかも知れない。だが、それでもこの世界は俺を受け入れた」

「そうか……。しかし、貴君の犯した罪は、決して消えることはない。世界が受け入れるというのなら、私はこの世界を怨嗟する」

「それを許容出来ないほどの器を持ってして、どうして断罪なんて大義をなせる? たった一人の人間に、お前はその人生を捧げたんだ。その見返りはちゃんと受け取ったのか?」

「まさか、私は見返りなどは求めない。これを果たして私は死への切符を手にするのみだ」

「そんな人生で本当にいいのか? そんな人生で本当に報われると、死への切符を渡されるとでも思っているのか? 本当にそれで、お前自身は救われるのか?!」

「そう、だな。私は、余りにも多くを要求した。

 だが、私は。愚かにも、殆ど協調しなかった」


 ユリハヌスは、ヒュン、と歯切れのいい剣舞音をはためかせながら閃舞を繰り広げ……、剣の舞を魅せる。


――一瞬

――時が止まったかのような、錯覚


 それと同時にユリハヌスは地を蹴り、レイピアを一直線に俺の脳へ突き出す。

 狙い澄ました無謬(むびゅう)の刺突は、目の前で輝きを見せ、今にも(きっさき)が脳に届かんとする。

 短刀で弾くのは不可能。

 それほどまでに動作が洗練され無駄が排斥されている。

 次の動作のタイミングの早さに圧巻しながら、即座に身を屈める――


――のを、完全に見越していたかのように、ユリアヌスは俺の足をかけ、バランスを崩す。

 予想はしていたものの、急な足掛けに対応できず空を漂うかと思うと落下。

 振り下ろされたレイピアを辛うじて交わすも、背中に激痛が走り蹴られたと実感した時には二撃目のレイピアが……、俺の心臓を射抜いていた。


 ユリハヌスは俺を見下ろす。成し遂げた大業という美酒に酔ったような表情で、慈悲と憐れみを僅かに添えて。


「哀れな子羊よ。敬虔(けいけん)なる神の救いがあるとお思いか? 否だ。神は私たちを救いはしない。神は常に私たちに試練を与える。少年……、貴君の試練はもう、これにて幕引きだ」


 鼓動が……、ずっと俺の中で打ち鳴らしていた心臓の鼓動が萎縮していく。ユリハヌスの言葉が重い鉄球のようにのし掛かる。

 目を見開き、夜空を見ると再び月が陰っていく。

……これで、死ぬのか?

 そのことを意識し始めた時、電撃のような何かが脳天を貫き咄嗟に当たりを見回す。

 そして、真っ白になっていく視界の端にミサを捉える。


 どうして……っ、どうしてだよ。

 どうして。お前はまだ平然としていられるんだよ……、ミサ。

 俺は……、まだ届かないってのか。

 俺にはまだ、心を見せてくれないのか。


 いやだ……。

 死にたくない、伝えたい。

 お前の……、お前の本当の心が見たい!


 俺が生きた間に流れ続けていた血液は牢獄から解放されたかのように放出される。

 ユリハヌスは引き抜いた剣を一払いし付着した血を飛ばす。

 あの赤は……、何度見ただろう。

 俺の、赤だ。


 ユリハヌスが何かを呟いている。

 ミサへ向かって歩いていく。

 女性を殺さないと言ったユリアヌスの言葉に疑念が走る。

 女性を殺さないということをポリシーにした女性解放論者フェミニストの男はたくさんいる。サクヤもそうだ。

 だが、戦いにおいてそんなものはただの弱点にしかなり得ない。

 このポリシーを持つ人間で一番怖いのは、殺す時はそのポリシーを簡単に捨てることが出来る者だ。

 中途半端に迷うのではない。簡潔に冷血に、捨て去る。

 何故……、ユリハヌスのあの言葉を信用したんだ。

 こいつが、そんなポリシーを簡単に捨てることくらい、分かっただろうに。

 ユリハヌスの背からは表情が見えない。


 くそ……っ!!

 また、守れないのか。


 ハァ……、ハァ……。

 白い息が虚空へと消えていく途端。何かが……、心の中の黒い何かがあふれ出してくる。

 吐瀉物のようなそれは身体中を駆けずり回り悪寒が走る。


 動くはずのない、言うことを聞くはずのない足が少しずつ始動し、手が脳が再起動していく。


 湧き上がる感情を一笑し、心の中で(うそぶ)く。

 ユリアヌス……。お前、それでも地下都市(インペルダム)の四祖かよ。

 習わなかったか……?

 仕留めたと思った敵は、完全に息が消えてから存在を除外しろって……。


 まだ、俺は……。


「……死んでねぇぞ」


 その声は俺の声だろうか、魂の声だろうか。

 ミサへと歩み寄り、今にも突き刺さんとしたレイピアを止め、ユリハヌスは驚愕の表情を持って俺を振り返った。


 決裂しそうな程の苦痛、破裂しそうな程の憎悪、嘔吐しそうな程の嫌悪、震撼しそうな程の怨嗟、慟哭しそうな程の呪詛、欲情しそうな程の殺意、忌避しそうな程の沈痛、嗚咽しそうな程の慨嘆、断腸しそうな程の寂寞。


 その全てが俺の身体中に浸透し心髄を蝕んでいく。


 そして、溢れ出るその感情が黒い瘴気となり身体中から吹き出る。

 右手が、痛い。

 切り落としたいと思うほどの激痛と共に黒い瘴気は纏わりつき手に持った短刀の(きっさき)まで固形化されていく。

 全身に黒い(ひび)が入ったような、今にも崩れ去り風化してしまいそうな身体を必死で繋ぎ止める。

 涙が……。血の涙が流れ、黒硬化した右腕に落ち染みていったその時。


 見たこともない、言葉……。スキルが脳内に流れ出、その言葉を理解するより早く、俺は目を見開きユリハヌスのみに焦点を絞り……。


 腹の底から一気に喉もとへ突き上げてくる、この世のものとは思えない声で絶叫しながら……、起術する。


「アサシンスキル XX(エクゼレスト)……、絶焉華(ゼツエンカ)ッッ!!」


 穿()()された漆黒の刃は、視認する間もなくユリハヌスの背に突き立つ。

 そして、そこから黒い瘴気が伝染したかのように蔓延していくと思うと。


 これほどまでに美しいものが世の中にはあるのかと言う程の大輪を咲かせる。


 黒い……、華。


 その美しさに虜にされ我を忘れ、痛みが剥離していくかのような錯覚に囚われる。


 すると、ユリハヌスは黒く染まっていく。

 何が起こっているのか理解したユリハヌスの振りしぼるような声が、夜のしじまを切り裂くように響く。


「何故……、君がこの技を使える?! 私でさえ届かなかったXXを、洗零者(ボス)にしか扱えぬ禁忌(ゲッシュ)の絶焉華を!……ぁあっ、ぁぁっ!! やめろ、来るな。私はまだ死ぬわけにはいかない、断罪はまだ終わっていない! ごの……、私があの様な小僧に殺されてよいはずがない!! 神よ……、神よ!! 魔界王が私の望みを聞かぬというのなら天界王(シファン)よ、今すぐ私を救え!! 背教など知らぬ! 救いを……、救いを求めているものがいるというのに……っ」


 ユリハヌスは、醜く、地獄の淵を彷徨う屍が如く咆哮する。そして今にも黒き灰となって消え入ると思われたその刹那。つい先ほどまで信教していた神を涜神とくしんするほどに喘いでいたというのに、それは糸を切るかのように容易く消え去ったのか、震える右手を強く天に掲げ、全てを諦め受け入れたかのように強い眼差しで呻吟した。


「はは……っ。結局、私は誰も救えず誰からも救われないというのか。なら、それもまた私の運命。魔界王よ。2度目の聖戦……。必ずやっ、汝は勝てり!」


 そう強く唱えると、耐え続けた痛みから解放されるように。最後まで狂信した神に苦しみから救済されなかったかのように。その手を下ろした。

 

 抵抗し続けていた身体は、だが自然の摂理に逆らえぬ様に、手を差し伸べても遠く離れた天に届かぬ様に。

 黒炭と化したユリハヌスは、静かに流れる風に曝され、まるで天へと向かっていくかの様に、取り憑いた物を一つずつ剥落(はくらく)させどこへとも無く舞っていった。


 遮断していた痛覚が戻り、別次元を彷徨っていた思考が現実に俺を引き戻す。

 腕に、力が入らない。

 いや、脳からの命令を感覚神経が全て拒絶するかの様に一切の微動作すら許されない。


 すると、ミサが俺の隣に立ちその先を見据えた。

 その双眸に写っていたのは、焦燥でも憎悪でもなく……。静かな、憐れみだった。





⌘  ⌘  ⌘  ⌘






「ンフフフ。面白い物を見せていただきました。アレクトス殿にはワタクシが代わりにあの世へ送ってあげましょう」


 倒れ込むルナートにのっそりと歩いていくイスラル卿へ、私は静かに手を翳す。魔法詠唱の構えだ。


「オヤ……? ミサ殿、貴殿はもしやワタクシと殺りあおうと? フム……マア、多少の享楽になりますかねえ」


 無言のまま、精神エネルギーを掌へと集中させていく。


「ルナートの次は……、私よ」

「威勢が良いですねえ。しかしまあ、それもただの虚勢でしょうが、男女のお涙頂戴はワタクシ大嫌いでしてねえ……」


 イスラルの狂気の笑みに、靡いていた草が止まり、胎動していた鼓動が凍てつく。


「……それを壊すのが何より楽しみなのですよ。昔に地上(こちら)で実験道具を調達している時に比翼連理(ひよくれんり)な男女二人を攫いましてねえ。女性の方を解剖したのですがイヤハヤ……。あれは最高でした!」


 そこでイスラルの表情は一転し。

 まるで、観てきた歌劇(オペラ)の感慨を、有りっ丈の筆舌を尽くして絶賛するかの様に、語り出した。


「目の前で恋人が解剖されているのを見ながら泣き叫ぶ男の絶叫(メロディー)の美しさが。愛する恋人に、解体される自分の姿を見られ続け絶望する女の羞恥(アート)の儚さが。思い出しただけで興奮しますねえ。ンフフフ。この快感、貴殿には分からないでしょう?」

「……分かりたくないわ」


「ソウデスカ……」嘆息したイスラルは杖を掲げ源素力を込めていく。

 イスラル卿の話に背筋が凍るのを覚える。

 この男は完全に狂っている。人間としての何かが欠落している。

 イスラル卿の肢体(したい)の巻きついた杖が奇妙な薊色(あざみいろ)に光る。


「魔法……っ?」

「ンン? そんな下賤な物、使うはずがないでしょう。これは、魔術ですよ、ミサ殿。確か、考古学の知識を持っているのでしたよねえ。ソレナラ知っているでしょう?”失われた文明”の事を。ンフフフ」

「えぇ……、知っているわ」



――――失われた文明。

 およそ1,000年前、初代レピアレス王によって行われたレピア統一によって全世界の文明が統一された時、失われたものだ。

 異端で不等号な技術、言語、知識その他の文明概念が一蹴された。

 だが、魔術はその古代の産物である”失われた技術”を操ることが出来る。

 考古学士、天文学士、その他幾百もの研究職が追い求めているものだ――――



「それがどうしたというのかしら?」

「イエイエ、唯の揺さぶりですよ。例えば、こんな事をしても驚かないか……。とね」


 イスラルは杖に刻まれているのであろう古代文字……”失われた言語オーパーツ・エクリチュール”である呪文を詠唱する。


「خوک بیش از مه آلود تیک تاک حضور برج طلایی و سرگردان اطراف تابوت. لایه بردار کتاب محاط و عبادت دوره ادو گوهر و اراده ریوی کلیوی اسید ویک از خواب مرده است. قلب تپنده به خوردگی، جاده چرا که من ارائه.

《金色の鉄塔、彷徨する柩の参列に時を刻む碧き豚。酸性の剥落本に刻まれし礼拝を糺し、轆轤(ろくろ)・玲瓏・肺腎なる屍者は眠りから醒める。無愁を腫らす道、腐蝕する心臓の拍動を持って我が贄となせ》」


 魔術回路開闢者っ!!

 人間ではこの古代文字を読み解く事しか出来無いと聞くが、まさか操舵するなど。

 魔術士になるにはそれこそ血肉の果てる歳月を持ってしか手に入れる事は叶わない。

 さらに魔術回路を適合させなければ土台、無理難題なのだ。

 古代文字の詠唱は考古学を学んでいないものが聞けば難聴なノイズにしかならない……。


「そうは……、させないっ!!

 ルーンスキルXVI、黄金泊の円盤(プラクテ・アート)


 金色の円盤が地中から浮き上がりイスラルを包み込みながら止まることなく浮遊していく。

 月の光よりも眩しい金色の円盤の底を眺めながら遠ざかっていくイスラル卿を見上げていると、奇怪な声が大気を撫でる。


「オヤオヤ、厄介な。このまま私を天界へ昇天しようというのですかな? ンフフフ。……ソレナラ」


 詠唱を完全に終え、いつの間にか持っていた手中の岩石を薄汚れた瓊茶(にびちゃ)に屁取る腐蝕物へと変え地面に投げつける。


「ワタクシは……、貴女を魔界へ堕として差し上げましょうっ!!」


 腐蝕物に亀裂が入ったと思うと突如張り裂け分裂しながら得体の知れない汚物を撒き散らす。

 分裂したそれらはまるでゾンビのように人の形を作り出し次々と私へ纏わりつき、地へ引きずり込んでいく。酸鼻な死屍累々(ししるいるい)の首魁(しゅかい)たるイスラル卿は狂笑(パラノイア)の表情で見下ろす。

 触れた物質中の源素力を腐蝕し灰塵させる魔術のよえね。

 今はなんとかルーンの防壁で何とか妨げることが出来ているがこれも時間の問題だ。

 これが……、魔術の力っ!!

 以前に書物で読んでいたが、想像を絶する破壊力だ。


――――魔術。

 これは、人体中に魔術回路を張り巡らせ、古代文字である”失われた文字オーパーツ・エクリチュール”を読み解く事で使用可能となる。

 源素力(マレナス)を操り、無から有を創り出す魔法と違い、魔術は物質を直接破壊力へと変え有から有を創り出す――――



 しかし、魔術回路を張り巡らせ古代文字文字を読み解くだけで身体の限界を超過するというのに、それを操るなど人間では到底不可能な代物だ


 だが、目の前のイスラルはそれすら意に介さないというように深い眼窩の中を目玉が能動する。


「ドウデスカ? ”失われた技術オーパーツ・テクノロジー”から生み出した魔術の見栄えは!」

「……最低ね」


 パ……リっ。と剥離音を残し、まるで死体(ゾンビ)の群れが初めからなかったかのように漂白させる。


「ナ……、ント」


 驚愕するイスラルは狂乱したかのように、次々と得体の知れない魔術を連鎖しせ繰り出す。

 その全てをルーンで防ぐが、地中からせり上がってきた骸骨(スカル)が肩を穿つ。

 肉塊が飛沫するがそれに目を向けている場合では無い。

 魔法やスキルなど、源素力(マレナス)を使用するものに対し魔術は絶対的に有利だ。

 視界の先で今にも事切れそうなルナートが嗚咽する。

 死の間近、地獄の淵に立っているルナートにルーンを施し出血を止め、死へ向う肉体を停止させる。

 そして、静かに息を吐きゆっくりと歩き出……。


「ミ……、サ」


 ルナートが手を伸ばし、私の脚を掴みながら引き止める。

 血塗れで憔悴しきったその表情で、私に声をかける。


「行かないで……、くれ」

「……どうして?」

「ミサが……。遠くに行ってしまうような、気がしたんだ。もっと、届かないところへ。だから……、ミ」

「ルナート……。あなたは、死を恐れる?」


 浮かんだ問いを、脳でセーブをかけるより早く口に出す。

 嘗て、暗殺時代にルナートに問うた物だ。

 ルナートは黒く染まった腕を地に垂らし、荒々しい息を整え振り絞るように言う。


「当たり前だ……。誰だって苦しいのは、嫌だろ? 仲間が死ぬのも……、心が苦しむ。俺は、死を恐れる。だから……っ! 行かないでくれ、ミサ」


 そう……。

 問うだけではなく私の答えも言っておかねばならない。

 それが、最後の言葉になるかもしれないから。


「ルナート……、私は死を恐れない。私は知っているから……、苦しまない死を。だから、止めないで。私は次の世界が見てみたいの。こんな穢れた世界は、私がいるべきところではないの」


「ミ……、サ」


 届かないと、まだ思っているのだろうか。

 違う。

 突き放しているだけだ。

 触れられないように、私の心に踏み入れられないように。

 信じたくない、誰も。

 一人だった。

 唯一の神の恵みのしるしである、ルナート。

 あなたには、別れを告げる。


「さようなら、ルナート」


 足を掴まれたルナートの手を強引に振りほどき歩き出す。

 脹脛(ふくらはぎ)にルナートに掴まれていた感覚、ルナートの血の感覚が残る。

 だが、それを意に介すことなく静かに見下ろすイスラルに、私は静かに語りかける。


「……イスラル卿。あなたの紋章は心得ているわ。ずっと私の紋章が疼いていた。私たちには関係ないかもしれないけれど、紋章の声を聞いた貴方もわかっているはず……。私の存在と共に。この紋章はあなたを裁くためにあるものよ」


 そう……。あの日、初めてイスラル卿に会い、目があったとき電撃が走るような感覚と共に魂紋章が浮かび上がり、全てを察した。


「これは、紋章だけではない。私の人生をかけた……、罪の償いの為の真の生贄(いけにえ)

「そうですねえ、確かに拝聴致しましたよ。新なる貴方への批判研究。しかし、ワタクシにはどうでもいいことなのです! ワタクシが善とするものは例え悪であろうと善なのです! しかし、貴女がそこまで所望するというのならお見せしましょう! ワタクシの紋章を、その全てを!! さぁ……、悪に染まりなさい」


 イスラルは黄金泊の円盤(プラクテ・アート)を打ち壊し、紋章を謳歌する。


殺生せっしょう偸盗ちゅうとう邪淫じゃいん妄語もうごの愉悦に浸り、両舌、悪口、綺語にて世を惑わし。貪欲、瞋恚しんい、邪見に浸りし我が神明は常に一つであり我が天命なり!

 ワタクシの栄光なる殺父殺母せっぷせつも殺阿羅漢さつあらかんの行為を賛美し出仏身血すいぶつしんけつ破和合僧はわごうそうさえ我が矜持に添えよ!!

 ”悪逆”の紋章解放(メダリオンハーツ)

 特異能”十悪五逆罪(アヴォン・ヘッドゥラ)”!!」


 イスラルの手の甲から、黒緑色に光る円の中に、頭の割れた菩薩ぼさつと紅蓮の業火を連想させる紋章が背後に飛び出し、暴輪旋転する。


 そして、私も自らの紋章を解放するための詠唱を唱える。


「我は爾の過去一切の罪障を除滅し、修羅餓鬼地獄を転生させ光明を見せる聖別者なり。

 一度生まれた者は二度死ぬ。二度生まれたものは一度死ぬ。新たなる祭儀と典礼を繰り返し、世の悪を根絶せんと礼拝し贖いの場を設けよう。

 ”贖罪”の紋章解放(メダリオンハーツ)

 特異能”弥撒赦贄餐(ノヴス・オルド)”」


 私の手の甲から、臙脂えんじ色に光る円の中に、死者を腕に抱え、問答旧舌する女性の姿を連想させる様な紋章が背後に飛び出し、暴輪旋転する。


――これで、手が伸びる

――開けることの出来なかった扉

――光の満ちるその先に、私の求めていたものはあるのだろうか


 こんな世界壊れてしまえと、幾度も願った。

 絶え間なく吹き出る悪。何が悪かもわからず闇雲に邪の道を行く人間たち。

 その深層心理に触れたとき、私のあがないの源となる。原動力となる。

 私はこれまで死んだ者たちの犠牲ではなく、愛のある親切心を欲する。


「あぁ……、私たち人類に災あれ!」


 そして、開かれた先にあるその技に手を伸ばす。

 私の……、ずっと追い求めていたもの。

 私が……、ずっと見たかったもの。


「今……、逝くわ。

 ルーンスキルXX、リ・セクレイム・ルナティアン」


 その言葉に全ての光が私へと収束する。

 まるで、この世に初めから光がなかったかのように。

 黒から剥離した白が、凝着した白を黒へ放す。


 光に包まれていくイスラルが両手を突き上げ涙を流しながら甘美の美酒に酔ったかのように啼泣する。


「オォ……、この光が。かつての三賢者が一人、ルーン創設者のみにしか起術不可能とさえ言われた禁忌の……まごう事なき”失われた技術オーパーツ・テクノロジー!ルーン如きのスキルで縛られるべきではない! ンフフフッ! ワタクシの最期にこの光を観れるとは! アァ……、神よ! アレルヤ……、アレルヤァァァァ!!!!」


 イスラルの姿が完全に消え光の中に包まれる。


 そして、私もその一歩を踏み出す。

 ここに広がるのは死の世界だ。

 私がずっと逝きたかった、真の居場所。


 追憶し続けたこの世界で生きた人生の記憶から、ようやく乖離される。


 これで、ようや……。


「……待ってくれ!!」


 何かに抱きつかれる。

 ルナート……。

 もう、別れは済ませたはずよ。


「何度も何度も、どうして貴方はそんなにしつこいの? その手を離して。どうしてそんなに私に固執するの? 私にそんなに好意を寄せるなんて、愚かなことよ。この忌まわしき人の暖かさが、施しの錯覚……。私は嫌悪する」


 心に浮き上がった言葉を止めることすらせずにその言葉を投げかけるも、ルナートは必至の形相を崩さず懇願するかのように必死に声を紡ぎ出す。


「行かないで、くれ。俺の届かない所に」


 どうして、そんな弱さを見せるの?

 何時もの虚勢はどこに行ったの?


 その疑問符が次々と吐き出されそうになるのを無意識に止める。

 時間が止まったかのような錯覚。


 これまで起こった事全てが一瞬のようで、ルナートに抱きつかれたこの時間が永遠のようで。


 かけがえのない物など一つも作らなかった私が、どうしてだろう。

 ほんの少しだけ、死への躊躇いが浮かんでしまった。


 泣き崩れたルナート。

 どうして、そんなにも私に執着し固執するの?!

 その問いを口に出す前に意識の全てが溶解し。


 一人旅を決め込むつもりが、しかし。


 ルナートと共にこの世界から肉体と精神が乖離され、静かに私たちは光の世界へと旅立つ。

 宛てもなく全てが白紙のその世界へ。





――そして、二人は邂逅し語り合う。全ての言葉を紡ぎ、果てしない嫌悪の追憶と決別する為。何もない光の世界で、まるで二人だけ時間という名の軸から取り残されたかのように――


⌘  ⌘  ⌘  ⌘

名前:ミサ

性別:女/年齢:19/身長:157/体重:48

紋章:贖罪

職士:支援職・調停士ルーラー / 研究職・考古学士、天文学士、心理学士、兵法学士、創世学士

使用スキル:ルーン

得意魔法:光魔法シャイアート

装備:武器

・・:防具・聖なる羽衣【空ノこえ

・・:脚・聖邪の腕輪

・・:所持物・聖典

所属ギルド:零暗の衣

最後に一言!:私はただ、見放した世界で生きるのをやめ、新たなる世界を求めただけに過ぎなかった。

⌘  ⌘  ⌘  ⌘


作中歌詞:新約聖書 コリント人への第一の手紙 第13章より一部抜粋。


次回、メダリオンハーツ第三章、最終回。

お楽しみにっ。

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